第14話 アミュレット

 二人は身構えた。この老婆が怪盗ネフティスなのか!


「──私じゃないよ」

 彼女は苦笑する。

「私は門兵みたいなものさね。本人に会いたいなら、私を倒してからにしな」


「倒す?」

「なに。要求はシンプルさ」

 しわの刻まれた目が光る。

「あんたたちが、ネフティス様に挑むだけの職人かどうか、私の前で証明しな。ここにとおの石がある」

 そう言うと、老婆は腰の革袋から、透き通った宝石を取り出した。


「アミュレットですね。身に付けると加護があるとされる、コガネムシの形をした宝飾品」

 ラーリの視線が老婆の手のひらに注ぐ。


 彼女はうなずき、

「十のアミュレットは、九つがガラス、一つが水晶でできている。砕いたり削ったりするのは禁止だ。チャンスは一度だけ。ごと水晶のアミュレットを当てられれば、上階へ続く鍵を渡そう」

 老婆はポケットから木製のぼうかぎをちらつかせた。


 カミラが隣で、

「簡単すぎて欠伸あくびが出るわね! ご存じ? 宝石は酸に弱いの。常識よ! レモンを振りかければ……」

「どこにレモンがあるんですか」

 ラーリの受け売りで応じようとしたお嬢に、本人がすかさずツッコミを入れた。


「それに水晶は酸に強いんです。レモンじゃ見分けられませんから」

「ばっ! し、知ってるわよ! 言ってみただけよ!」

 カミラは顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせていた。





 水晶とガラスの違いは幾つもある。


 手触り、もろさ、気泡の有無、重量感、形状、透明性。

 しかし、削ったり砕いたりできない。『脆さ』の判定は真っ先に除外だ。

 ラーリは考え始めた。


 とすれば、重量・気泡・透明性で鑑定すればいいのか。なんだ。意外と簡単じゃないか。そう思って一歩前へ出る。


(──いや待て)

 ラーリは宝石に手を伸ばそうとして、やめた。汗が頬を伝う。


(危ないところだった。そんな単純なわけがない。本物の水晶は一つ。九つとの違いが明白なら、素人にだって解ける。

 だからきっと、これらは、人の目をあざむくため精巧につくられた偽水晶!)


 ラーリは老婆を睨んだ。


 最近は、宝石商によるガラス詐欺が後をたたない。

 吹き上げ技法の発明で、ガラスの加工が過去になく容易になったからだ。現に、十の石には気泡も淀みもない。


「なるほど──」

 ラーリは歯噛みした。

「気泡がないのは、デルタの塩湖から掘り出されるナトロン鉱石を混ぜたんですね。この気持ち悪いほど透明なのは、中部の鉱山から掘り出されるマンガン石の仕事」


「ほう、少しはできるようだね」

 ラーリが悔しそうな表情を浮かべたのを見て、老婆がニタリと口角を上げた。


「あなたたちね! アレクサンドリアで悪さばっかりしてるのは!」

 頭の先から怒りを爆発させたのは、意外にもカミラだった。

「職人たちが大迷惑してるわ! 化粧や絵の具がうまく作れないじゃないの!」


 ラーリが手で静止する。首を横に振り、敵を煽るなと目で合図した。


 水晶を見分ける方法はまだある。彼女が焦っているのはそこではなかった。

(どうすれば灯台の中にあるアイテムで見分けられるか……)


 ラーリはじっと考えて、

 ほどなく、部屋の奥からフワッといい匂いがしてきて、

「そうです!」

 人差し指をまっすぐに立てた。



 ♢ ♢ ♢



「ねえ、なにしてるの?」

 部屋の奥は倉庫だった。ずらっと並べられた土色の瓦甕がおう。ラーリはまっすぐ進み、貯蔵庫の扉を開ける。カミラが後ろからついてきて、訝しそうな視線を向けてきた。


「アンフォラって可愛いですよね」

 取っ手が左右についたかめは、どっしりしているが、注ぎ口が細くて小さく、だからまるで──

「頭に両手を当てて、質問する子どもみたい」

 ラーリはくすくすと笑った。


 アンフォラは、日陰でワインや穀物を貯蔵できる伝統的なエジプトのかめ。その甕が並ぶ姿は、まるで甘味を求めてお店にひしめき、値段を尋ねる子どもたちのようだった。


 ド田舎の職人に笑われて、

「質問が多くて悪かったわね! わたくしはこんな寸胴ずんどうじゃないから!」

 深読みしたカミラがカチンときた。


「何の話ですか。それより、壁にかかってるづちを貸してください」

「開けるのね。中身はワインかしらね。それとも蜂蜜?」

「多分、そのどちらでもないです」

 木槌を受け取った彼女。慣れた手つきで瓦甕がおうの注ぎ口を叩く。

 粘土の封が割れて、注げるようになった。


「怒られるわよ」

「文句なら犯人に言ってください。どうしてもダメなら、灯台の人たちに使った分のお金を支払えばいいんです。いきますよ。せーのっ!」

 二人はアンフォラを抱え、陶器でできた火取り皿の一つに向けて、注ぎ口を傾けた。

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