第12話 レモン作戦

 ドンッ!


 職人たちが仕事終わりに一杯やる食堂は、工房の二階にあった。小窓に日よけ布がゆったりと揺れ、風通しがよい。布から漏れる光の斑点が、彫物ほりものの施されたテーブルと棚を照らしていた。


 ラーリは遠慮なく階段を上って、部屋中央に据えられたテーブルに麻袋を叩きつけた。


 食堂の棚には、持ち手のついたワインの壺、編みかごに入ったパン、乾魚ほしうお、チーズ、乾燥肉、臭みけし用のレモンなどが盛られている。


「うわっはー!」

 ラーリは棚の前で目を輝かせた。

 さすが東の工房だと、従業員想いでよだれが出そうだと述べ、

 本当に涎を垂らしていた。


 田舎の職人に褒められたカミラ。

 前髪をサッと揺らしてから、

「あったり前でしょう? ここにあるのは最高級のものばかりなんだから。リビアの高級干し肉に、イベリア半島の干し魚──」

「じゃあ、早速さっそく昼休憩ですね!」

 親指を立てたラーリが口角を上げた。

「何がしたいの? あなたの分はないわよ」

 カミラが嫌そうに、実に嫌そうに眉を痙攣けいれんさせていた。



 作業が一段落した職人たちは、ぞくぞくと食堂に集まってきた。

「はいはい、お疲れさまです。ワインをどうぞ」

 ラーリはワインをついでは職人に渡し、せっせと働いた。

 男たちは肉と魚を頬張り、水代わりにワインをがぶみする。


 一通り給仕が終わってから、ラーリは工房に降りてガラスを少しだけ削って粉にした。


 二階に戻ると、

「嬢ちゃんも一緒にどうだい」

 職人の一人から誘われて、ラーリは待ってましたとばかり、子猫のように食卓へ飛び込んだ。

 カミラがやれやれと吐息した。


 パンにオリーブオイルをつけて食べ、小魚にレモンを振って食べ、

 ラーリは

「なかなかですね」

 と頬を染めてしたつづみ


 やがて腹が満ちて仕事に戻る者や、仲間たちと談笑する者、いびきをかいて椅子で昼寝をする者が出た。


 ラーリは頬に小魚をぽんぽんに詰めてしゃく中。

「リスかしら」

「失礼ですね。宝石の鑑定をするんれすよ? 魚が美味しいとか、そんな理由で食べてるわけじゃありませんから。全然れすから」

「あっそう」





「ぷっはー」

 くびりとワインで流し、ようやくラーリは麻袋から石を取り出した。


「染料師にとって、食堂ほど活用しやすい場所はありません」

 そう言うと、

 テーブル上の、残ったレモンとワイン、少量の塩をかき集めるように掴んだ。

 次に、空いたコップにレモンを絞り、塩を投入して混ぜる。壺の底で沈殿したようになっているワインをすくって、これも混ぜる。

 小指で舐めて、強烈に苦くて酸っぱい。


 ラーリは口をすぼめてから、

「こんなものでしょう」

 真面目な表情になった。



 皿にガラスの粉を盛り、隣の皿には孔雀石の粉を盛る。その上から、まるでドレッシングのように混合液をかけるのだった。


 カミラと職人たちは、興味深そうにその仕草を目で追う。


「宝石はとてもデリケートです。それぞれに弱点があり、その弱点をつくことで、本物かどうか確かめられます」

 ラーリは魔物にとどめを刺すかのように人差し指をむけ、

「孔雀石の弱点は酸です!」

 言い放った。


「酸?」

「マグロのつつみ焼ってあるでしょう? エジプトの郷土料理です」

ラーリが作業しながら、身近なたとえで説明する。


「ああ、骨まで柔らかい魚料理よね。うちのパパが好きだわ」

「マグロの包み焼は、マグロにレモン、ワイン、塩、ハチミツなどを加え、パピルスの葉で包んで焼きます。酸味のある果物と、塩とワインの組み合わせが、魚の骨をとろとろにします」

「そうね」

「孔雀石も同じですよ。酸に対して弱い。レモンの混合液をかけると、白く変色したり気泡が現われたりします」

 ラーリは二つの皿を見比べるよう、カミラに促した。


 お嬢が見ると、孔雀石の粉からはぷつぷつと気泡が浮いている。一方、ガラスのほうは何の変化もない。


「どうですか? これでこの石が孔雀石でないとわかったでしょう?」

 ラーリは自信に満ち、チッチと人差し指を振るのであった。


(なるほど!)

お嬢が手をポンと打ち合わせた。


「魔女には宝石を見分ける不思議な力もあるってコトね!」

 要点をやっぱり誤解したカミラ。

 ラーリはツッコむのも面倒そうで、

「……まあ、そういうことですよ」

 適当に流すことにした。





「──これは挑戦状です」

 瞳を光らせたラーリは、ポーズを決めながら口を開いた。


「怪盗ネフティスは言っているわけです。アレクサンドリアの染料師なんてのは、宝石と石っころを見分けられないクズばかりだ。どうせニセモノと入れ替えてもバレないだろう。

 先日の神像の件もしかり。どうやら悪党たちが、エジプト一の職人である私に喧嘩を売っているようですね」


「エジプト一はわたくしよ!」

 カミラが噛みついた。


「ネフティスの挑戦、受けてみせますよ! 必ずや本物の孔雀石を取り返し、悪の芽を摘んでやろうじゃないですか!」


 ラーリは勢いよく肩掛けのケープを翻すのだった。


 何も分かっていない職人たちが拍手をし、やんやとはやし立てた。

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