第36話 探偵ごっこ。

2:多喜田友佑


 白鳥さんと話した後、僕は教室まで一人で戻った。放課後の教室は文化祭の準備のためにまだたくさんの人が残っていた。その中に、力の姿も勝ちゃんの姿もあった。


 「よお、白鳥に話を聞きに行ったんだって?」


 力のところに声をかけに行こうとすると、先に勝ちゃんに声をかけられる。挑発的に目を鋭くさせて、眉間の皺を不機嫌そうに刻んでいた。


「君が白鳥さんと連絡取ったって教えてもらったよ」


「ふーん。で? 俺が何したって言うんだよ」


「それは言わなくたって自分が1番わかっているんだろ。……君は、お父さんに加担して、白鳥さんと朱梨ちゃんの復讐を成し遂げたんじゃないの?」


 「犯罪者だって言いてぇんか。証拠は?」


 「君が白鳥さんに連絡した端末があれば、証拠になると思うけど」


 僕が自信なく告げると、勝ちゃんは僕を馬鹿にするように鼻で笑った。当然、白鳥さんは彼との連絡を証拠として警察に出すわけもなく、勝ちゃんもまた警察に取り調べられている訳でもないのに、自分の犯罪予告をばらすことなんてしないのだ。そんなことはわかりきったことだった。


 「探偵ごっこはこれで終いだな」


「まだ、調べてないことがあるから終われないよ」


「は?」


「現場に行ってないから。まだ、全て終わった訳じゃない」


 市田の殺人現場になった山奥も、嶋田の殺人現場になった勝ちゃん家の風呂場も、望木くんが腕を切断された橋も、僕はまだ調べていない。全てをしていないのに、終わったなんて言えない。


  勝ちゃんは僕の言葉に唇をひん曲げる。そもそもヒナちゃんとして僕に接触したのは君だと言うのに何て顔をするんだ。君は知って欲しいんじゃないのか?


「本当にお前ってしつこいよな。もういいだろうに」


「いいって思うなら教えてよ。君は何をしたの?」


 「何も? 俺は親が殺人犯のカワイソウな人間ですけど?」


 「思ってないくせに」


 「はっ、せいぜい無駄な時間を費やすことだな、友佑クンよぉ」


  勝ちゃんはそう言うと、スタスタと僕の前から離れていく。そして力と一生懸命に色塗りをしている男鹿くんの元へ行った。


 僕もため息を吐いて、彼の後を追う。勝ちゃんはもう僕と話したことなんて関係がなかったように男鹿くんに話しかけていた。


「あ、多喜田。戻ってきたのか!」


「あ、うん。男鹿くん、さっきはありがとうね」


 僕が近づくと男鹿くんもいつものように笑った。それでも、僅かに口元が引き攣っており、勝ちゃんと白鳥さんの関係を僕が探っているのが面白くないのがわかる。


 みんな、まるで腫れ物扱いだな。


 力もさっきわざわざ教室を出たのは勝ちゃんと二人で話そうとしたからだろう。何を話したのかは知らないけど、きっと僕が真相を探るのが面白くないのだ。


 なら、もう一人で探そう。


 僕にできることは、あとは殺人現場に行くことぐらいだ。そこで何が得られるかはわからないけど、他にやれることはない。


「今日は僕、もう帰るね」


「まだ塗り終わってねぇぞ、アホ」


 意外にも文句を言ってきたのは勝ちゃんだった。文化祭の美女と野獣の劇で使う背景の色塗りは、あと少しで完成しそうだが彼の言う通りまだ終わってはいない。


「わかってる。ごめん、用事があるんだ」


 「そんな大事な用事じゃねぇだろ」


 「いや、何よりも大事な用事なんだよ」


 勝ちゃんは僕が何の用事があるのかをわかっているからこそ、見たこともないくらい目を丸くしてキョトンとしていた。勝ちゃんの真相を知ることが僕に何ら関係がないことは100も承知だけど、それでも大事なことには変わりがない。


「ごめんね」


 僕は作業をしている勝ちゃんと力、男鹿くんに頭を下げ踵を返す。


 できることをやって、勝ちゃんのことを知れたらちゃんと話をしよう。


 対等に、してはいけないことはしてはいけないと当たり前に話そう。でも、絶対に彼の気持ちは受け止めたい。


 きっと、やり遂げてみせる。


 「友ちゃん」


 玄関に向かうと、後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには力が俯きながら立っている。しっかりとリュックを背負っており帰り支度は万端だ。


「勝ちゃん、教えてくれないんだ。あの顔をしていた時の気持ち、これっぽっちも」


「うん」


「だから……僕も一緒に行かせて」


 力の声が僅かに掠れる。申し訳なさに溢れたその声色には、幼馴染への心配に溢れ返っている。


「力、僕は勝ちゃんを疑いたくはないと話したけど、そうも言ってられなくなったんだ」


「想像はしてるよ」


「嫌な事実かも知れない」


「でも、知らなきゃ。僕も、『ヒナちゃんねる。』を作った一人として」


 力が僕をまっすぐに見つめる。声には不安が混じるが、瞳には迷いはない。


 僕らは互いに頷くと、学舎を後にした。目指すのは、市田が殺された山奥だ。山奥と言っても犬の散歩をしている人がいるくらいなので、行けないほど危ない場所ではない。


 きっと何か真実があると信じて、僕らは前に進み始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る