前触れは突然に
この村に来てから、もう三週間ぐらい経っただろうか。
お店の客足は、村の規模から考えるとなかなかいいと思う。
商品も、少しずつ増えていっている。ときどき、お客さんがお買い物のついでに『こんな道具を作ってほしい』と要望をくれることがあるのだ。
お薬は、相変わらず人気商品。飲むと元気が出る薬と、身体がポカポカしてよく眠れる薬が特に売れる。本当はどちらも製法は一緒で、使う薬草だけが微妙に違う。
それから、肥料もよく売れる。なんてったって、ライカ村は農村だからね。
自分の作ったものを必要としてくれる人が多いのは嬉しいことだけど、その分材料がなくなるペースも速いのは問題点かも。毎回森に採取に行くのは大変だから、何か手を考えたいな。
うちには使っていない中庭があるから、そこを耕して畑をやるのもいいかもしれない。
……なんてことを考えながら、カウンターの中でぼーっと座っていると。
ガチャリと扉の開く音が、ふいに店内に鳴り響いた。
「い、いらっしゃいませ!」
わたしは咄嗟に顔をあげ、入ってきたお客さんにそう告げる。
だが、やってきたのはお客さんではなかった。
「あっ、シアちゃん……」
「あたしのことをお客と間違えるの、何回目?」
ちょっと呆れた様子で言いつつ、シアちゃんはカウンターの方へと歩いてくる。
彼女がお店に来てくれるのも、もうすっかりお馴染みだ。
近頃のシアちゃんは、毎日ここにやってきてはいろいろとお手伝いをしてくれる。例えばお店の掃除とか、採集とか。
錬成をする時も、もちろん錬金術を学んだことのない人ができる範囲ではあるけど、何かと助けてくれる。
それから、暇なときには他愛ないお喋りに興じたり。
ときどきお菓子作りを教えてもらったり、わたしが学園で使ってた一般教科の参考書を貸してあげたりしている。
毎日がすごく楽しい。それもこれも、シアちゃんが一緒にいてくれるおかげだ。
村に来る前は、こんなに楽しい日々が待っているなんて想像もつかなかった。今思うと、あんなに不安がっていた過去の自分がバカみたいだ。
「あら、何これ? 食器?」
「ん? 何か気になるもの、あった?」
わたしはカウンターから出て、商品棚の前に立つシアちゃんのもとへと歩み寄る。
彼女が見ていたのは、最近売り出したばかりの新商品だった。
「ああ、それね。食器だよ、試しに作ってみたんだけどどうかな?」
わたしは棚の上に置いていたお皿を一枚取り、シアちゃんに手渡してみる。
「けっこう丈夫そうね。それに色がすごく綺麗だわ」
素材は何なの? と不思議そうに尋ねてくる彼女に、わたしは種明かしする。
「ふふっ、それはね……なんとスライムの原液でできてます!」
「ス……スライム⁉」
その瞬間、シアちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。そうだった、この子スライムが苦手なんだった。
「あはは……で、でも綺麗でしょ?」
「ま、まあね」
微妙な表情を浮かべてお皿を戻しつつも、シアちゃんは頷いてくれる。
「色のついたガラスみたいで素敵だわ。……見た目はね」
そう、そうなのだ。この食器は一見ガラスでできているように見えるけど、それよりもずっと丈夫だし、しかも安価という優れものなのだ。
透き通ったスライムの原液を固めて作っているもので、草スライムの原液を使えば透き通った緑になる。水スライムを使えば、まさにガラスみたいな透明に。
それから、着色料になる素材を使って色をつけることもできる。カラフルな食器が食卓に並んだら楽しそうだと思って、作ってみたのだ。
ちなみに、このお店で売ってるお薬の瓶もスライム製だったりする。ガラス瓶は高いし、作るにしてもこの辺りには素材がないからね。
スライムの原液は簡単に手に入る分、商品のお値段も抑えられる。だから、お店にもお客さんにも優しい。スライムって控えめに言って、素晴らしい素材だ。
そんな会話の後、わたしたちはいつものように一緒にカウンターに入って、のんびりお喋りしつつ仕事をした。
その日、お客さんはいつもと比べてたくさん来てくれた。たくさん、と言うのはこの村の規模の基準でだけど。
そうして、気が付けばあっという間に閉店の時間だ。
「ふうー、お疲れ様! シアちゃん!」
「あなたもね、ルーカ」
お店の閉店準備をしながら、わたしたちはお互いを労いあった。
「あ、ルーカ。この薬、在庫が少なくなってるわ」
「あっ、ほんとだ。ありがとうシアちゃん、言われなかったら気づかなかったよ」
「もう。しっかりしてよね」
相変わらず、シアちゃんには助けられてばかりだ。いつか、ちゃんと改めて感謝の気持ちを伝えたい。
と言っても、何をすれば気持ちが伝わるんだろう。
やっぱり王道はプレゼントかな。それとも、感謝パーティーがいいかな。なんて考えつつ、わたしは商品棚に目をやる。
シアちゃんが教えてくれた通り、うちの売れ筋商品である薬のひとつが、残り三つほどになっていた。これは後で追加を作らないとだね。
……それにしても。
「この薬、ほんとにわたしが作ったやつなんだよね?」
「何言ってんのよ、そうに決まってるでしょ?」
「そう、だよね。はぁ、なんだか信じられないなぁ。わたしの作ったものが、こんなにたくさんの人に必要とされてるなんて」
売れてるってことは、そういうことだよね。そういうことだと思って、いいんだよね?
