第23話 おっさん俺、やっぱり必要だと呼び戻される。まあまだ遅くない

 元の世界に戻って数日が経った。

 俺たちは以前のように、危険度『中』のダンジョン攻略をする日々だった。どこか物足りない感じがしていたが、これが1番堅実に生活できるし、貯金もできる。

 今日も自宅からダンジョン管理局に出発だ、というところで、


「なんだか、『草原塔域そうげんとういき』の方が面白かったですね」


 とアオイが零す。


「気持ちはわかるが、ダンジョン探索はちょっと気を抜くとすぐに命に係わる、淡々と終わらせられる方がいいんだ」


 そう諭しておいた。ぱせりやジャコーハが毎晩、イケイケのダンジョン探索者の配信をアオイに見せている影響かもしれない。


「ま、Sランクのやつらがもう『邪神じゃしんの塔』をクリアしているかもしれない。一般パーティにも開放されたら、また行こう」


「そうですね、あの人たちなら……」


 俺たちが長期戦の末に倒したウロボロスを、Sランク探索者のカマセダは力押しの1撃で降参させていた。

 強さは認めるが、傲慢で上から目線だったことにはアオイも不快だったようで、すこし伏し目がちだ。


「ムカつく奴らだったね」


「あんな奴ら『邪神の塔』で負ければいいんジャよ!」


 おいおい、そしたら誰が邪神の塔のボスを倒すんだよ……。もしボスを誰も倒せなければ、大量の飛行モンスターを放つ恐ろしい塔が、こちらの世界に顕現して町を破壊してしまう。

 ぱせりやジャコーハをなだめようとした時、俺のスマートフォンにダンジョン管理局から緊急メッセージの通知が届いた。

『勇者アオイのパーティは至急ダンジョン管理局に来てください』


「緊急事態でしょうか?」


「調査の報告書は出してたはずだけどな……俺たちに聞きたいことでもあるのか」


 ひとまず、俺たちはダンジョン管理局に向かうことにした。


 ◇ ◇ ◇


 管理局に到着すると、受付の前には見覚えのあるSランク探索者たちがいた。

 この間、草原塔域の攻略から俺たちを追い出したカマセダのパーティだ。


「く、くそ! こんなはずでは……!」


 と憔悴しょうすいしきった顔をしている。その様子から、邪神の塔のボスを倒せなかったのだと容易に想像できた。


「Sランクのお前たちに任せておけばよかったんじゃなかったのか?」


 そう俺が訊ねると、カマセダは顔を真っ赤にした。


「たまたま相性が悪かっただけだ!」


「そうか。で、もう1回ボスと戦いに行くのか?」


 カマセダほどの実力者なら、死にそうになってもすぐに安全な場所に戻れる『帰還アイテム』を使っているはずだ。撤退する度にかなりの費用がかかるが、彼らにとっては気にならない程度の金額だろう。


「俺たちは……俺たちは一旦、パーティを立て直す」


「伝説級の武器も落としてきたようだけど、大丈夫なのか?」


「うるさい! もういい!」


 カマセダはいらついて管理局から出ていく。しかしどこか弱弱よわよわしい様子だった。そして、彼についていく『アブソリュートジャスティス』のメンバーは、口々にカマセダを罵っている。


「どうせ帰還アイテム使えるとか言ってたよな!? 何もかも無くしただろ!」

「カマセダ、俺たちはどうすりゃいいんだよ」

「お前とはもうこれっきりだ!」


 ボスをうまく倒せなかったせいで、パーティ内に不和ふわが生じているようだ。


「大変そうだな、あいつら……」


「ざーこざーこ」


 ぱせりは、管理局を後にするSランク冒険者たちの背にあおり文句を投げかけていた。

 そしてカウンターで局員に話しかけると、またしても奥の会議室に通されるのだった。

 女性の局員がさっそく、俺たちに事情を説明する。


「先日は依頼していた調査が打ち切りになり、失礼しました。勇者アオイさんのパーティの皆さん。調査を……いえ、探索を再開していただけないでしょうか」


「カマセダってやつのパーティがボスを倒しに行くんじゃないのか?」


「彼らは帰還こそしましたが、攻略の継続は不可能になりました」


 局員が困った表情で説明する。


「カマセダさんたちは、『レベルドレイン』という攻撃を受けたようです。全員がレベル1……Fランク相当まで弱体化していました」


「あいつらが探索に行けないってことは、帰還した後もレベルが戻らなかったのか」


「はい。彼らはこれまで積み上げてきたものを失って、精神的にも戦えない状態になりました」


 言われてみれば、カマセダが偉そうにしているのは相変わらずだったが、余裕のなさを感じた。パーティメンバーたちとの関係も悪化していたのは、高いステータスを前提とした関係が成り立たなくなったからか。


