第34話 白鳥青空:2。
1:多喜田友佑
放課後、僕は真っ先に白鳥青空さんのいる隣のクラスへ向かった。事前に男鹿くんに連絡してもらい、話をすることは伝えている。
白鳥さんは友だちと思われる三人の女子と一緒に看板作りをしていた。でもあまり集中していなかったのか、僕が来たのを感じ取り名前を呼ぶ前に眉を八の字にして僕の方に振り向いた。
「白鳥さん、話があるんだ」
「……はい」
白鳥さんは目を泳がせながら小さく頷いた。
「君が、ライトブルーとしてヒナちゃんにコメントしたんだよね」
「……何で、そう思ったんですか?」
教室を離れ、僕達は誰もいない校舎裏に向かった。真夏の炎天下で僕達は横並びになって立ち尽くす。殆ど同じ背丈で、殆ど同じ高さにある瞳は、決して僕を見ようとはしなかった。
「白鳥青空……白と青で水色……ライトブルーってそういう意味なのかなって。それに、君が男鹿くんに勝ちゃんとの間を取り持ってもらったのも、ライトブルーが動画にコメントした時期と同じだから」
「……」
白鳥さんは俯いたまま淡いピンクの唇を僅かに噛んだ。それだけで自分が正しいことを言っているとわかってしまう。無言の肯定は彼女の穏やかではない感情を表すのには十分だった。
「君は勝ちゃんが『ヒナちゃん』だって気付いていて……何であのコメントをしたの?」
「……最初は、知らなかったです」
震える声で、彼女は言う。彼女は自分の胸を両手で押さえながら小さく息を吐いた。
「ただ、朱梨ちゃんのお母さんにそっくりだなと思って……。私と朱梨ちゃんが、市田や嶋田から受けていた暴力を、知ってほしいなと思ってしまいました。だから……コメントを残したんです。そしたら……都筑くんの方から連絡をくれたんです」
「勝ちゃんから? どうやって勝ちゃんは君の連絡先を知ったの?」
「……『ヒナちゃんねる。』にコメントすると都筑くんにハッキングされる仕組みになっているんです。あのコメントを送った数日後に……私のスマホにメッセージを送ってきたんです」
白鳥さんは水色のスマホを取り出すと、僕に目を合わせないままこちらに画面を向けてきた。電話番号でメッセージができるアプリに、『1004』という謎の番号からのメッセージが届いている。1004は勝ちゃんがヒナちゃんの誕生日として設定した日付と同じだった。
『コメントありがとうございます。ヒナちゃんねる。です。白鳥青空さん、アナタのコメントにとても関心があります。もしよろしければ、詳細を教えてください。お手伝いできることがあるかもしれません』
それが最初のメッセージだった。その次には白鳥さんの返信がある。『何で私が白鳥青空だとわかったんですか? どうやって電話番号を知ったんですか?』その当たり前の疑問に『ヒナちゃんねる。』は臆することなく返信をしていた。
『コメントをくださった方の端末をハッキングして、情報を入手しています。警察に通報しても構いません。ですがその場合はお手伝いできないと思います。ご存知の通り、私の顔は宮古朱梨の母親である宮古日奈を模しています。私は、朱梨のきょうだいです』
「私……朱梨ちゃんのきょうだいって聞いて……通報よりも何よりも、話をしたいって思ってしまったんです。だから、市田と嶋田のことを……書きました」
彼女のスマホの画面には、文章として淡々と、しかし痛々しい過去が書いてあった。保育所に通う小さい女の子2人が、市田と嶋田のターゲットになり性的暴行を受けたことが綴られていた。白鳥さんのメッセージにはしっかり市田と嶋田の名前が刻まれている。
『とてもお辛い経験をなさったのですね。お話を聞かせてくださりありがとうございます。私は朱梨のきょうだいとして、事実を知った人として、市田と嶋田に罰を与える手伝いが可能です。アナタは何もしなくて大丈夫です。見届けてください』
ヒナちゃんを名乗るメッセージは事実に対してこの文章を送っている。罰を与える。それが何を意味するのか……ここまで来たら完全にわかってしまう。
『朱梨ちゃんのきょうだいって、アナタは誰なんですか? 何をするつもりなんですか?』
白鳥さんは追求をした。そこで答えなければヒナちゃんはヒナちゃんのままでいられただろう。だが、この一見親切そうな犯罪者は呆気なく僕が必死に探した事実を白鳥さんに教えていた。
『同じ高校で隣のクラスの、都筑勝浬です。宮古朱梨の腹違いの弟です。白鳥さんの件、朱梨の件、初めて知りました。とても遺憾です。何をするつもりなのかは、そのうちわかると思います。どうかご自愛ください。アナタは穢れてないですよ』
