第13話 ファロス島の灯台

「うひょー!」


 ラーリは瞳を輝かせて、目の前のにくじゅう滴るラム串を見つめた。

 一口大にカットされたラム肉は、団子状に積み重なっている。

 肉と肉の間にはニンニクとネギが挟み込まれ、その表面には刻まれたコリアンダーが散らされている。爽やかな香りが食欲を刺激した。


 工房を飛び出した二人は、地中海沿岸えんがんの港湾市場に向かった。宝石が入っていた麻袋には、一枚のパピルスが見つかった。パピルスには〝ファロス島の灯台で待つ〟と、短くある。


 ネフティスだ!


 二人は発奮してファロス島へと走ったのであるが、


 あいにく、時刻は〝おやつの時間〟であった。


 ラーリは串焼き屋の前で足を止め、立ち昇る羊肉の匂りに、クンクンと鼻頭を動かす。


「おっさん、二つください」

「はいよっ!」

 ラーリは何のちゅうちょもなく、串焼きを頼んだ。





「──つまり、れすれ」

 ラム串を頬張るラーリ。呂律が回っていない。


「はいほうねふりすの……」

「呑み込みなさい」

「ゴクッ。……つまりですね、怪盗ネフティスの人物像が分かってきたと思うのです」


 彼女は人差し指をピンと張った。

「おそらく相手は、相当そうとう知恵の働く悪徳宝石商!」


 始まった、とカミラは思った。ラーリの推理はいつだって飛躍する。

「その心は?」

「わかりませんか?」

 彼女は真面目な表情で説明を始めた。


「ファロス島の灯台は、単なるデカイ建物じゃありません」

「知ってるわよ。世界七不思議のひとつで、エジプト一の灯台」

「そうなんですが、ポイントはそこじゃありませんよ。灯台は貿易船の命綱ですが、軍港を監視し、航行の管理も担っている。そう聞きます」


「つまり?」

「つまり、権力とつながりがなければ、普通は灯台に近づくこともできません。その灯台の中に来いと、平気で書いているんです。番兵を倒すほどの腕力があるか、番兵をかいじゅうするだけの知恵と資力があるか」

 ラーリの説明に、カミラの背筋が冷たくなる。


「まあ、そのどちらでもない可能性もありますけどね……」

「きっとどちらでもないわ」

 カミラが胸を撫で下ろして、串焼きを口に運んでいた。


 『灯台』を知らない者はいない。

 ぼう用の堤道ていどうで本土から繋がっている浮島──ファロス島に建設された超大型の灯標だ。高さは、大型船のマストを縦にとお並べても届かない。

 まさにアレクサンドリアの権威そのもの。

 そんな灯台にやって来いと指示する怪盗ネフティス。一体どんな人物なのか。


 二人は、浮島にそびえる石造りの塔に視線を向けた。





(──それにしても)

 重い空気を払うように、お嬢はラーリにジト目で寄った。


「あなたって人は、本当によく食べるわね」

 お嬢はほとほと呆れた。


 真面目な話のわりに、隣のド田舎染料師の食いっぷりときたら、牛が枯草に顔をうずめるよう。

 ほっぺたにはコリアンダーのカスが引っ付いている。食べ方も汚い。


「今度テーブルマナーを教えてあげるわね」

「なんです?」

「こっちの話」


「孔雀石のありかを追って、わざわざ港湾市場まで来たのですよ。ラム串の一本も食べないなんて、砂漠にラクダがいないのと同じくらいありえないじゃないですか!」

「あっそう」


「──それに」

 ラーリは食べ終わると、スクッと立ち上がる。


「きっとこのラム肉が、わたしたちを助けてくれます」

 ラーリは食べ終えた串を、書記官のペンのように振ってみせた。


「もう一本食べたいってコト? 付き合わないわよ」

「串焼きの香りをよく覚えておいてくださいね」

 引き気味のカミラに、ラーリは意味深な表情で言ってのけるのだった。



 ♢ ♢ ♢



 市場には様々な店がのきを連ねる。

 八百屋、肉屋、パン屋、香辛料屋……。

 二人はひしめき合うテントを左右に見ながら広場を抜け、灯台へと向かう。


 ファロス島へ通じるていどうは、荷馬車がすれ違っても余りある。石畳の小道に波が打ち付け、寄せては返す波の音。重い潮の香りが鼻をついた。


 堤道からの眺めは圧巻だ。

 港に停泊する貿易船が、まるでミニチュアのように眼前に捉えられた。白いマストが太陽光を反射して、港湾全体をキラキラと飾っている。


 ラーリはチュニックのすそを押さえながら、港から水平線までのパノラマをちょうぼうする。

 かもめがやってきて、彼女の頭に乗っかった。


 そんなこんなで、のほほんと堤道を渡り切ると、ようやくお目当ての灯台の前に来た。


「おやおや、お客様ですか」


 白い塔は、思った以上に巨大だった。岩でできた台座は四角く厚みがあり、石積みの本体は八つにかどが立つ。その面ごとに風を受けて音をたてて唸っている。


 下層に設けられた門をくぐると、中には小部屋と螺旋階段。火を使う場所よろしく、すすけたニオイがかすかに漂っている。


 その螺旋階段に座る一人の老婆が、二人を迎えるように怪しく微笑んだ。

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