第3話『校庭を横切るもの』

俺が中学生の頃、通っていた学校には、**“絶対に見てはいけない瞬間”**があると噂されていた。


それは、「朝礼前の誰もいない時間帯に、校庭の中央を横切る“何か”を見てしまうと呪われる」という話だった。

もっとも、都市伝説の一種だと誰もが思っていたし、俺自身もそうだった。

――その日までは。


その朝は、いつもより早く登校した。

クラスで委員をしていた俺は、体育館で使うスピーカーの準備を任されていて、まだ誰もいない昇降口から、ひとりで校舎に入った。


校庭は朝靄に包まれていて、薄く水を張ったような光の反射が美しかった。

ふと視界の端で、何かが動いた。


俺は、そちらを見た。

ちょうど校庭の中央、丸い白線をなぞるようにして、何かが横切っていた。


人影のようだった。

でも、よく見ると、“上半身だけ”だった。


足がないわけじゃない。

腰から下が、ぼやけて見えなかったんだ。

しかも、その上半身が、前を向いたまま、左右の腕をだらんと垂らして浮かんでいるように移動していた。


音も、風も、何もないのに。


目が離せなかった。

いや、離せなかったというより、目を逸らすことができなかった。


突然、背後から肩を叩かれた。


振り返ると、教師だった。

「おい、何やってるんだ。こっちは鍵開けたばかりだぞ」


俺は「今、校庭に誰か……」と指さした。

だが、もうそこには誰もいなかった。


教員は怪訝そうに「誰もいないだろ」とだけ言って、昇降口の鍵を開けに戻っていった。

その日の朝礼中、校長先生が倒れて、救急車で運ばれた。


数日後、担任がこっそり言った。


「あの校長先生、実は十年前、ここの校庭で息子さんを亡くしてるんだ。

サッカー中に倒れて、そのまま……」


あの日の朝、俺が見た“上半身だけの人影”。

じつは昔、同じような体験をしたという卒業生が何人かいたらしい。


校庭を横切る“それ”を見た翌日、何が起こるかは人によって違う。

倒れる教師、怪我をする生徒、交通事故、家族の異変。


だが共通するのは――


**「見た本人には、何も起きない」**ということ。


見た者は、ただ、それが通り過ぎるのを見届ける“器”なのだと。


そして今も、あの学校では朝礼前、校庭を見ないよう指導されている。

理由は知らされない。

だが、職員室の片隅にだけ貼られている注意書きには、こう書かれていた。


【校庭の中央を横切る“もの”が見えた場合、誰にも話さず、視線を逸らして静かに離れること】


【決して、名前を呼んではならない】


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