第11話 東の工房

 怪盗ネフティス?


 自分を〝怪盗〟と紹介するなんて、とんだいたずらだ、とラーリは眉をひそめた。泣いている同僚の背中をさすり、

(こんな悪さをするのは、どうせ──)





「はあ? わたくしが宝石をるわけないでしょう!」


 東の工房。

 ラーリに詰められ、目を吊り上げたのはカミラだ。

 今日の仕事着は、空色の刺繍が入ったチュニックにベルトを締め、ぶらんと仕事道具を下げている。胸にはラピスラズリのネックレス。長い金髪は後ろで留めて、つる草の頭飾りが〝お嬢っぷり〟を演出していた。


 カミラの所属する東の工房は、西の工房からギルド会館を挟んで対極にある。水車の数は全部で五基。漆喰しっくいで綺麗に仕上げられた壁に、嘘か本当か〝街一番〟を謳う看板がかかっている。

 洪水期の風を受けて、水受け用の羽根はねいたが慌ただしく回っていた。


「あのねぇ……」

 職人たちが行きかう場所で、カミラは溜息をもらす。


「なんでもかんでも、悪役令嬢のせいにしないでくださる? 宝石はお父様が買ってくださるし、わざわざ下々しもじもの工房から盗むわけないでしょう」


 筋は通っている。

 ラーリは考えるポーズを取って、犯人は別にいるのだと仮説を立てた。


「で? 盗まれたのはどの宝石?」

 カミラが興味本位に訊ねた。


「〝ナイルの青〟です」

じゃくいしね」

 業界用語が続く。

 じゃくいしは、染料師が使い慣れた宝石の一つ。アイシャドーの爽やかな青を演出するのに重宝される。


 カミラは、ラーリの答えに頷いて、呆れて肩をすくめた。


「棚に鍵をかけないから、そういうことになるのよ。見なさい! わたくしの工房は窃盗なんてないよう、きっちり管理が行き届いて──」

「なんですか。盗まれたんですか。仲間じゃないですか」

 カミラが宝石棚を指差して胸を張り、その言葉にかぶせて、ラーリがジト目で呟く。


 お嬢は目を点にした。


 彼女はぎこちない調子で首を回し、棚に置かれた麻袋を見て、

その麻袋には青く光る石が入っている。そう、入っているのだ。


「驚かせないで! 盗まれてないじゃない!」

 なま意気いき染料師独特どくとくに翻弄されて、冷や汗をかいたカミラが視線を鋭くする。

「孔雀石なら現に袋の中で──」

「馬鹿ですね。それはガラスですよ」


「ばっ、ガラス……?」

 動揺しすぎて、宝石を掴んでいた手がツルンと滑る。ガラスは空中に舞い上がって、お嬢が慌てて掴み直した。

「これ、ガラスなの? 宝石にしか見えないけど」

「やられましたね。ネフティスに本物を盗まれましたか」


 孔雀石はその見た目の美しさと汎用性から、贋物がんぶつが後をたたない。表面の質感が明らかに宝石じゃないと、ラーリは冷静にお嬢に告げた。


「でもあなた──」

 カミラはプライドが高い。煽られた彼女は、目の前の染料師を一笑に付そうかと思案した。お得意の下卑た眼で応じてみせる。


「三日前だったわよね? レモンを買い過ぎたって、同じように騒いでたのは。〝レモンがなーい〟なんて喚いてたけど、結局地下の食糧庫にあった。そのあなたがいくら騒いでも、ガラスである証拠にはならないわよ」


 贋物と聞き、何事だと職人たちが集まってくる。


「わたしのスーパーミラクルな染料技術を疑うんですね?」

「可能性の話よ。ガラスと孔雀石を見分ける方法があって?」


 鑑定対決だ、カミラ様頑張れ、田舎の小娘も負けるな、と、外野が口笛を吹く。


「いいでしょう! そこまで言われちゃ、このガラスがニセ物だと証明してさしあげますよ!」


 ラーリはプンスカと床を蹴って、目の前の麻袋を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る