第2話 おっさん俺、失業手当でJK勇者とサブスク契約する
アオイに牛丼を奢ってから、1ヶ月が経った。
相変わらず失業中の俺は、失業手当の給付申請のためにハローワークに来ていた。
窓口では、既に互いに顔を覚えている職員が俺の書類に目を通す。
俺よりも10歳くらい年上の、白髪の混ざった中年だ。
この職員は俺の就職活動の履歴を見る度に、軽く鼻で笑う癖がある。選ばなければ仕事はあるだろうとでも言いたげだった。
けれども、選ばなければすぐに業績が傾くとか、給料が支払われないような会社に入ってしまい、将来どうしようもなくなってしまうだろう。
それに、俺がこの職員に対して悪い感情を抱くことは無かった。彼の胸には派遣スタッフサービスの名札が着いている。いつ仕事がなくなるかは分からない。決して安全圏から笑っているわけではないのだ。
「この申請が最後の給付になりますね」
失業手当の支給期限が来てしまっていた。
「最後のターンて感じだな」
俺は簡潔に答えた。この1ヶ月間も相変わらず不採用通知を受け取り続け、再就職の目処は全く立っていない。むしろ書類選考すら通らず、面接すらしていない。
「今日はここで求人を探していきますか? 求人サイトとも違うと思いますよ」
俺は思わず頷いてしまう。
専用ブースに通され、職員が一緒にパソコンの画面を見ながら操作する。
表示されたのはいずれも最低賃金くらいで、給料も安い。職員が未経験者募集に絞っているのだから、仕方がない。
なんでもいいから会社に入ることを優先させたいという鋼の意志を感じる。
しかしむしろ職員の方から、
「あ、これとこれは皆すぐ辞めるブラックなので、やめたほうがいいですね……」
などと言ってくる。
「俺はもう帰って自分で探すことにしたい」
と伝える。すると職員も苦笑し、冗談めいて続ける。
「あなたはもう、いっそ定職に着かずに適性検査を受けて『ダンジョン探索者』にでもなるしかないかもしれませんね」
「ああ、最近配信でも流行っているやつ」
しかしダンジョンで生活できるのは上澄みだけだという話を聞いたことがある。
確か適性を測るとかいう、胡散臭い検査もあったような。
「ここでもすぐ検査できるなら、俺も試してみるか」
「あれ、真面目に受け取りました? みんながっかりして帰っていくやつなんですけど」
職員が鼻を鳴らして笑う。冗談を言ったつもりだったようだ。
俺だって、『ヒップホップの才能があるかもしれないからオーディションを受けてみる』と同じことを言っていることくらい分かる。
でもここまで仕事が決まらないので、試してみるくらいはいいだろう。
職員はデスクに戻ると、レジのバーコードを読み取る機械のようなものを持って戻ってきた。
「ま、やってみますか」
そう言いながら、俺の手のひらを機械で読み取ると、機械のLEDに光が走る。しばらくして、機械とコードで繋がれたタブレットに結果が表示される。
「うわあ、これは……」
職員が画面を見て感嘆の声を出す。
「何か特別な結果が出たとか?」
「いえ、あまりにも平凡なステータス過ぎますね。これくらいだと3週間後の生存率は10%くらいでしょうか」
俺は肩をすくめた。平凡な能力値だと、そんなにすぐ死ぬのか。
ダンジョン探索者は夢が大きい割にリスクも大きいようだ。
「まあ、俺は元からダンジョンに興味なかったし……」
「そうでしょうね。あ、これ暇つぶしに見ます?」
職員から渡されたのは『勇者リスト』と書かれた、ホチキスで止められた数枚の紙だった。
「勇者?」
「異世界から勇者として召喚された人が登録されているんです。ダンジョン探索はまず、勇者とパーティを組まなければなりませんし」
職員の説明によると、ダンジョンの法則としては、1パーティに必ず1人の勇者が必要。そして、ダンジョン探索中のメンバー全員の能力値は、勇者の強さによって補正される。
強力な勇者の仲間は、それだけで能力値が底上げされ、勇者が弱ければパーティ全体も弱くなる。