ちょっと前まではこんなの、想像すらできなかったのに。嬉しいなぁ……涙が出そう。
「なんか……夢に近づけてるって感じがするかも」
「夢?」
「あ、話したことなかったっけ? わたしの夢……っていうか、錬金術師になろうと思った理由、っていうか」
「ええ。聞いたことないわね。そういえば、ルーカってどうして錬金術師になったの?」
「えっと、わたしがまだ小さい頃の話なんだけどね……」
商品棚の整理をしながら、わたしは話し始めた。
「領主様からの要請を受けて、わたしの故郷の村に凄腕の錬金術師さんが来たの。
その人の尽力のおかげで、寂れた田舎だった村は大きく発展して、各段に住みやすくなったんだ。
それに、わたしがこの年まで元気に生きてこられたのも、その人のおかげなんだ」
「えっ……? ど、どういうこと?」
わたしが何気なく言った最後の一言に、シアちゃんは目を見張る。
「あ、わたしね、小さい頃は身体が弱かったんだ。そのせいで、五歳まではほとんどベッドの上で過ごしてたの。
だけど、なんとその錬金術師さんは、わたしの身体を元気にするために、特別な薬と、それから不思議なお花をくれたんだ」
「花……?」
「うん。まるでガラスみたいに透き通ってて、すっごく綺麗なの。しかも、お部屋の中に飾っておくだけで、不思議と元気が出てくるんだ」
錬金科に入って知ったが、あの花は錬成物だったらしい。
周囲の生命に強い活力を与え、その製法は賢者の石の秘密とも密接に関係していると囁かれる奇跡の花。
一級の錬金術師にしか作れないとされるあの花を、わたしにくれたあの人は相当な実力者だったんだろう。
「そのおかげで少しずつ健康になれて、最近ではもう風邪もひかないぐらい元気になっちゃったの」
病弱だった頃のことを思い出すと、今こうして元気に暮らせているのはまさに奇跡みたいなことだ。あの人は、わたしの命の恩人と言っても過言ではない。
「そんなことがあってから、思ったんだ。“わたしも錬金術師になって、あの人みたいにみんなの役に立ちたい”って。」
かっこよくて、すごくて、優しくて、しかも綺麗で。
今でも、あの人はわたしの一番の憧れだし、目標とする人でもある。
実はわたしの武器が杖なのも、あの人の真似をしているからだったりする。
と言っても、彼女が持っていたのはおそらく魔術師用の杖で、わたしの
「へぇ。いい夢なんじゃない」
「えへへ、ありがとシアちゃん!」
「きゃっ! も、もう、急に抱き着かないでよ、びっくりするじゃない……」
怒っているような口ぶりだけど、内心あまり嫌じゃなさそうだ。
それをいいことに、わたしは彼女をさらに強く抱きしめる。
「ああ、もう……! バカ……」
気が付けば、シアちゃんは炎スライムみたいに顔を真っ赤にしていた。かわいい。
——あんな人になりたい。そう思った日からずっと、わたしは錬金術師になるために努力し続けてきた。
けれど、学校ではいつも落第スレスレで。
そんなわたしがあの人みたいになれるわけないって、心のどこかでずっとどこかで思ってきたけど。
今のわたしは、ほんの少しだけあの人に近づけているのかも?
……なんて、少し調子に乗ってみてもいいのだろうか。
これからも、この村の人たちの役に立ちたい。
もっともっと、みんなを助けられたら。
なんて思ってから、間もないある日のことだった。
事件が、起こったのは。
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