第37話 口止め。
3:多喜田友佑
力と一緒に向かった先は、普段歩くことのない山奥だった。
ニュースを検索して、僕らは市田の焼死体が発見された場所に向かう。草をかき分けながら道とも言い難い獣道を、無言で歩き続けた。
「あ、友ちゃん。あそこ」
力に指さされた場所は、もう誰もいない廃工場だった。見るからにボロボロな寂れた工場は、ただそこにあるだけで不気味さを醸し出している。
「ここで、市田は殺されたんだよね……」
言葉にすると一気に寒気が襲ってくる。ただの廃工場だけど、ここで確かに人の命が奪われたのだ。
「何も、ないね……」
「うん」
力に頷きながら、僕は辺りを見渡す。彼の言う通り廃工場以外には何もない。廃工場に入ってみようとドアに手をかけても鍵がかかっていて中には入れなかった。
空振りか……。わかりきっていたことだ。ここは警察がとっくに調べ上げていた。市田が車で殺された後焼かれ、犬の散歩をしていた老人が第一発見者になったことしか僕らにはわからない。
「友ちゃん、もうここには何もないよ」
「そうだね……」
わかりきっていたことなのにショックに感じながら、僕はため息を溢す。ここには何もない。それは、要するにこれ以上真相を探ることは不可能だと言うことだった。
元来た道も戻りたくなくて途方に暮れた。歩いて山道を渡ってきたのだ。当然、帰りも道なき道を通らないと行けない。それなのに手柄は一つもないのだ。泣いてしまいそうになる。
だが、こんな山道でも車でどうにか来れるものなんだなと思う。勝ちゃんのお父さんはそれこそ車でここまで市田を運んできたのだ。
どの道から来たのだろうと考えていた時だった。ちょうど、「ひ」と誰かのか細い声がした。ふとそちらを見るとボロボロなTシャツを着た髭の長いおじいちゃんがことらを見て驚いた様子で立ち尽くしていた。
「あの、すみません」
「びっくりしたわい。こんなところに高校生か」
僕が声をかけるとおじいちゃんはため息ひとつついて持っていた木の枝を杖代わりにして歩いた。背には身の丈に合わないほどの大きなリュックを背負っている。
「あ、あの僕たち、GWにあった事件について調べてるんです」
力がモジモジしながら言うと、おじいちゃんは「はぁ?」と大袈裟に大声を出して首を傾げた。
「そんなもの調べて何になるんじゃ」
「ちょっと色々あるんです。それより、おじいさんはここで何をなさっているんですか?」
僕が尋ねると、おじいちゃんはじとっとした目で僕を睨む。よく見れば全身土などで汚れていて、近づいてくると異臭を放っていた。もしかしたらホームレスなのかもしれない。
「ワシはここに住んでいるんじゃ。全く、事件なんぞ起きて警察が来て迷惑なものじゃったよ」
「じ、事件当時もここにおられたんですか?」
力が臭いに僅かに目を細めながら聞いた。おじいちゃんは「そうじゃよ」と当たり前のように頷く。
「まぁ、おかげで犬の散歩に毎日来てたあの爺さんも来なくなったからよかったがのう。ここはワシの家じゃ。お前さんたちもとっとと出ていけ」
「僕たちは事件のことさえわかればもうここには来ません。おじいさん、ここに住んでいたなら事件のこと何か知っていませんか?」
「……1万じゃ。1万払えば話さんこともない」
こンのクソジジイ。
僕が露骨に苛立ったのをわかったのか、おじいちゃんは「フン」と鼻で笑った。その横で力が本気で財布を取り出している。
わかっている。こんなの賭けだ。この人が大した情報もなしに金を強請っている可能性だってある。でも、ここでお金を払わなかったら、何も得られずに帰るしかないのだ。
僕も諦めて財布を取り出す。1万円札がちょうど入っていたのは奇跡だった。
「力いいよ。ちょうどある」
「あ、後で僕も払うよ」
「ありがとう。……はい、おじいさん。これでいいでしょ」
僕は乱暴に財布からなけなしの1万円札を取り出す。薄汚れたおじいちゃんはそれを我が物顔で取り上げてきた。
「おおー、いいのう。今夜は宴じゃ」
「で、情報……あるんですよね」
「仕方のない奴じゃのう」
おじいちゃんは頷くと、1万円札をでかいリュックの中にしまった。
「あの日、車が来たんじゃ。若い女の顔をした男と、爺さんじゃ。そして、持ってきた死体を燃やしおった」
「え」
それってつまり、第一発見者は犬の散歩をしていた人ではなくて、このおじいちゃんだったということ?
