初めての友達
と、いうわけで。
シアちゃんの案内によって、わたしは森を越えた先にある洞窟へとやってきていた。
なんと驚くことに、火、水、土、風の四元素全ての魔石が揃っている。この辺りは、地下の魔力の流れが相当豊かなのだろう。
魔石の放つ光が四方に反射して、まるでステンドグラスに覆われた大聖堂にいるような気分になってくる。
この周辺の人は“
「シアちゃん、ここの魔石って、本当にどれでも好きに採っていいんだよね⁉」
「え、ええ。採り尽くしたりしなければ……きゃっ! どれでも好きなのを採って……ちょっ、あっちいってよ!」
なんだか、後ろの方が大変そうだ。
振り返ってみると、シアちゃんがコウモリの魔物を必死に手で追い払おうとしていた。
「えいっ!」
ちょうど今から採掘に使おうと思っていたピッケルを、わたしはコウモリの頭めがけて振り下ろした。
その一撃で弱った隙に、さらに一発、二発、三発。ピッケルの鋭いところを脳天に突き刺す。
「動かなくなったよ、シアちゃん! よかった、わたしでも倒せる弱い魔物で」
「あ、ありがとう……でもそれ、そんな風に見せないでいいから!」
「えっ? ……あっ、ご、ごめん!」
倒せた喜びのあまり掲げてしまっていたコウモリの死骸を、わたしは咄嗟に下ろす。
普通の女の子は、こんなの見せられたら困るよね。錬金術師生活が長いせいで、わたしはこれぐらい何とも思わなくなっちゃったけど。気をつけなくちゃ。
これは静かに解体して、バックパックにしまっておこう。
「羽、キバ、毛皮~……っと。魔力変換に使う器官も、よいしょっ! わぁ、綺麗に取れた!」
今回は、我ながらかなり上手く解体できた。綺麗に解体できたときって、ものすごく気持ちいいんだよね。
「首回りの毛、すっごくふわふわだなぁ……あっ、シアちゃんも触ってみる?」
そう言って振り返ると、そこには青ざめて五歩ぐらい後ずさりしたシアちゃんの姿があった。
「あ…………ご、ごめんなさい」
あぁ。本当に大事なことって、どうして学校では教えてくれないんだろう。
絶交を告げられるんじゃないかと思ったが、心優しいシアちゃんは決してそんなことは言わなかった。
わたしはそんな彼女に必死に謝り倒し、「しつこい」と無事お許しの言葉を頂いたので、気を取り直して採集を再開することにした。
「さて、質がいいのはどれかな~?」
「質? そんなの、見て分かるの?」
「分かるよ、質が高いものほど、何ていうかこう……キラキラーってしてるの!」
「どれもキラキラしてると思うけど……」
大きな魔石の前にかがみながら、シアちゃんは首を傾げる。
錬金術師みたいに、普段から素材の質を見極める必要のある仕事をしている人じゃなければ、こればっかりは確かに分からないと思う。
最初の方は、素材の見極めにも鑑定魔術を使う。けど、慣れてくると使わなくてもできるようになっていくものなのだ。
「あっ、これにしようかな。よいしょ……っと」
良さそうな魔石を発見したわたしは、採掘用のピッケルを振りあげる。
「えいっ!」
ピッケルで何回か叩いていくと、少しずつ岩が砕けて魔石が出てくる。
石の砕ける音が洞窟内に反響する。この音、わたしは結構好きなんだ。
「よし、採れたぁ!」
手のひらサイズの、きれいな緑色の魔石が採掘できた。岩肌から魔石を採掘できた瞬間って、最高に気持ちいい。
緑色、ということは、この魔石がもつ魔力の元素は風。
今回の場合はどの元素の魔石を使っても大丈夫なんだけど、他の素材との相性を考えて、風の魔石を選んでみた。
「そのピッケル、重くないの?」
「ちょっと重いけど、もう慣れちゃった。持ってみる?」
「え、ええ……」
シアちゃんは恐る恐る、わたしの手渡したピッケルを受け取る。
「ひゃっ! お、重たい……!」
「あはは、びっくりした? わたしも、昔はこんなの振り下ろせなかったなぁ」
何だか、初めての採掘実習の日を思い出した。あの頃は小さいピッケルでも十分重たくて、泣きそうになったなぁ。
あの頃のわたし、まだ八歳だったもんね。そう考えると、わたしも随分と成長したものだ。
「ルーカって、随分と力持ちよね」
「えっ? そうかな?」
「ええ、普段持ってる杖だって重そうだし。ここに来る前だって、バールさんに手伝いを頼まれた時に、土嚢をいくつも軽々と畑まで運んでたじゃない」