もちろん、強い勇者は引く手あまただ。探索者たちは、大金を払ってでもパーティを組みたいだろう。
そして俺のような平凡なステータスの人間は、たとえ土下座をしても強い勇者のパーティには入れないはずだ。
俺は職員からもらった勇者リストをバッグに仕舞う。
「今回で失業手当は最後です。あと、冗談で言いましたけど、ヤケクソでダンジョン探索者になっても自殺行為なんで、やめといたほうがいいですよ」
一発逆転狙いで冒険者になってモンスターに叩き殺されることを動画サイトでは『トマト』と言うらしい。
生配信者が配信中に、文字通りトマトのように弾け飛んだことからその名がついている。
俺はそんな危険な賭けに出るつもりはない。
「では、最後の失業手当の給付処理をしますので、待っていてください」
「最後のって強調しなくても……」
職員が事務処理のために席を外した。俺はため息をついて呼ばれるのを待つ。
失業手当を受け取っているうちに再就職はできそうもないな……。
暇つぶしにと職員から言われた通り、『勇者リスト』をパラパラとめくってみた。
異世界から来た人たちの写真と簡単なプロフィールが並んでいる。
ステータス値や得意スキル、契約料金まで記載されている。まるでゲームの攻略本のようだった。
Sランクと書かれた勇者は、圧倒的に能力値が高い。そしてパーティを組むための料金も数億円だ。
ハローワークに来る人間に向けたものではないのだろうけど、普通の会社員でさえ手が出せないだろう。
ダンジョン探索に成功した場合の見返りは大きいらしいので、まさに金で大金を得るチャンスを買うといったようなものだ。
結局、最初から金持ちの人間じゃなければダンジョン探索で上手くいかないってことじゃないか……。
業務経験を持っている者だけが次の仕事にありつけるという、就職活動の状況に重ねてしまう。
そう考えながらリストの紙をめくると、俺は見覚えのある顔と名前を見つけて驚いた。
『勇者登録名:アオイ (氏名:日野春 葵依。現地名:アーウィ)』
しばらく写真を眺めて記憶にある顔と同じかどうかを確かめる。
間違いなく、1ヶ月前に牛丼を奢った、世間知らずといった印象の女子高生で、制服を着た写真だ。
ステータス値は軒並み低い、というかリストの中では最低だ。『送り返し間際』という赤いスタンプが押されている。
俺はスマホを取り出し、アオイの連絡先を表示した。あれ以来、1度もメッセージのやり取りはしていなかった。
『元気にしてるか?』
『セージさん! あの時はありがとうございました!』
『勇者だったのか?』
『あれ? どこかで見たんですか? 私がとても弱いせいで、このままだと元の世界に送り返されてしまいます』
『誰もパーティを組もうとしなくて、ダンジョン探索に出発しないからか』
『はい。こっちの世界で勇者になる力があるって言われて、売られてきたんですが……』
売られた? とはどういうことだろう。
あまりいい意味の言葉ではなさそうだ。
『今どこにいる?』
『ダンジョン探索者の管理局です。この世界への滞在期限が来てて、今日までですけど』
「マジか」
ダンジョン探索者の管理局は、ハローワークと同じ建物にある。
俺は席を立ってエレベーターに向かう。放ってはおけないような気がしていた。
◇ ◇ ◇
俺は探索者の管理局に入った。
雰囲気はハローワークとあまり変わらない。RPGのゲームに登場するギルドのような雰囲気なのかと思ったが、お役所といった感じだった。
とはいえ、不景気の中で求職者が集まる暗い気配はなく、どちらかというと命がけで一攫千金を狙うギラギラとした、あるいはピリピリとした空気だった。
ロビーには探索者らしき人々がいくつものグループを作っていた。
受付でアオイの名前を告げると、奥の部屋に案内された。
相変わらず制服姿のアオイが職員に連れられてくる。
「来てくれたんですね!」
「この下の階に用があってな……。どういう状況なんだ?」
