第4話
よく似た絵が二枚、ディスプレイ内に並び立った。
片方は、阿山悠里が作成したイラストだ。昨日の進捗確認会議で実際に彼女が表示させていたデータだから、それは間違いない。
問題はもう一枚の方だ。阿山悠里が作成したイラストと、極めてよく似ている。この時ほんの一瞬ながら、光星の脳裏にトレパクというフレーズが浮かんだ。
「ヤマコさん、これ、一体……」
「星君が見て驚くってことは、やっぱり似てるってことよね」
阿山悠里が今回の企画の為に作成したイラストと、ほとんど瓜ふたつともいうべきもう一枚。その作者は、FJKY1996というハンドルネームを駆使する人物らしい。
「これ、どこで?」
「昨日、ネットで……尾崎さんもびっくりしてた」
どうやらMTCでも、FJKY1996なる人物が作成したイラストについては把握している様だ。既に会社としても調査を始めているとのことだが、恐らくは現在阿山悠里が作成を進めているイラストの方を差し替える運びとなるだろう、との由。
しかし、ただイラストを差し替えるだけでは話は収まらない。
阿山悠里が描いた作品はまだ世には出回っていないのである。にも関わらず、何故トレパクともいえる程に酷似したイラストが、ネット上に流れているのか。
その事実を突き止めない限りは、今後の企画進行にも大きな影響を与えかねない。
下手をすれば、阿山悠里自身にも深刻なダメージとしてのしかかってくるだろう。
光星は声を失った。
「会社の方でも動いてるから、調査結果を待てば良いといえばそうなんだけど……でも、何っていうか、じっとしてられないのよね。私は悠里ちゃんの師匠とはいっても、いつもいつも傍で見ていてあげられる訳じゃないから、彼女の抱えている問題を細かくチェックし切れるって話でもないのよ」
この時、光星は妙な違和感を覚えた。その正体が何なのかは自分でもよく分からなかったが、兎も角今はヤマコハルナの訴えをどうにか処理しなければならない。
「まぁ、その、今起こっている問題については大体、分かりました。それでヤマコさんは僕に、何をして欲しいんでしょうか?」
「ずばりいうとね、この二枚の分析……比較検証をして欲しいのよ」
ヤマコハルナはイラスト制作の技量面では、光星はまだまだ成長の余地はあるのだろうが、イラストを比較しての分析、検証という技術に関しては一目置いているといった。
確かにその点については、光星も自信はある。というよりも、自分レベルの検証は誰にも真似出来ないという程に自負していた。
システムエンジニア時代にユーザインタフェース仕様を担当したのも、イラストへの想いが断ち切れなかったからだ。それ故に、己の分析眼を徹底的に磨いてきた。
しかしまさか、こんな形でヤマコハルナからその技術を頼りにされるとは、思っても見なかった。
「出来ればFJKY1996の技量とか技術的な傾向も知りたいかな。一体何を考えてこんなトレパクを流したのか、そういった部分も見えてくるかも知れないし」
「ヤマコさんが僕にこういう依頼をしていること、阿山さんは御存知なんですか?」
ヤマコハルナはカメラの向こうで、かぶりを振った。既に阿山悠里に対して今回の件については訊いてみたものの、何も語らずに沈黙を守っているらしい。
だから今回、ヤマコハルナは己の一存で光星に相談を持ち掛けたのだという。
光星は一瞬考え込んだ。
阿山悠里とは初顔合わせ以来、気まずい関係が続いたままだが、今回の様な事態が巻き起こっているのであれば、何とかしてあげたいとも思う。しかし光星自身の意思で下手にしゃしゃり出てしまっては、必ず反発を喰らうだろう。
(でもヤマコさんの依頼ってことなら……)
師匠の判断ということであれば、阿山悠里も諦めがつくのではないか。
光星はしばし瞼を閉じていた――が、次に目を見開いた時には、もう腹を括っていた。
「……分かりました。僕に出来ることであれば、ご協力します」
そんな訳で、光星は問題の二枚のイラストの比較検証に着手する運びとなった。
(後になって後悔するかも知れないけど、ま、その時はその時だな)
その時は軽く考えていたが、矢張り実際、後悔することになった。
◆ ◇ ◆
そして、現在。
光星は阿山悠里とFJKY1996が作成したそれぞれのイラストを、自室で何時間も眺め、比較し、その差分について事細かにチェックし続けていた。
(一体どんな人物が、阿山さんのイラストをトレパクしたんだろう?)
そもそも、どうやって企画段階の作品を入手したというのだろうか。ヤマコハルナ曰く、MTCに対してハッキングされた形跡は無いという話だったから、流出したとなれば阿山悠里の制作環境周辺ということになる。
しかし、例え何らかの方法で阿山悠里のイラストを入手したとしても、ここまで完璧に彼女の筆致を再現出来るものだろうか。
どれ程の技量を持つイラストレーターであろうとも、神絵師と称される阿山悠里の技術をそっくりそのまま、ここまで完璧に模倣することが出来るとは思えない。もしそれ程の技術があるならば、今頃とっくにイラストレーターとしてデビューし、大成しているのではないだろうか。
そんなことを漠然と考えながらも、光星は改めて、主線の描き方に注目した。まずは取っ掛かりとして、色使いではなく線から攻めてみようと考えたのである。
光星が絵を描く際も大体、輪郭などの主線から入る。まずはレイヤーを分けて下絵から線を引き始め、ある程度形になったところで主線を引くレイヤーに切り替えるのが常だ。
レイヤーとは、簡単にいってしまえば透明なフィルムの様なものである。最近のイラスト制作ソフトでは必ずといって良い程に、基本として提供されている機能だ。
下絵、主線、そして各パーツの色毎にレイヤーを分けることで各工程の修正が容易になることから、今となっては必須の機能であるといって良い。
この主線を引くレイヤーを使用した工程で、何か癖の様なものを見出すことが出来ないだろうか――そんなことを思いつつ、主線のひとつひとつを丹念に調べ始めたが、程無くして、意外なことに気付いた。
(まさかとは思うけど、レイヤーを分けてない?)
最初は目の錯覚かと思ったが、しかし様々な箇所で主線と色が微妙に交差している。
一般的には、主線と色塗りのレイヤーは分けて使用されるものだ。その為、線か色のどちらかが一方的に被さることはあっても、ドット単位で交差することは非常に珍しい。
ところが、FJKY1996のイラストは各所で主線と色が複雑に混ざり合っていた。同じレイヤーで双方を同時に描いたとしか思えない。
(今どき、主線と色を同一レイヤーで描く奴なんて居るのか?)
そんなことを考えながら、しかし光星はある可能性に辿り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。