僕と力が顔を見合わせているとおじいちゃんは面白かったのかカッカと笑った。
「そうじゃ。ワシはソイツらに1万もらってな。警察には言わんこと約束したのじゃ。警察に言っても一文の徳にもならんしな」
「そ、その若い女の顔をした男って、この人ですか?」
力がスマホの画面に出したのは『ヒナちゃんねる。』の写真だった。おじいちゃんは案の定「そうじゃ」と頷いた。
1万で黙っていた情報を1万で売っているおじいちゃんは、どうやら本当にお金のことしか興味がないらしい。あっさりヒナちゃんがここに来たことを認めてしまったから、僕たちはもう一人を特定するだけになった。
「もう一人はこの人?」
僕が見せたのはニュースで出た勝ちゃんのお父さんの写真だ。だがおじいちゃんはムムと唸った。
「いや、もっと爺さんじゃったぞ」
「じゃ、じゃあ、この人ですか」
次に力が見せたのは被害者の嶋田のものだった。おじいちゃんはその顔に「そうじゃ!」と元気に頷いた。
つまり、ここに来たのはヒナちゃんこと勝ちゃん……そして嶋田ということになる。車を運転していたのは、嶋田だということだ。
「ここに来た時、既に死体を運んでいたんですか?」
「ああ。車から二人がかりで死体を出しておったよ。そして燃やしてしもうた。ワシが見ていると気付いてジジイの方はワシまで殺そうとしたのじゃ。とんだヤツだったわい。若いのは落ち着いておったなぁ。愛想も良くて、すぐに金も用意してくれおった」
「でも死体を見たのに1万って口止めには安いって思わなかったんですか」
「そりゃあ思ったさ。だがな、若いのは随分可愛いなりをしていてのぉ。ひひ、何、ちょっとサービスしてもらっただけじゃ」
そのサービスの内容までは聞きたくなくて、僕は口を閉ざした。力も想像をしてしまったのか顔を青くしている。
だが、1万の価値はあった。市田を殺したのは嶋田と勝ちゃんだった。どちらが実行犯かはわからないが、二人が共犯だったという事実が出てきた。
それは……悲しいことに、勝ちゃんのお父さんが真犯人だったという今ある事実とは矛盾している。
そして、嶋田は死んでいることを考えれば、嶋田の口封じをしたのが誰かなんて容易に想像がつく。
市田を嶋田に殺すよう指示し、勝ちゃんのお父さんに嶋田を殺すように指示した。そう考えても不自然ではないだろう。
「 友ちゃん……勝ちゃん、本当に……」
「確かめよう。全部」
嶋田殺害の現場になった場所は勝ちゃんの家だから確かめようがない。ならば、後行くべき場所は望木くんが襲われた橋だ。
そしてそこは、朱梨ちゃんが亡くなった場所でもある。
「もう用事はすんだかの?」
「はい。ありがとうございました」
僕と力は気味の悪いおじいちゃんに頭を下げ、来た道を下っていくことにした。
知りたくなかった事実だ。でも、知れてよかった。
おじいちゃんは警察には言わないだろう。よっぽど勝ちゃんの「サービス」がいい口止め料になっているらしい。現金1万円には敵わないようだけど。
僕も力も、下山中は無言だった。
もう殆どわかってしまった。これ以上突き詰めるものはひとつだけで……実行犯が誰なのか、だけなのである。
嶋田も、勝ちゃんのお父さんも、そして勝ちゃん自身も、確実に罪を犯したのだ。それだけは紛れもない事実だ。
「友ちゃんは、全部わかったら警察に伝えるの?」
山を下り切ったところで、ハァハァと息を荒くしながら力が尋ねてきた。
僕は大量にかいた汗を拭いながら首を横にふる。僕は別に「探偵ごっこ」をしているわけではない。真実を追求するのは正義感からではない。
「勝ちゃんと話すよ。全部わかっても、わからなくても。そのために調べてるんだから」
全てを知った上でどうしてこんなことをしたのか、気持ちを知りたいんだ。
力は僕に頷く。同じ気持ちの人が僕以外にもいるということがこんなにも安心するのだとわかると、少しだけ体が軽くなった気がした。
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