「私、この世界に来る前は貧しい村に住んでいたんですけど。異世界、というかこっちで勇者をする適性があることが分かって、王都に売られていたんです」
「なるほど、こちらに転生……というか転送か? それで来てみたらステータスが弱かったのか」
アオイの笑顔が曇る。ひと呼吸した後、黙って頷いていた。
ダンジョンについては、ネットの記事などで読んだことがある。
10年以上前から、こちらの世界には正体不明の『ダンジョン』が出現するようになった。そして、政府は異世界と協力して、ダンジョン攻略の力を持つ存在を送り込んでもらっているのだという。
それが『勇者』のようだ。
「それで、滞在の期限が来ているというのは?」
「何も活動していないので、『勇者失格』として元の世界に送り返されちゃいますね……」
「すると、どうなるんだ?」
命の危険があるダンジョン探索に行かずに、故郷に帰れるというのは、悪いことではないと思うのだけれど。
しかし俺の考えの通りではないことは、アオイが目を伏せたことから分かった。
「農村で元のように、奴隷のように働かされるかなと……」
「あ、俺そういうの知ってるよ、マッチ売りの少女だ」
さらに、俺はテレビで見たことのある、100年くらい前の田舎の農村のことを思い出していた。あまりにも貧しくて娘を売っていたんだっけか。
それは異世界の村でも変わらないらしい。
アオイは勇者だと判定されて売られて来たのに、それで突き返されたなら、余計にひどい扱いを受けるかもしれない。
仕事が見つからないだけの俺よりも、アオイの将来の方が遥かに悪い状況だ。
(何とかできないだろうか……)
俺は勇者リストを取り出し、アオイの情報が書かれたページを見る。
「初期スキルポイントはちょっと多いかもしれないな」
「はい。でもステータスは……」
「レベル1で、攻撃力は18、防御力は14……そして魔法防御は7だな」
確かにステータス値は低い。しかし……。
俺はダンジョン管理局の局員を呼んで、自分の適性検査の結果を見せる。
「俺はこの勇者とパーティを組んで、ダンジョン探索に行く」
アオイが目を丸くした。
「え?」
局員もまた、俺に忠告してくる。
「正気ですか? あなたの能力値は平凡で、その勇者の補正値も少なくて、自殺行為ですよ」
「やってみなきゃ分からないだろ」
俺が強く言い切ると、局員は「まあ、契約金を払えるならこれ以上は止めないですが」と答えた。
契約金。これは、冒険者適正がある者が適当にダンジョンに突入して全滅しまくったためにできた制度だ。
競売のような形式で、『異世界から来た勇者とパーティを組む権利』に値段が付く。
強い勇者は開始金額も多い。
そして、たとえアオイほど弱い勇者であっても、ある程度のお金が必要だ。
オプション付きの新車が買えるくらいで、それは俺の前職の3年分程度だった。
足りない。就職と失職を繰り返してたので、そこまでの貯金もなかった。
「支払えなければ、この勇者とダンジョンに行くことはできませんよ」
俺の表情を見て、局員が金が無いことを察したのか、軽く笑いながら言った。
「えっと、このサブスク契約というのは……」
俺はリストに載っているうち、一番低い値段を指で示した。
それでもやはり、俺の貯金の全てでも足りないだろう。
「それは勇者とのパーティ3ヶ月契約ですね。期間終了後に、再度契約する必要があります」
俺はアオイとは、知り合いと言えるほどの仲ですらない。
ただでさえ仕事も未来も暗い中で、大金を使うほどのことかと思う。
けれど、このままアオイが元の世界に帰るなら、ひどい目に合うのは確実だ。
それを知っていて、出来ることをしないというのは……この後ずっと後悔しそうな気もした。
まあ、女子高生と一緒に何かをする、というのことに悪い気分はしない。そうとでも考えておくか。
「……サブスク契約で」
期間限定なので安いとはいえ、これまで給付された失業手当の全額を払うことになる。
「い、いいんですか? セージさん!」
