みんなのために
商品がひとつできたので、とりあえず棚に並べてみる。
薬草から作ったのが見た目からでもよくわかる、薄緑色の液体が入った小瓶。それを置いていくだけでも、一気にお店っぽくなった。
仕上げに、薬効と値段をざっと書いた紙を棚の下に貼る。
お値段は百フロル。使った素材の相場と利益を考えたら、そんな価格になった。
一つだけとはいえ、商品ができたのでとりあえず開店してみよう。
わたしはとにかく、早く開店したかったのだ。ここの店主としてこの村にいるにも関わらず、いつまでも仕事をしないでいるのは何だか嫌だから。
規模の小さい村だし、いきなりお客さんが押しかけてくるようなこともないだろう。商品も、これから少しずつ増やしていこうかな。
……なんて、このときのわたしは思っていた。
甘かった。甘すぎた。
暇ってレベルじゃない。あまりにも暇すぎる。
誰一人、お客さんが来ないのだ。
「まぁ、しょうがないわよね。この村、人少ないし」
「うぅ、そうだよねぇ……」
というわけで、わたしたちは閑古鳥が鳴くお店の中で、気が付けばお喋りに興じていた。
クローシアちゃんからはこの村での暮らしや、村に住む人たちの話を聞かせてもらい。
わたしは、学生時代の話を聞かれていろいろ話した。いろいろ、と言ってもほとんどが失敗談なんだけど。
とはいえ、こうして同い年の子とお喋りできるのはやっぱり楽しい。こんなの、初めてなんじゃないだろうか。
これまでの失敗の数々も、今こうして笑い話にできていると思うと、そう悪いことではなかったのかもしれない。
「錬金術の学校って、入るの大変だった?」
「うーん、たくさん勉強はしたかな。大変かどうかっていったら、大変だったかも」
錬金術は、そもそも素質がある人が少ないので、ライバルも少ないと思われがちだ。けれど、錬金科の試験においては、実はそんなことはない。
錬金術の資質を持つ人が少ないからこそ、必然的に錬金科をおく学校も少なくなる。そして、この国で錬金科をもつ学校はたったの二校。
国中から、錬金術を学びたい人がその二校に集中するのだ。そう考えると決して甘い世界ではない。
「都市の方の学校って、どんな感じなの?」
「どんな感じ、かぁ。うーん、わたしは勉強ばっかりしてたから、どんな感じかって言われても正直難しいなぁ。友達もいなかったし。キラキラしたスクールライフとか、そういうの全然できなかったなぁ。あはは」
「勉強ばっかり……ふぅん、いいじゃない。あたしはそういう生活、羨ましいけど」
「えっ? そ、そう?」
クローシアちゃんが意外な一言を放った。
長い髪の毛先をいじりながら、彼女はこう続ける。
「あたしも一度、勉強に集中できる環境に身を置いてみたいわ。家や村の人の手伝いをしなきゃいけないから、現実はそうはいかないんだけど」
「クローシアちゃん……もしかして学校に興味が?」
「ええ、まあね。この村の将来を担う者として、教養は身に着けておきたいもの。家で一人で勉強することはあるんだけどね……それでも、同い年の学校に通っている人たちよりは進んでいないんじゃないかしら」
そう言った彼女の目は、少し悲しそうだった。
世の中には、勉強をしたくてもできない人は大勢いる。彼女も、その一人なのだろう。
わたしは、そう考えるととても幸せ者だ。学校を卒業して、しかもそのおかげで今こうして職に就けているのだから。
「もしかして……これまでわたしのことを頻繁に気にかけてくれてたのも、学校のことを知りたかったからだったり?」
「ち、違うわよ、それはただ単にあんたと友達になりたかったからで……っ、じゃなくて!あんたがちゃんと仕事してくれないと困るから監視のためよ、勘違いしないでよね!」
「……っ、あははっ」
「な、何かおかしいこと、言ったかしら⁉」
おかしいも何も、この子はどうしてこんなにも嘘をつくのが下手なんだろう。
ついつい笑ってしまっていると、クローシアちゃんがふとこんなことを言ってくる。
「ま、まぁそれはいいわ。それより……あんた、本当に友達いなかったの?」
「えっ? な、何で?」
「とても、そうは思えないけど」
なんと。人付き合いが苦手で、グループワークはいつも先生と組んでいたわたしがまさか、そんなことを言われる日が来るとは。これは大きな成長なのでは?
