第38話 事故現場。
4:多喜田友佑
すっかり日が落ちて辺りは真っ暗になった。
僕と力は下山したその足でフラフラになりながら、宮古朱梨が事故死した橋まで来た。ありがたいことにこの橋は家の近所なので帰るときも支障がない。
「ここで……望木くんは襲われたんだよね」
力が僅かに声を震わせる。僕にとって望木くんは1回話した程度の関係だが、力からしたら常に部活動で会っている知人なのだ。当然、彼が被害者だということに思うところもあるだろう。
しかも、これまでの流れを考えれば犯人は殆ど僕らのもう一人の幼馴染で確定となる。
第一の事件である市田殺害は、あのおじいちゃんの証言が事実であれば殺害したのは嶋田と勝ちゃんということになる。実行犯がどちらかなのかはわからないが彼らが共犯である以上、勝ちゃんは確実に犯罪者ということだ。
そして第二の事件である嶋田殺害については、アリバイ工作をわざわざ白鳥さんに頼んでいたことが判明している。つまり勝ちゃんにはアリバイが必要だったということだ。それは彼が犯行に関わったという事実に結びつく。実行犯が勝ちゃんなのか勝ちゃんのお父さんのどちらかということが有力だろう。
そうなれば第三の事件である望木くん襲撃も、勝ちゃんが関わっていたと考えるのが自然だ。全てが宮古朱梨の為の犯行だったというのなら、勝ちゃんには「腹違いの姉のため」という動機があるのだ。
そして、そんな勝ちゃんの罪を全て被るために勝ちゃんの父である都筑和正が自首をした。この流れがストーリーとしてしっくりくるのだ。
市田が殺された現場でもそうだが、事件現場には既に何も残ってはいなかった。何か証拠があれば当たり前に警察が回収している。あのおじいちゃんに会えたのは本当に奇跡だったのだ。
「ここにさ、小学生の頃は供花があったんだ。タンポポだけど」
力が橋の柵に優しく触れる。
「タンポポって……それ、たまたまあったとかじゃないの?」
「違うよ。勝ちゃんが供花って言ってた。供えられてたそれを誰かが奪って握ってたの、僕も勝ちゃんも見たんだ。あの頃はなんとも思わなかったけど……あのタンポポ供えたのって、勝ちゃんだったんだろうなぁって」
それはそうだろう。道端に置いてあるタンポポを「供花」だと判断できたのはお供えした本人だからだ。
そして、それをわざわざ奪ったとなると……。
「その人は勝ちゃんがお供えしたのが面白くなかったってこと?」
「きっとね……きっと、あの人は望木くんだったんじゃないかなって思うんだ。だから……勝ちゃんはここを選んだ」
朱梨ちゃんが死んだこの場所を復讐に選んだのは、偲んだ心さえ否定されたからなのだろうか。
力の言葉に僕は無意識に頷いていた。望木くんがここで襲われたのは偶然じゃない。勝ちゃんが……選んだんだ。
「でも、友ちゃん。どうやって望木くんを呼んだと思う? 友だちでもないのに連絡先なんてどうやってわかったんだろう?」
「力……『ヒナちゃんねる。』はコメントしたのアカウントをハッキングしてたんだよ。もしも望木くんがコメントを残していたのなら簡単に連絡先なんかわかったんだ。それか……力のスマホから盗んだのかも」
「僕のスマホ?」
「力の連絡先は知ってるんだ。もしかしたら……ハッキングする技術があるのかもしれない」
現に白鳥さんのスマホはハッキングされ、名乗る前から白鳥青空だと知られていた。僕にはハッキングの技術なんて見当もつかないけど、望木くんの連絡先くらい勝ちゃんなら簡単に手に入れられるだろうと思う。
勝ちゃんのお父さんはIT企業で働いていた。もしかしたらお父さんがそういうことに詳しかった可能性もあるのだ。
「でも僕が望木くんだったら勝ちゃんに呼ばれても行かないけど……しかも深夜だし」
「内容に関しては勝ちゃんに確認するしか手段がないよ。それよりも力……」
僕は力が指でなぞっている橋に取り付けられた柵を見た。変哲もないこの柵は僕の肩より少し低いくらいの高さだ。そして、隙間は僕の手のひら程度で、とても子ども一人も入らないであろう。
「この橋から幼児が事故で落ちたんだよね。しかも母親がいたときに」
「少し目を離した隙に……らしいね。悲しいけど全くないとは言い切れないよね。それが、どうかしたの?」
「本当に、この高さの柵をよじ登ってる間、お母さん気付かないのかな」
隙間から落ちたならわかるが、隙間からはどんな角度からでも通り抜けそうにない。仮にここから落ちるとしても挟まって大声を出すだろう。
なら柵をよじ登ったのだと思うが、幼児が一人で登るには高さがありすぎる。一瞬で登って落ちるなんて不可能だ。
ということは母親が長時間目を離していたとなるが……子どもと2人きりで歩いている時にそんなに長い時間目を離すとは考えにくいのではないだろうか。
「……友ちゃんは、朱梨さんの事故も事故じゃないって思ってるの?」
「僕がどう思うかはこの際重要じゃないよ。それよりも……勝ちゃんがどう思ってるかの方が大事だ」
「勝ちゃんが……事故じゃないって思ってるってこと? それはそうかもしれないけど」
都筑勝浬がこの事件の主犯だというのなら、この一連の事件は宮古朱梨に関する復讐だと思う。
市田敏郎と嶋田聖人は朱梨ちゃんに性的暴行をしていた。そして、望木海士は朱梨ちゃんをいじめていた。
たが、それで終わりか?
