第22.5話 【カマセダ視点】邪神との戦闘で無様に負け、ボロボロにされる

 邪神の塔の前に立った鎌瀬田かませだ――カマセダは自信に満ち溢れていた。


「ふん、これが『邪神じゃしんの塔』か。大したことはなさそうだな」


 塔は禍々しい外観をしているが、見た目だけだろうとカマセダは見当けんとうをつけた。探索し、敵が出てきたら倒す。これまで乗り越えてきた数々の危険度『激高』のダンジョンと、やることは変わらない。

 カマセダのパーティ『アブソリュートジャスティス』のSランク探索者も、口々に感想を述べる。


「新しいタイプのダンジョンといっても、中に塔があるだけだな!」

「少しは面白いことがあると思ったのに、期待はずれよね!」

「どうせここのボスも楽勝だろ! 終わったらどっか行こうぜ」


 『草原塔域そうげんとういき』では、遥かに格下のAランクですらない探索者パーティが攻略を進めていたことから、何の危機感もなく、鼻歌交じりで敵を倒せると考えている。

 伝説級の武器に身を固めた彼らは、敵が攻撃を無効化してもダメージを与える『貫通』効果や、攻撃を反射されても平気な『反射ダメージ無効化』効果を持っているので、たとえ相手が災害級モンスター『ドラゴンロード・アポカリプス』であっても対処できる。そして毒や麻痺にならなくなるなど、防御面も優れていた。

『草原塔域』では遥かに格下のパーティがスキルを組み合わせて攻略してきたようだが、カマセダたちにとってはそんな工夫も必要がない。


「皆さん、お待ちください!」


 塔に入ろうとした時に、空から白い翼を持つ天使が降りてきた。

 カマセダは邪魔をされた気分になり、少し不快になった。


「私は天使ノイエルといいます」


 ノイエルが慌てた様子で着地する。


「何だ、天使。俺たちの邪魔をするつもりか?」


「いえ、そうではありません。ただ、邪神の塔は非常に危険です。十分な準備を……」


「準備? 笑わせるな」


 カマセダはノイエルの言葉を一蹴した。危険を警告する役目なのだろうが、むしろ足止めになって邪魔だ。


「俺たちの装備が見えないのか? 雑魚どもとは格が違うんだよ」


「でも、過去のシーズンで挑戦したパーティは全て……」


「過去の連中が、準備し直さなければならないほど弱かっただけだ。俺たちには関係ない」


「あ、聞いてください! そういうことじゃなくて……」


「もういい、外で俺たちがボスを倒してくるのを待ってろ」


「それなら、せめてこの料理スキルレベル5のお弁当をどうぞ」


 ノイエルが弁当箱を取り出して、カマセダに渡そうとする。

 料理スキルで作られた食料アイテムには、攻撃力を上昇させるなど特殊な効果がある。それくらいはカマセダも知っている。しかし、それが決め手となって強敵を倒した事例は聞いたことが無かった。

