第5話

(まさか……このイラスト、スキャンして取り込んだものなのか?)


 細かな修正によって巧妙に誤魔化されているが、各所の主線と色の交わりはアナログで制作したもの、即ち紙にペンと画材を用いて描いたものを、高精度のスキャナで取り込んだものだと考えれば、主線と色の交差の原因にも説明がつく。


(仮に一枚絵だったとして……こんなに精緻なイラストを手描き出来るなんて、一体何者なんだろう?)


 光星は喉の奥で何度も唸った。

 これ程のイラストをアナログで描けるということは、相当な技術の持ち主だ。阿山悠里の技量をも上回っていると考えて良いかも知れない。

 だが、本当にそんな超絶的な技量を持つイラストレーターがデビューもせずに、巷に埋もれているなんてことがあり得るのだろうか。


(いや……今はそんなことはどうでも良いな。よし、次だ、次)


 主線と色の交わりという差異に自分なりの結論を導き出したところで、光星は次なる差分抽出へと着手した。何より最大の違いは、イラスト内の女性が手にしている携帯端末だった。

 阿山悠里の作品にはスマートフォンが描かれ、そしてFJKY1996の作品にはふたつ折りの携帯電話、いわゆるガラケーと呼ばれるものが登場している。

 光星が注目したのは、FJKY1996が精巧に描き出した携帯電話の方であった。

 というのも、改めて詳細部分にまで目を通したところ、思わぬ事実が判明したのである。


(おっと、マジか……こいつは、また懐かしい機種だな)


 イラストレーターとして活かせる前職の経験は、比較検証だけだと思っていた光星。

 しかし今回は違った。製品仕様や過去の製品知識が武器となった。

 そしてこの瞬間、光星はそれまでの前提が実は間違いなのではないかと考えるに至った。


(FJKY1996の絵が手描きのアナログだとすると、制作期間はざっと……)


 頭の中でざっと見積もってみた。その結果、光星が抱いた前提に対する疑問はより明確に、ひとつの確信となって心の中に根差してきた。

 この時点で、光星はひとつの結論を導き出した。

 しかしこの結論をそのまま馬鹿正直に、ヤマコハルナに伝えて良いものかどうか。場合によっては、阿山悠里のキャリアを光星自身が叩き潰すことになるのではないだろうか。


(でも……やっぱり、いわなきゃ駄目か)


 光星は、腹を括った。

 依頼を受けた以上、結果を報告しない訳にはいかない。

 気は重かったが、光星はリモート通話ソフト上に配置されている、ヤマコハルナとの通話開始ボタンをクリックした。


◆ ◇ ◆


 カメラ越しのヤマコハルナは、絶句した後、漸く声を搾り出した。


「え……どういうこと? トレパクしたのは悠里ちゃんの方だって、それ、本当なの?」


 間違っていた前提とは即ち、トレパクしたのはFJKY1996ではなく阿山悠里の方だ、という点だ。

 ヤマコハルナの受けた衝撃は、彼女の表情から推し量ることが出来た。


「はい。少なくとも僕の見解としては、そういう結論になります」


 光星は努めて無感情に、そういい切った。本音をいえば、こんな報告はしたくなかった。繰り返すが、阿山悠里は光星にとって憧れの存在であり、目指すべき目標でもあったのだ。

 その彼女がトレパクに手を染めた事実など、光星自身認めたくはない。だが、己が出した結論に嘘をつく訳にもいかない。現実は現実として、受け止める必要があった。

 そして当然ながら、ヤマコハルナは俄かには信じられないといった反応を見せた。

 自身が手塩にかけて育て、今や神絵師と呼ばれる程にまで成長した自慢の弟子が、よもやトレパク疑惑をかけられるなど、あってはならないことだろう。

 そんなヤマコハルナの心情は、光星にもよく分かった。自分が同じ立場なら、きっと罵声を浴びせて即座に縁を切るぐらいのことはしたかも知れない。

 そう考えると、動揺と疑念の表情を浮かべながらも、辛うじて己を抑えているヤマコハルナの冷静さは称賛に値する。

 矢張り自分なんかとは人間としての出来が違うなと、光星は密かに感心した。

 とはいえ、ここで相手に迎合している場合ではない。きっちりと根拠を告げて、後はどう判断するか。

 それはヤマコハルナ自身が決めれば良い。


「まぁ良いわ……どうして星君がそういう結論になったのかを、教えて貰える?」

「はい、勿論」


 心が、重い。

 ヤマコハルナ当人からの依頼で調べ上げたことを報告するだけなのに、何故か物凄く悪いことをしている様な気分だ。ヤマコハルナの突き刺す様な視線が、光星こそ悪人だと告げている様に思えてならない。

 それでも、光星は気力を振り絞った。もうこうなったら、行き着くところまで行くだけだ。


「まずFJKY1996の絵ですが、これはソフト上で作ったものではありません。アナログ、つまり紙の上に描いたものをスキャンして取り込んだものと思われます」

「それ、本当?」


 ヤマコハルナの驚きも、尤もだ。

 光星自身、最初はまるで信じられなかった。しかし主線と色の交わり方を調べれば調べる程、ソフトで描いたものではないという思いが強まる一方だった。


「アナログでこの絵を描こうと思ったら、最低一カ月はかかると思います。阿山さんがあの絵を描き始めたのは確か、一週間ぐらい前だってことでしたよね?」

「うん、本人の言葉を信じれば、だけど」


 であれば、少なくともFJKY1996の方が先に描き始めている。

 この時点で阿山悠里より三週間は早い。つまりFJKY1996は阿山悠里のアイデアを借りたのではなく、自身の発想で描き始めたことになる。


「でも実際に描かれたのは、もっと前だと思います。それこそ一カ月やそんな程度の時期じゃなく、もっと前に……かなり大胆な推測になりますけど、この絵が描かれたのは十年ぐらい前なんじゃないでしょうか」


 ヤマコハルナはもう言葉が出ないといった様子で、呆然と両目を見開いていた。

 勿論光星とて、あてずっぽうで推測した訳では無い。根拠はあった。

 イラストの中に登場している女性キャラクターの髪型や服装では、年代を特定するのは難しい。だがひとつだけ、制作時期の特定を可能とするものが描かれている。

 それが、携帯電話だった。

 携帯電話メーカー勤務の経験がある光星だからこそ、確実に分かることがあった。


「この絵の中に登場している携帯電話は、多分十年ちょっと前のモデルです。ほら、アンテナを伸ばしてるでしょ? ふたつ折りの携帯電話で伸縮式のアンテナが付随していたものが最後に発売されたのは、今から十年程前になるんです。それ以降はアンテナの無い携帯電話が主流になりまして」


 勿論、FJKY1996が十年前の端末を今でも手元に置いていて、それをスケッチしながらこの絵を描いた可能性も大いにあり得る。

 しかし光星は、敢えてその可能性を排除した。

 少なくともFJKY1996がこのイラストを描き始めたのは、阿山悠里がデザインを開始した時期よりも前なのだ。

 もうその時点で、阿山悠里の方が後から似た様な絵を描き始めたことは間違いない。今更何をどう取り繕ったところで、阿山悠里が後発であるという結論は覆らないのである。


「成程ね……星君がそこまでいい切る程に、その根拠に自信があるなら、一旦はその線で話を聞くことにするわね」


 ヤマコハルナも半ば諦めた様子で小さくかぶりを振り、深い溜息を漏らした。

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