「うーん……言われてみれば、確かにそうかも?」
同年代の一般的な女の子よりは、確かに力持ちかもしれない。錬金術科の授業は、意外と力のいる作業が多いからね。
もしかしたらそのうち、近所の皆さんから力仕事を手伝ってほしいと言われることも増えるかもしれない。どんな手段でも、人の役に立てるのは嬉しいことだよね。
必要な素材を全て集め終えたわたしたちは、まっすぐ工房に帰ってきた。
作業を始めるわたしの横で、シアちゃんが見守ってくれている。
今作っているのはもちろん、この村の畑の大敵・デモンフライを追い払うための道具だ。
採掘してきた魔石たちを磨いて、つやつやの卵みたいな形にしたら術式を刻んでいく。
繊細な作業なので、とにかく集中が必要。ちょっと手元が狂ったら全く別の術式になっちゃうかもしれないから。
「…………ふぅ~、やっと一個できた!」
これ一つ作るだけでも、かなり精神力を使った気がする。だけど、ここで音を上げるわけにはいかない。とりあえず、村にある畑と同数は作るつもりだから。
——それから、どれぐらいの時間が経っただろう。
「はぁ~……、終わったぁ!」
集中し続けること、数十分。やっとのことで、必要数の魔石の加工が完了した。
「細かい作業だったわね……ちょっと休憩したら?」
「うん、そうしようかな……」
集中力には自信がある方だけど、さすがにこれ以上作業を続けるのはきつい。早く進めたい気持ちもあるけど、大人しく休憩しておこう。
シアちゃんが、お家からお手製のアップルパイを持ってきてくれた。
そのお味はというと——言葉にできないぐらい美味しかった。
生地はサクサク、中のリンゴはとろとろ。この味をみんなに正確に伝える言葉がないのが、本当に惜しいぐらい。
おかげで、すっかり気力も回復した。作業の続きは、元気百パーセントで頑張れそうだ。
工房に戻ると、わたしはまず水を入れた鍋の下に火をつけてお湯を沸かした。
魔術で着火したのではなく、鍋を置く場所の下に、魔力を込めると火がつく仕組みの術式が刻まれているのだ。
お湯が湧けたら、強力かつ清浄な魔力を含む植物“ルミナスフラワー”と、スライムの核をいくつか入れて、煮出しながら錬成。そうすると、きらきらした不思議な乳白色の液体ができる。
これとさっきの加工した石を、鍋に入れてまた錬成。
「よし、できた……かな!」
これでやっと、道具が完成した。あぁ、長く苦しい作業だった……。わたし、頑張った。
この道具は、魔石に刻んだ術式によって清浄な魔力を周囲に循環させることができるというもの。これを畑のそばに置いておけば、清浄な魔力を嫌うデモンフライは近寄れなくなるはず。
内部の魔力は使ってるうちに少しずつ減っていっちゃうけど、そしたらまた補充すればいい。石に刻んだ術式も、よほどのことがない限り崩れないはずだし。
これがあれば、この村の農家さんがデモンフライの被害に悩まされることもなくなる……はず。多分。
というのもこれ、レシピを見て作ったわけではなくて。
一応オリジナルの道具なので、うまくいかない可能性もゼロではないのだ。
それならまず試作品を作って、効果を確かめてから必要分作ればよかったと今になって気が付いた。
完成したことに舞い上がる暇もなく、不安の波が押し寄せてくる。あぁ、どうしよう。こんなにたくさん作ったのに失敗だったら。しばらく立ち直れないかもしれない。
だけど、作ってしまったのだから仕方がない。とりあえず実際に使ってもらってみて、駄目だったらそれから対策を考えればいい……よね。
と、いうわけで。
わたしは勇気を出して、出来上がった道具を村中の農家さんに配った。
道具の名前を聞かれたので、咄嗟に“術式型魔力循環器”と答えた。ちょっとそのまますぎたかな。
そして、肝心の道具の効果は——
驚くほどに、大成功だった。
◇
今、村の畑にはまるで案山子のように、木の棒に結び付けられたあの道具が刺さっている。
発光する宝石みたいな物体が畑一つ一つに刺さってると思うと、ちょっと異様な光景かもしれない。けど、おかげでめっきりデモンフライは来なくなったようだ。
ちなみに普通の害虫の方は、わたしが作った虫よけ効果のある肥料を使ったら、それっきり起こらなくなったそう。農家さんたちが言うには、想像を絶するほどにすごい効き目なんだとか。