「どの道さ、このまま就職活動を続けていても、先が見えない。それなら、後悔しない方を選ぶってだけだ……ってうお!?」
アオイが俺に向かって、飛び込むようにして抱きついてきた。慌てて身を離す。
「お、おい、それはちょっとまずいんじゃ、ないかなあ!?」
「すみません、嬉しくて思わず……」
俺とアオイとのやり取りを眺めながら、職員はといえば冷めた目で「どうなっても知りませんよ」と言うのだった。
おそらくこれまでも、一発逆転狙いや、女の子と一緒に行動する目的でダンジョンに向かい、帰ってこなかった者が多いのだろう。
受付で契約手続きを済ませ、俺たちはダンジョンへの転送を待っていた。
管理局のロビーで、アオイが改めて深々と頭を下げた。
「セージさんのおかげで、あっちの世界に帰らなくて済みました」
「まあ、気にしないでくれ。もしアオイが異世界に送り返されたら、就職できないだけの俺なんかよりも酷い暮らしが待ってるだろうからな……」
「分かりました! このお礼は体で払いますよ!」
「オイッ!?」
特に他意の無い熟語の使い方だが、一瞬だけ意味を間違えそうになり焦る。
ダンジョン探索での働き、という意味以外の何物でもない。
アオイとのサブスク契約のために失業手当まで使い果たすのだから、ダンジョンからアイテムを持ち帰るなどして、なるべく稼ぐようにしなければならない。
「そうだな、アオイのことは好きにさせてもらう。特に取得スキルは言うとおりにしてくれ」
「はい、よろしくお願いします! セージさん!」
そして、アオイがダンジョン探索に行かなければならない期限が迫っている。
俺は挨拶や身の上話もそこそこに、書類に必要事項を記入した。
初心者向けダンジョンへは、この建物にある転送所からワープして入るらしい。
ゴールまで到達しないと帰還できないダンジョン。
命がけになるだろうけれど、なんとかする方法を、俺は知っているような気がしていた。
◇ ◇ ◇
【10分後:ダンジョン管理局の職員たちの会話】
「あー、やっちまった……!」
ダンジョン管理局のデスクで、ダンジョンの受付係が大きな声を上げた。
下の階からエレベーターで上がってきたハローワーク職員が通りがかり、受付係に聞く。
「どうしたんですか?」
「今日で送り返す予定だった勇者いましたよね? そいつと契約した奴とのペア、危険なダンジョンに送ってしまいまして」
「え? もしかして雨宮って奴ですか、失業手当の処理をしている間に、いなくなってしまって……」
受付係は首を縦に振って頷いた。
「初心者向けのダンジョンのうち1つは、危険なユニークボスが出現するようになって閉鎖中だったんですよ。高ランク勇者のパーティに討伐依頼していたのに、間違って転送しちゃって」
ハローワーク職員は、『あ、だめそうですね』という表情になった。
ダンジョン内部はこの世界とつながっているわけではないので、スマホで危険を知らせることもできない。
「救助の依頼を出します?」
「いや、丁度手が空いている高ランク勇者のパーティはいませんし」
討伐依頼を出して、ダンジョン内を安全にするのですら1週間後の話だ。
「それに、どうせ元からダンジョンから帰れない弱いパーティでしたからね」
ダンジョンの受付係は、ミスの言い訳を自分に言い聞かせるようにして言った。
緊急依頼を出すと大きなお金かかってしまうし、ダンジョンから帰れない初心者パーティは珍しくもない。
「あの2人は……」
「多分、死にますね」
受付係は、弱い勇者とダンジョン探索に行こうなんて、元から死んだようなものなんだと自分に言い聞かせた。
ハローワーク職員もまた、ミスを追及して面倒ごとに巻き込まれるよりは、黙っておくことにした。
セージとアオイはもちろんそんなことは知らずに、特大の危険が待つダンジョンを探索し始めたのだった。
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