そこで肝心の人物がまだ出てきていない。
これは偏見だけど不倫しているような人が子どももちゃんと見てないっていうのは僕の中では納得がいく。だから、朱梨ちゃんがここで事故で亡くなったって聞いても僕は納得ができる。
でも、物理的なことを考えれば事故よりもまず先に考えてしまうのは誰かの故意だ。そうなれば必然的に疑われるのは一緒にいた母親だろう。
「勝ちゃんがもし、朱梨ちゃんを殺したのが宮古日奈だと思ってたら……これで復讐が終わったなんてあり得ない」
「じゃあ、勝ちゃんは日奈さんも殺そうとしてるってこと?」
「それはわからないけど……いや、だから『ヒナちゃん』の顔をしてるのかな……」
「え?」
市田の死体を燃やしに行ったときヒナちゃんの顔をしていた。
ずっと疑問ではあった。父親に言われたからといってずっと嫌いなはずの女の顔をし続ける理由……。
「力に、親父が勝手に自首したって言ってたんだよね?」
「う、うん」
「それは本当に勝手にされたんじゃないかな……本当は日奈さんに罪を被せる気だったのかも」
いつか勝ちゃんが言っていた。アンチが湧けばそれは『ヒナ』のせいにできるのだと。つまり、マイナスなものは全て『ヒナ』に被せるつもりだったのではないだろうか。だから、自分のアリバイ作りすら自分の姿を真似してもらうのではなくヒナの姿をしてもらっていた。……全て、『ヒナ』もとい『日奈』のせいにするために。
でもその前にお父さんが自首をしてしまった。だから、もう『日奈』に罪を着せることはできない。
「友ちゃん、僕は、勝ちゃんは朱梨さんの事故の真相が知りたいのかなって思ってるんだ」
「真相が知りたいなら当然日奈さんに話を聞かないといけない」
「うん。……だから、僕は『ヒナ』の顔をすることで日奈さんをおびき出しているのかなって思ったんだ」
「それもあったんだと思う。実際、『ヒナちゃんねる。』に日奈さんから連絡が来ていて……それに、お父さんが「勝浬の方が大事」だと答えていたはず」
つまり、宮古日奈さんのスマホかパソコンか、コメントを送った端末はハッキングされているということだ。
「位置情報とかわかってたりしないよね……?」
力が不安そうに目を泳がせた。
いや、警察の叔父さん曰く日奈さんは家に帰っていないらしいのだ。そして、一連の事件の犯人が都筑和正ということで解決した事件だ。もう、警察は誰も勝ちゃんのことも日奈さんのこともマークしていない。
……そもそも不自然ではあった。今になって市田や嶋田が日奈さんに対して朱梨ちゃんの性的暴行を加えられた写真をばら撒くと言ってトラブルになっていた。何故今更だったのか。日奈さんの連絡先は保育所で勤務している時に知ったのだろうけど……そもそも自分の犯罪が公にされるリスクもあるのに、何故日奈さんだったのか。ばら撒くのなら今生きている白鳥さんに持ち出した方が効果があったのではないか。
「力……そもそも日奈さんに市田や嶋田が連絡したのも勝ちゃんの犯行だったのかも」
「勝ちゃんが、日奈さんをおびき出すために……?」
「そう……日奈さんが市田と嶋田を殺した動機を用意したんじゃないかな」
犯行動機まで用意して、日奈さんに罪を着せたかったんだ。
「でもそれじゃあ勝ちゃんは朱梨さんの被害を利用したってこと? あんまりだよ……」
「そこまでしてでも殺人犯に仕立て上げたかったんじゃないかな」
橋の下の川は穏やかで、とても人の命を奪ったとは思えなかった。そして、当然自分の幼馴染が犯罪に手を染めている事実を実感することはできなかった。
なんて虚しいんだろう。
だが、まだ復讐は終わっていない。
「友ちゃん、勝ちゃん家にいるかな」
「いると信じて行くしかないよ」
僕らは最後に第二の殺人現場に行くことになる。都筑和正が自白をしたからもう調べ尽くされたあの家には凶器も何も残っておらず、当然素人の僕らが立証できるものなんて何もない。
ただ、それでも勝ちゃんに突きつけないといけない。
たった一万円で買った真実を。そして、宮古朱梨の事故の真相は正しい方法で探さないといけないことを。
僕と力は頷きあって、橋から徒歩数分の勝ちゃんの家を目指
ピロン。
ちょうどその時だった。『ヒナちゃんねる。』の更新を知らせる通知が来た。
『ヒナちゃんねる。最終回! 私の素顔見せちゃいます!』
動画のタイトルには最終回と書いてある。
まだ何も見ていないのに、嫌な予感がした。力が勝ちゃんと話したとき「最高の動画を撮る」と言っていたらしい。
それが、できたというのだ。
「友ちゃん、スマホ見てどうしたの?」
「『ヒナちゃんねる。』が更新されたんだ……最終回って」
「え?」
力が僕のスマホを覗く。
僕は震える手で再生ボタンを押した。
『こんにちはー! ヒナちゃんねる。いよいよ最後を迎えましたー。あっという間に1年が経ち、色んな人に見てもらえるチャンネルになってとても嬉しいです! これから、最後の企画として本当の私を公開したいと思います! みんな、最後まで見ていってねー!』
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