そして、その肥料を使うと虫害がなくなっただけじゃなくて、作物の育ちも見違えるぐらいよくなったらしい。
近所のルーセルさん家のおばあちゃんによると、『前の店主さんの作った肥料と同じぐらい効く』のだとか。そこまで言ってもらえるなんて、わたしの方がびっくりだ。
ベテランの先代さんと同じぐらいなんて言われちゃうと、かなり嬉しい。
術式型魔力循環器によって、デモンフライの被害をなくしたことは、みんなから大きく感謝された。
わたしのことを『最高の錬金術師だ』なんて言ってくれる人や、『君は天才だ!』なんて言ってくれる人もいる。
天災と呼ばれたわたしが、今や天才だなんて。えへへ、まいっちゃうな。
と、そんなことがあって、わたしの錬金術師生活は、意外にもいい滑り出しだった。
わたしのお店の商品の中で特に評判がいいのは、実は薬品だったりする。
『いろんな効能があるのに安くて、しかも飲むとすごく元気が出て、よく分からないけどすごい』と、村中でたちまち話題になった。
効能とか、効果量とか、その辺りの調節ができなくて失敗ばかりしてきたわたしには、その評価はあまりにも意外なものだった。
ずっと弱点だとばかり思ってきたことで、こんな風に人の役に立てるなんて。
もしかしたら、学校のテストだけじゃ測れないものも意外とたくさんあるのかも? なんて、思ったり。
要望があった他の品も一通り置いてみたけど、どれも評判は上々。
そんなこんなで、開店してから一週間と数日が経った。
当初は不安と心配しかなかった村での生活だけど、意外と馴染めている。それもこれも、村の皆さんが優しいからだ。そして何より、シアちゃんという心強い友達がそばにいてくれたおかげだ。
そういえば今日はまだ、シアちゃんと会ってない。ほぼ毎日お店に来てくれるし、来なくても一回は必ずどこかで会うのに。
シアちゃん、今何してるのかな。もしかしたら、この前言ってた勉強を頑張ってるのかな。なんて考えながら、夕暮れの帰路を歩く。
わたしが今手に持っているのは、野菜が山ほど入ったカゴ。
さっき農家さんのお手伝いをしたお礼におすそ分けしてもらったものだ。この前の予想通り、畑作業などの力がいる仕事の手伝いを頼まれることは時々ある。
やってみると意外と楽しいし、その上お礼に野菜を貰えるんだからいいこと尽くしだ。
ちなみに、わたしにおすそ分けをしてくれるのは農家さんだけではない。
例えばパン屋さんからはパンを、布製品を扱うお店からは余った布きれなどを分けてもらえる。
錬金術師は食いっぱぐれることの少ない職業っていうけど、確かにその通りかもしれない。食べ物や生活には、この先あまり困らなそうだ。
この野菜をどう料理しようか、なんて考えながら歩いていると。
「あっ、シアちゃん!」
前方から歩いてくる、金髪の女の子の姿が目に入った。
わたしは咄嗟に、彼女のもとへと駆け出す。
「ルーカ。あら、また野菜もらったのね」
「うん! 畑のお手伝いしてきたから、お礼にもらっちゃった」
「へぇ、よかったじゃない」
わたしの手にしたカゴを見て、シアちゃんは微笑みながら言う。
「あっ、そうだ! シアちゃん、夜ご飯食べていく?」
「えっ、あんたのとこで? 悪いからいいわよ」
「もー、わたしに遠慮なんてしなくていいの! さ、こっちこっち~」
「ちょっ、ひ、引っ張らないでよ……もう」
わたしは目と鼻の先にある自分の家の方向へと、シアちゃんの手を引いて向かっていく。
今日のご飯はもらった野菜を使って、とっておきの料理を作ろう。
え? 料理できるのかって? ふふ。実は錬金術って、ご飯を作ることもできるのだ。
この前のアップルパイのお礼も兼ねて、腕によりをかけてとびきり美味しいご飯を作ろう。ついでに、お菓子の作り方も聞いてみようかな。
「ねぇシアちゃん、シアちゃんの言った通りだったよ!」
「あたしの? あら、何のことかしら?」
「えへへ~、いろいろ!」
「もう、いろいろって何よ……」
それはいろいろだ。心配していた薬のことだって、畑の魔物避けだって全部うまくいった。
いつか改めて、ちゃんと感謝を伝えたい。わたしの背中を押してくれたことに。それから、わたしの初めての友達になってくれたことに。
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