「え、えへへ~、そうかなぁ? これでも、本当に学生時代は友達いなかったんだよ?」
「あんたも、顔に出やすいわね……まぁ、嘘じゃないのは分かったわ」
あれ。ちょっと呆れられてる? 気のせいかな。
「あんた、ずっとルーカって呼ばれてるの?」
「えっ? うん、そうだよ。小さい頃からずっと、お母さんとかにそう呼ばれてるの」
ちなみに、学園ではマリアン先生以外にそう呼ぶ人はいなかった。他の人からはどう呼ばれてたかって? もちろん、苗字です。
「そう。……その、いいわね、そういうの」
「えっ?」
「な、なんでもないわ」
もしかして……愛称というか、あだ名みたいなものがあるのが羨ましいのかな?
確かにクローシアちゃんも、わたしと同じで珍しい上に長い名前だ。
ここはひとつ、わたしが呼びやすくてかわいい愛称をつけてあげるべきなのでは⁉
ドキドキするなぁ、こういうの。友達にあだ名をつけるなんて、何だか青春っぽくない⁉
「うーん、何がいいかなぁ……あっ、シアちゃん!」
「えっ? な、何よ、それ?」
「わたし、これからクローシアちゃんのこと、シアちゃんって呼ぼうかな!」
「……ふ、ふぅん、そう。まぁ、勝手にすれば?」
一見興味なさそうに振る舞うが、クローシアちゃん、改めシアちゃんの頬は赤くなっていた。もしかしなくても、嬉しいみたいだ。
◇
お昼ご飯を食べ終わったあと、わたしとシアちゃんは揃って村中を周っていた。お店は『準備中』にしてある。
目的は、村の皆さんに困りごとや必要なものを聞き込みするため。みんなのお役に立ちたいのなら、まずは自分から動かなきゃね。
それと、ついでにお店の宣伝も兼ねている。そもそも開店したことを知ってる人がいなければ、お客さんも来るはずがないもんね。
ちなみに、わたしは訪ねた村の人の半数以上から『ウサギ狩りの錬金術師さん』と呼ばれてしまった。鳥も狩っていたはずだけど、なぜかみんなそう呼ぶ。語呂がいいからだろうか。
一体、だれがつけたあだ名なんだろう。
この村の住人は三十人前後ということもあって、聞き込みはすぐに終わった。そこで得られた貴重な意見を、一度お店に戻ってまとめてみる。
村の皆さんの『ほしいものリスト』は、ざっとこんな感じだ。
・疲れがすぐに取れる薬
・眠気を飛ばす薬
・野菜がよく育つ肥料
・壊れにくい丈夫な農具
・害虫を寄せ付けなくする道具
などなど。
あとは、先代が置いていたような風邪薬や頭痛薬、胃腸薬などの日常的に使う薬があればいいと言っていた。
要望があったものは、どれも簡単に作れそうだ。……最後の一つ以外は。
どんな害虫がいるんですか、と聞いてみたところ、どうやら普通の害虫以外に厄介なのがいるらしいことが分かったのだ。
デモンフライと呼ばれる、ハエに似た虫の魔物がどうやらいるらしい。
大きさは、人間の頭ほど。虫にしてはかなり大きい。そいつが、ときどき森の奥からやってきては畑の作物をつまみ食いしていくんだとか。
普通の害虫なら、虫よけ効果のある素材を使った肥料を作れば問題ない。けれど、デモンフライはそれだけじゃどうにもならない。別の対策を考えなくては。
「大事に育てた作物が食べられちゃうのは困るよね……早くなんとかしないと」
「ええ、早急に解決しないといけない問題だわ」
シアちゃんが小刻みに震えながら頷いた。心なしか顔が青い。もしかしてこの子、虫も苦手なんだろうか。
わたしは魔物大全を開き、索引からデモンフライの名を探してみる。
「あ、あった。どれどれ、“森などに生息し、時折人里に現れて畑を荒らす。非常に大喰らい。ハッカ油やクローブなどの香り、極めて清浄な魔力を苦手とする”……」
ハッカ油なら作れるかもしれないけど、匂いがするものを畑に撒くのもなぁ。
けれど、かと言って“極めて清浄な魔力”っていうのもなかなか……。うーん、どうしよう。
「ルーカ? 何難しい顔してるの?」
「あ、シアちゃん……実はね」
わたしは、事情を軽く説明した。
「ある程度大きめの魔石があれば、なんとかできそうな気がするんだけど……」
魔石を加工すれば一応、有用な道具は作れそうな気がする。けれど魔石は貴重な素材だ。そう簡単に手に入るわけが——
「あら、魔石? それなら、近くに採掘できる場所があるわよ?」
「……えっ?」
それ、本当ですか?
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