「……都筑くんとは保育所から一緒でしたけど全然知らない人でした。ただ、ちょっと目立つ不良というイメージで……。そんな人が、こんなことを書いてきたから……どうするのだろうと思って、気になって、たまたま友だちだって言う男鹿くんに間に入ってもらって近づいたんです」
「勝ちゃんと、話せたの?」
「ええ。……市田が焼死体で発見されたときに……最初は身元わからなかったからもしかしてって程度でしたけど……聞いたらあっさり市田が死んだと教えてくれました」
「勝ちゃんが、殺したの?」
「わかりません。死んだのは市田だと聞いただけです。でも、殺したのが誰であれ、彼が関係あるのは明白で……じゃあ次は嶋田もなのかと思って……私、」
白鳥さんの瞳から、静かに涙が溢れる。僕はその涙を拭ってはあげられなかった。かける言葉も見つからず、ただ彼女の次の台詞を待つだけだった。
白鳥さんは手で涙を拭いながら、やっと僕の方を見た。赤い顔を強張らせ、落ち着くためにフーと息を吐く。
「私……できることはないか、聞いたんです」
「……加担したの……?」
「……『ヒナちゃん』の格好をして指定した時間に喫茶ひだまりに行くように言われました……アリバイ作りに、加担したんです……」
それは、唯一の勝ちゃんのアリバイだったものだ。嶋田の殺害時間に『ヒナちゃん』の姿で喫茶ひだまりにいたというアリバイだ。それが、崩れたのだ。
「この前、喫茶ひだまりにいたのも君?」
「……多喜田くんがまだ事件を追ってるって聞いて……混乱させようって思って……でも、怖くなって……逃げてしまいました……ごめんなさい」
小さく頭を下げる白鳥さんは、勝ちゃんが事件の主要人物であることを疑ってはいなかった。
いや、もはや疑う余地などないのだ。
勝ちゃんは市田と嶋田を殺す動機があった。自分の腹違いの姉である宮古朱梨の復讐のためだ。そして、うまく父親を利用して2人を殺害、ついでなのか朱梨をいじめていた望木くんに大怪我を負わせた。
白鳥さんのそのスマホがあれば、証拠になる。
でも、それを証拠に出してもハッキングしていたのは父親だと言い張るだろうか。その可能性もまだ捨てきれてはいない。勝ちゃんのお父さんが自首している以上、そして勝ちゃんが操作できない車から証拠が出ている以上、勝ちゃんのお父さんが罪を犯したのは事実なのだ。
「白鳥さんは……復讐してもらえて、満足したの?」
それは純粋な疑問だった。
市田が死んだ時点で止めようと声を掛けることもできたはずだ。でも、彼女は加担する道を選んだ。アリバイづくりとは言え、犯罪に手を出したのだ。
「……こんなことになるなんて、思わなかったんです……でも、でも……都筑くんには感謝しています。私はついででしょうけど、朱梨ちゃんのためとは言え、私の嫌な過去を消そうとしてくれたから。だから、多喜田くん」
白鳥さんは涙をとめることができないまま、それでも語尾を強めて僕を呼んだ。僕は怯んで何も言えずに彼女を見つめることしかできなかった。
「彼を追うのを、もうやめて下さい。全部、都筑くんのお父さんがやった。それで、いいんです」
いいのか? 本当に。
白鳥さんと連絡を取り合っていたのは勝ちゃんだろう。なら、確実に彼は犯罪に加担していたのだ。いや、ハッキング時点で罪を犯している。そこまでして何かを得たかったということだろう。
それを知らないまま、追うのをやめるわけにはいかない。
「白鳥さん、よくないよ。罪は、罪だ」
「でも、市田と嶋田は死んで当然の人間なんですよ! 本当なら都筑くんのお父さんだって罪に問われなくたっていいくらいです!」
「死んで当然なのは、殺していい理由にはならないんじゃないかな」
「そんなの綺麗事です!」
「綺麗事でも……僕は、真実を追うよ。ダメなことをダメって伝えられるのが、友だちだから」
「……」
白鳥さんの赤らんだ目が僕を睨む。それでも、僕は自分の言葉を撤回するわけにはいかなかった。
あと少しなんだ。
あと少しで全部わかるだろう。そしたら、勝ちゃんが何を思って『ヒナちゃんねる。』をしていたのかわかるだろう。
「僕もね、助けられるなら助けたいんだ」
「……都筑くんを、ですか?」
「うん。もう仲良くないけどさ……それでもヒナちゃんの時に言ってくれたんだ。友だちだって、ね」
拒めばよかったのに、勝ちゃんは僕を拒んでいない。
なら、僕にできることはこれしかないんだ。
「白鳥さんは、その証拠……警察に出さないよね」
「絶対に出しません」
「そっか……話してくれてありがとう」
僕が軽く頭を下げると、白鳥さんは僅かに唇をワナワナと震えさせた。でも、何も言うことなく、足早にその場を去っていく。
振り返ることもなく、彼女の姿はあっという間になくなった。
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