第2話『駅のホームで会った子』

この話は、ある地方鉄道の職員から直接聞いたものだ。

取材ではなく、酒の席でぽろりとこぼれた“業務中の違和感”として語られた。だが、その内容は妙に現実味があり、今も俺の頭に残っている。


話してくれたのは、北九州と宮崎の間を結ぶ某ローカル線の駅員、Tさん。

彼が勤務しているのは、山あいにある無人駅――のはずだった。


その夜は雨が降っていた。

定期の最終便が過ぎ、あとは回送列車だけが通る時刻。

駅舎も改札も閉まっていて、ホームには誰もいないはずだった。


ところが、構内放送のカメラに、小さな人影が映った。

濡れたレインコートを着た、小学校低学年くらいの女の子。

ホームのベンチに、ぽつんと座っていた。


「……あれ、誰か残ってるぞ」


そう思って構内放送を入れようとしたが、マイクがなぜかノイズ混じりで使えなかった。


仕方なく、合羽を着てホームまで確認に行く。

だが、そこには誰もいなかった。


ベンチも濡れていない。

人が座っていたなら、濡れたコートの跡が残っているはずだ。


だが、そのとき。


――ガタン。


明らかに、反対側のホームで何かが動いた音がした。

無人のはずの駅で。


Tさんは、そちらを振り返ると、暗がりの中、ホームの柱の陰にあの子が立っていたという。


白く浮かぶような顔。

赤いレインコート。

だが、目が黒く塗りつぶされているように見えた――と。


雨の中、Tさんは声をかけることもせず、ただ小さく頭を下げて駅舎に戻った。


「たまにね、向こうから“乗って来る子”がいるんだよ」


Tさんは言った。

「たぶん、乗り継ぎの間に戻れなくなった子。時間じゃなくて、“生きてる世界のほう”にね」


この駅、十数年前に、家族旅行中に姿を消した女の子の事故があったらしい。

乗り換え時にホームで待たされ、雨の中で消えた。

防犯カメラには最後、柱の陰に吸い込まれるように歩いていく様子だけが残っていたという。


その子の特徴が、Tさんの見た“子”と一致していた。


以来、その駅では雨の晩、駅舎の照明が勝手に点いたり、ホームのベンチが濡れていたりするという。

けれど、駅の職員たちは誰も声をかけない。

なぜなら、名前を呼ぶと、そちらに気づいてしまうから。


気づかれたら、次の電車に――


“一緒に乗らないといけなくなる”。


Tさんは、語り終えたあと、ウイスキーをひと口だけ飲んでこう言った。


「……あの駅はね、今も時刻表には載ってるけど、もう“あっち側”にあるんだと思う」


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