 そんなアイテムを使う暇があれば、もっと有用なスキルを使って効率的に戦えばいいのだ。


「料理スキルが、レベル5だと? スキルポイントを無駄遣いにするバカが」


「あっ……」


 カマセダが弁当箱を振り払うと、草原に転がって中身が散らばった。

 悲しげな表情になったノイエルなど眼中になく、カマセダはパーティメンバーを見回した。


「邪魔が入ったが、さっさと終わらせて帰るぞ」


 ◇ ◇ ◇


 塔の内部は、危険度の高いダンジョンにも似た雰囲気だった。

 照明があるというのに数歩先が薄暗く、不気味な音が響いている。

 途中でいくつかのモンスターと遭遇したが、カマセダたちの敵ではなかった。


「難易度『激高げきたか』ダンジョンのような場所だが、敵の強さは少し劣るな」


「ま、見た目だけは立派にしてるってことだ」


 カマセダたちは難なく進んでいく。高層階にはヤギの頭を持つ悪魔のような姿のモンスターが出現したが、楽に倒せてしまう。


「やはり大したことないな」


「カマセダの言う通りだったな」


 カマセダの仲間たちも安心した様子だ。

 そして、ついに最上階に到着した。


「これがボス部屋か」


 部屋の中央には、人の形をした影のような存在が浮いていた。全身が黒いオーラに包まれているが、彫像のように動かない。

 カマセダがボス部屋に入って大股で近づくと、影の目が赤く輝く。


「ようやく来たか、愚かな者どもよ」


 その言葉と共に、黒い影は両手を広げて床までゆっくりと高度を下げ始めた。


「愚かなのはてめーだ。俺たちがどれだけ強いか、思い知らせてやる」


 カマセダは剣を構える。


「面白い。我は『塔域邪神とういきじゃしん』。では、その力とやらを見せてもらおう」


 邪神が不敵に笑う。


「舐めるな! 『ハイパーアルティメットスラッシュ』!」


 カマセダは邪神に向かって、自慢のスキルを放った。これまで数々の強敵を一撃で倒してきたスキルだ。

 さらに、装備しているレジェンダリー武器には貫通効果もついているので、無効化されることもない。


 だが――


「無駄だ」


 邪神が手をかざすと、カマセダの攻撃は無効化された。正確にはダメージがゼロになった。


「な、なんだと!?」


「そんな攻撃では、この私に傷一つ付けることはできん」


「馬鹿な……俺の攻撃が効かないなんて」


 これまで、『貫通』効果付きの攻撃を無効化できた敵など一体もいなかった。


「貫通レベルより無効化レベルの方が高いのか!?」


「『ピアシングアロー』!」


 弓使いが貫通レベルの高い矢を放つ。攻撃無効化にも強さがあるため、より強い貫通効果ならばダメージが期待できる。

 だが、それさえも邪神の前では無力だった。


「無駄だと言ったであろう。お前たちの攻撃など我には届かぬ」


 邪神が嘲笑う。


「ちっ……高レベル貫通まで無効化かよ」


 カマセダの額に冷や汗が流れる。これまで絶対の自信を持っていた攻撃が効かないのだ。もちろん、魔法攻撃も無効化される。


「ククク、愚かな者に教えてやろう。我の防御を破るには……ディスクワード魔法でも使わねば無理であろうな」


「クソ、ヒントのつもりか! 馬鹿にしやがって……」


 毒づくカマセダだったが、内心ではハッとしていた。あの雑魚パーティがワードストーンを持っていくかと聞いてきたような……。


(あの時、素直に受け取っておけば……ここで使えたか?)


 それか、連れて来ればよかったかもしれない。

 後悔するが、もう遅い。

 だが、とカマセダは首を振って考え直す。

 あんな変な魔法に頼らなければならない状況はバカげている!


「ダメージを与える方法は他にあるはずだ! もっとスキルを試してやる!」


「愚かな……。さて、反撃の時間だ」


 邪神の体が赤く光り始める。


「『レベルドレイン』」


 突然、カマセダたちは体から力が抜けていくのを感じた。

 レベルが、ステータスが、どんどん下がっていくのが分かる。


「なんだ、これは!?」


「うわああ! 体に力が入らない!」


『アブソリュートジャスティス』の全員が同じように膝をついて苦しんでいる。


「Sランクだった力が……これではAランク、Bランク、C……」


 どんどんレベルが下がっていく。そして、ついに――


「Fランク……」


 カマセダたちはレベル1まで弱体化してしまった。


「ホホホ、自信満々で挑んできた愚か者が無力になる、愉悦ゆえつ


 邪神が見下して言う。


「我が防御を解いても、レベル1の弱き者の攻撃など効かぬ。ホレ……」


 邪神は両腕を広げて立ち、あえて無防備な体勢を見せた。


「くそっ、ふざけやがって! 『ハイパーアルティメットスラッシュ』」


 カマセダはさらにスキルで攻撃しようとする。しかし……。


『レベルが足りない! 強力なスキルを使うための条件を満たしていません』


 ダメージを与えるどころか、カマセダの頭上に警告のような文章が現れる。レベルが低すぎてスキルが不発に終わったのだ。


「情けないものだな。これで終わりだ」


 邪神が全体攻撃の準備をする。

 レベル1のステータスまで弱体化した状態でボスから攻撃されれば、『アブソリュートジャスティス』は全滅だろう。


「やめろ……やめてくれーッ!」


 カマセダは命乞いをしていた。これまでの自信や誇りが失われた瞬間だった。


「くそっ、俺は逃げるぞ、転移アイテムだ」「早くしないと死ぬ」「うわーっ!」


『アブソリュートジャスティス』のメンバーが次々と帰還アイテムで脱出していく。

 その度に、敗北判定で仲間たちが伝説級の武具を床に落としているが、もう気にしてはいられない。

 もちろんカマセダもまた、邪神に攻撃されないうちに転移アイテムを使って逃げたのだった。

 光に包まれて、次の瞬間には都内の管理局に帰還している。安全な場所だ。

 しかし、レベルドレインで低下したステータスはそのままだった。


「負けた……俺たちが負けた……」


 信じられない現実だった。国内でも最強クラスのパーティだったというのに、こんなにも無様に敗北するとは。


「ディスクワード魔法……あの時、受け取っていれば……」


 だが、もう何もかも手遅れだった。カマセダは管理局の床に拳を打ち付けた。

『アブソリュートジャスティス』は這々の体で元の世界に帰還したが、その様子は低レベルのダンジョンの攻略に失敗して逃げ帰った弱いパーティのように呆然としていた。



【幕間の22.5話おわり。次回、主人公のセージ視点に戻ります】

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