「地道に立て直せばいいと思うけど……まあ俺たちが他人だから言えることか」


 そしてダンジョン管理局が俺を会議室に呼んだ理由が、カマセダが負けて力を失ったことを教えるためだけではないと予想していた。


「ダンジョン管理局から、あなたたちに相談があります」


「やっぱりな……」


「再び草原塔域に行って、邪神の塔を攻略してもらいたいのです」


 局員の言葉に、アオイは意外そうな顔をする。


「Sランクのパーティでも酷い負け方をした相手ですよね……?」


「私たちも無駄に負けそう」


「捨て石なんジャね?」


「他に適任者がいません。レベルドレインが待っている戦いに行こうとする者が現れず、このままでは我々の都市が破壊されてしまうんです。」


 局員の説明によると、あれでもかなり強かった『アブソリュートジャスティス』が負けたことで、他のSランク探索者も草原塔域の攻略をためらっているようだ。

 そこで、俺たちが『邪神の塔』のボスに挑み、倒せずとも何かしらの情報を持ち帰ることができれば、後に続くSランクパーティたちが戦いやすくなるかもしれない、というわけだ。


「つまり、俺たちは負けて帰還するだけでもOKってことか」


「しかし我々ダンジョン管理局員はセージ様たちに実績があることから、必ず進展があると確信しています」


「この前は調査のはずが、進みすぎてしまったからな……」


 4つの塔の完全攻略。そして以前に災害級モンスターを討伐している。達成したことだけ見ればSランク探索者に比肩ひけんする。


「もし俺たちがレベルドレインで弱体化したら、手当は出るのか?」


「……はい。ダンジョン災害の対策予算から、特別調査隊のステータスに対する補償を……申請中です」


 申請中かい。女性局員は気まずそうに話している。


「あれだけ自信満々な『アブソリュートジャスティス』がゴミカスになって帰ってくるのは想定外すぎて、書類の作成が緊急なんですよ……でも、なんとかします」


 確実じゃないので、俺は机に視線を落とし、悩んでしまう。

 ダンジョン管理局……というかこの建物で働く局員たちは、俺が成果を出すことをかなり期待しているようだ。

 しかし、俺たちもカマセダのように無様にすぐ負けてしまうかもしれない。そうなれば、局員たちは俺たちに失望してしまい、口約束の補償など無くなるかもしれない。

 俺は女性局員の顔をじっと見ていた。この人は真面目そうな人ではあるけれど……。


「……えっ? どうかしましたか?」


「あ、いや、よく考えたいんだ。返事は明日でもいいのか?」


「ぜ、ぜひ前向きに考えてください! よろしければ、夜にお食事でもご一緒して詳しく……いえ、その、依頼の説明です」


 何故か局員も俺の方を見つめている気がする……。

 すると、アオイが慌てたようにガタッと机に手をついて立ち上がりかけ、俺の方を向いた。


「セージさん、今すぐ出発しましょう! 私は出発でいいですよ!」


「私もすぐでオッケー。させるかって話だよ」


「ジャ、行こうよ」


 急にアオイを始めとしたパーティメンバーの意見が、今すぐ草原塔域への再突入で一致する。


「いいのか? 今回ばかりはボスが強いし、レベル1になるかもしれないんだぞ」


「私は元々弱かったのでレベルが下がるくらい平気です!」


「セージとむしろ1から始めたい」


「いくつか装備を倉庫に残していけばいいんジャね」


 俺は仲間たちを見回す。すぐに瓦解した『アブソリュートジャスティス』とは違い、彼女たちはレベル1にされようとも変わらぬ結束を持ってくれそうだ。

 もしも俺たちが弱体化したら、しばらくの間は危険度『低』の初心者向けダンジョンしか攻略できなくなるので、収入も激減してしまうが――この前の調査の特別ボーナスでできた貯金を切り崩せば生活できるだろう。

 俺は頭の中で収支も計算し、最悪のパターンでも大丈夫そうだと結論づけた。


「よし、それなら決まりだな。『邪神の塔』のボスと戦いにいこう」


「行きましょう! セージさん!」


 パーティメンバー全員が椅子から立ち上がると、アオイが手を伸ばした。

 俺たちは小さな円陣を作ると手を重ねて、邪神の塔に突入することを決意した。


「今すぐ『草原塔域』への転送を手配しますよ!」


 女性局員も俺たちがすぐ依頼を引き受けることが嬉しいようで、張り切っている。

 ……いや、少しだけ残念なような気配もしていて、複雑な様子なのはなぜだろう。

 そして小声で何か呟いているような……。


「(お金に困ったら私が養っても……だったんですけどね)」


「あれ? 他に伝えることがあるのか?」


「いえ、今回の連絡は以上です! 伝えることはあるといえば……ないです!」


 女性局員は慌てて退室していった。自信満々に計画を捻じ曲げてきたSランクパーティが壊滅したとか、俺たちに再依頼するとか、色々なことで疲れているのかもしれない。

 ともかく、出発を決めた俺たちは管理局の奥にある転送部屋へと向かった。

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