第6話
未だに信じられないといった表情が僅かに垣間見えるのは、流石にどうしようもないところであろうが。
問題は、光星が導き出したこの結論をどう扱うかであろう。
「でも、どうやって悠里ちゃんにこのことを伝えようかしら。尾崎さんにもいった方が良いのかどうか迷っちゃうなぁ」
ヤマコハルナは未だ衝撃から立ち直れていない様子ではあったが、変に取り乱すこともなく、眉間に皺を寄せて何度も首を捻っている。
光星も腕を組んだまま、黙り込んでしまった。
依頼を受けて比較検証し、自分なりの結論を出すところまでは良かったが、この後の展開を何も考えていなかったのだ。
が、すぐにひとつだけ決めた。
阿山悠里には、光星自身から話を持っていくべきだ、と。
「え……それはまた、どうしてなの?」
「ヤマコさんが話を持っていったら、阿山さんの味方になってくれるひとが居なくなるじゃないですか。だから僕が話をします。ヤマコさんは阿山さんを庇う立ち位置で居てあげて下さい」
ヤマコハルナと阿山悠里の師弟の絆を、こんなことで断ち切りたくはない。それに光星なら阿山悠里とは単なる協業相手であり、それ以上でもそれ以下でもない。
既に最初の顔合わせ時点から距離を置かれているのだから、更に嫌われポイントが増えたところで、どうということも無いだろう。
「でも、星君はそれで良いの?」
光星が阿山悠里を尊敬していることを、ヤマコハルナはいっている様だ。
尊敬する相手から徹底的に嫌われることになるとしても、それで良いのか。本当に、そんな結末を受け入れられるのか。
しかし光星は、気にしないで下さいと乾いた笑いを漏らした。
「嫌われるのは慣れてますから」
これまでの人生で何人かの女性に交際を申し込んできたが、ことごとく断られてきた光星。その都度、嫌われているからだと自分を納得させてきた。
今回も、同じことだ。何を気に病む必要があるだろう。
「大丈夫です、僕に任せて下さい……あ、そうそう、尾崎さんには今回のこと、口裏合わせる様にいっておいて貰えますか? 比較検証を依頼したのはヤマコさんじゃなくて尾崎さんだってことにして貰えれば、余計な角が立つことも無いでしょうし」
「星君……何から何まで、ありがとうね」
申し訳無さそうに頭を下げるヤマコハルナ。面倒なことを立て続けに任せてしまうことに、罪悪感を覚えているのかも知れない。
しかし、光星の中にはまだひとつ、はっきりしない点が残されている。こればかりは阿山悠里本人から聞き出す必要があり、そういう意味でも自分で直接、彼女に話をぶつけるのが最善であろう。
「じゃあまた明日、定例の進捗確認会議で」
光星はそこで、リモート通話を終了した。
◆ ◇ ◆
翌日、進捗確認会議を終えたところで光星は阿山悠里に、個別チャットで話があると持ち掛けた。
最初は断られるかと思ったが、意外にも、彼女は承諾してくれた。
そして新たに開き直したリモート通話ソフトのカメラ映像の中に、恐ろしく疲れた様子の阿山悠里の白い顔立ちが浮かび上がった。
彼女のこの表情を見ただけで光星は強い罪悪感に苛まれた。が、ここで気後れしている訳にはいかない。
「応答して下さってありがとうございます。実は阿山さんに折り入ってお話が……」
「トレパクの件ですよね」
光星はうっと喉の奥で声を詰まらせた。
阿山悠里は確かに疲れた顔色を見せてはいるが、しかし瞳の奥には強い意志の光を感じる。覚悟を決めて開き直っているのか、それとも自分は無実だといい切れる決定的な材料を隠し持っているのか。
いや、そもそも光星は阿山悠里と喧嘩をしたい訳じゃない。自身が調べ、そして結論付けた内容をただ伝えるだけなのだ。
ところが意外にも、阿山悠里は細かい説明は不要だと先制パンチを繰り出してきた。
「星さんが分析して下さったことは、もうハルナさんから聞いてます」
そうだったのか――光星は頭を掻いた。
恐らくヤマコハルナは光星が指示したシナリオ通りには動いてくれているのだろうが、光星が導き出した結論を伝えるぐらいのことは、もう既にやってくれていたのかも知れない。
きっと、論拠についても伝わっているのだろう。それは、阿山悠里の放つ鋭い眼光が全てを物語っている。
(やっぱ怒ってるか。そりゃそうだわな)
本来ならトレパク絵師呼ばわりする様な男とは、口もききたくないだろう。それでも阿山悠里が応じざるを得ないのは、MTCからの依頼で光星が動いたという口裏合わせが効いているからなのかも知れない。
(ま、その方が気が楽だな。ここで話すことで更に嫌わられるかもってびくびくするより、もう既に嫌われポイントマックス状態になってるんなら、その方がやり易い)
相手が開き直るのなら、こっちも開き直れば良い。おあいこだ。
「もう星さん的には結論出てるんですよね? なのに、まだ何か訊きたいことがあるんですか?」
「はい。差し支えなければで結構なんですが……FJKY1996の正体についてです」
瞬間、阿山悠里の美貌に怯えた色が垣間見えた。
その反応を受けて、光星は間違い無いと腹の奥で何度も頷いた。同時に胸の奥で、チクリと刺す様な痛みが走った。
「FJKY1996は阿山さんの、双子のお姉さんなんじゃないですか?」
阿山悠里の頬から、血の気が失われていくのが分かる。濡れた様に輝く黒い瞳は更に大きく見開かれ、紅く柔らかな唇がきゅっと噛み締められていた。
「分かりました。もう結構です。ありがとうございました」
もう十分だった。これ以上、何を訊く必要も無い。光星は通話終了のボタンを押下しようとしたが、それよりも早く意外な反応が返ってきた。
「待って下さい……どうして、そう思ったんですか?」
相変わらず、阿山悠里の表情には緊張が張り付いている。しかし声には剣が感じられなかった。寧ろ、何かを懇願する様な響きすら漂っていた。
光星は戸惑いを隠せない。まさか呼び止められるとは、思っても見なかったからだ。
「いや、その……聞きたいんですか?」
「はい……是非、お願いしたいです」
参ったなぁ――余り気は進まなかったが、阿山悠里からこの様にせがまれてしまっては、光星も断る術が無かった。
ならばと光星は居住まいを正し、背筋を伸ばしてカメラの向こうの美貌と正面から向き合うことにした。
「こないだヤマコさんが、こんなことをいっていたんです」
私は悠里ちゃんの師匠とはいっても、いつもいつも傍で見ていてあげられる訳じゃないから、彼女の抱えている問題を細かくチェックし切れるって話でもないのよ――この時、光星は違和感を抱いた。
何故なら阿山悠里は過日、インタビューでこう答えていたからだ。
尊敬出来るひとがいつも傍に居てくれて、そのひとから多くを学んでいる、と。
ここにひとつの矛盾があった。常に傍に居てくれて、たくさんのことを学ばせてくれているのは、師匠であるヤマコハルナではなかったのか。
では、いつでも阿山悠里と一緒に居る人物で、彼女に全てを授けてくれる人物は誰なのだろう。
そこで光星はもうひとつの記憶を手繰り寄せた。阿山悠里は双子の姉と、幼い頃から趣味が同じだったという事実。
その同じ趣味というのは、イラストのことを指していたのではないか。
双子の姉は自閉症ということだが、イラスト技術だけは昔から抜群に上手く、天才的だったのではないのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。