第4話『団地の13階』

これは、東京に住む知人の女性から聞いた話だ。

彼女は大学時代、郊外にある古い団地に一人暮らしをしていた。家賃の安さに惹かれて選んだという。


その団地には奇妙な点がひとつだけあった。


「13階」が存在するのに、誰もそこに住んでいないこと。


エレベーターの表示にも13階はある。階段でもちゃんと行ける。

だが、郵便受けに13階の表札はなく、夜になっても電気が点くことはない。


彼女は深く気にしていなかった。だがある日、大学の課題で徹夜明けの朝方、エレベーターで偶然“13階”を押してしまったという。


普段なら押しても反応しないはずなのに――

そのときだけ、スッ……と13階のボタンが点灯した。


扉が開くと、そこは他の階と同じような造りのはずだった。

ただ、空気が妙に重かったという。


薄暗い蛍光灯、静まり返った廊下。

壁の塗装は古く剥げかけており、少しだけ生臭いようなにおいがした。


「やっぱり誰も住んでないんだ」と思って引き返そうとしたとき、

廊下の奥の部屋のひとつ――1303号室のドアだけが、少しだけ開いていた。


そこから、子どもの笑い声のような音が聞こえた。


くすくす、という乾いた声。


耳を澄ますと、何かを叩くような音も混ざっていた。


くすっ、くすっ……トン、トン……くすっ。


怖くなって、エレベーターに戻ろうとした。

しかしそのとき、誰もいないはずの廊下で、自分の背後に足音が響いた。


「こんな朝に誰か来たのか」と振り返ると、そこには誰もいなかった。

けれど、ドアの隙間が――いつのまにか、大きく開いていた。


彼女は全速力でエレベーターに戻った。


だが、エレベーターは動かず、ボタンを何度押しても閉まらない。


そのとき、誰かが背後から小さな声でささやいた。


「ねぇ……あなた、ちゃんと見たでしょ……」


彼女は気絶した。

目が覚めたとき、管理人室だった。


管理人は言った。


「あなた、13階行ったでしょ。

……あそこ、存在してるのに、使っちゃいけない階なんだよ」


過去に何人か、彼女と同じように13階に行ってしまった人がいた。

中には戻ってこなかった者もいるという。


理由は知らない。だが、管理人は最後にこう言った。


「本当に見たものは、忘れるほうがいい。

あんたが今ここにいるのは、“見たふり”で済んだからだよ。

“見た”と信じたら、もう、戻れないからね」


その後、彼女は引っ越した。

けれど、たまにエレベーターで13という数字を見かけると、今でも手が震えるという。


それは、数字の「13」が不吉だからではない。


本当にそこに“あるのに、誰も住めない階”を知ってしまったからだ。


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