おっさん俺、女子高生勇者を買うなど。
加藤雅利
第一章 無職おっさん俺、JK勇者たちとダンジョン探索を始める
第1話 おっさん俺、失業手当で女子高生に飯を奢る
選考結果 【不採用】
またダメだった。
その後に続く『この度は弊社にご応募いただき~今後のご活躍をお祈りいたします』という見飽きたテンプレートに、俺はため息をついた。
今回の会社はご丁寧にも、書類選考で落ちた理由を書いてくれている。
それはいい。それはいいのだけど。
『短期離職が多く、長く働いてくれるイメージがないため』
画面に表示された文字を読むと、再びため息がこぼれる。
「せめて面接で聞けよな……」
何年も、会社に恵まれていない。
ある会社は、入社してしばらくしたら売上が悪くなり、給料の支払いが止まって、俺を雇うお金が無くなったという説明と共に、整理解雇の通知が来た。
別の会社では、面接の時に社員から任せたいと言われた仕事が、入社した時には既になく、クレーム対応などをやった後に、やはり倒産。
転職エージェントに相談すると、企業が求める経験がなくて紹介が難しいと言われる。
だって入社した時には、その経験を積むための仕事なんてなかったんだからしょうがないだろ……そう心の中で毒づいたことを覚えている。
『それでは職種を変えて、海外から進出してきた会社の窓口はどうでしょう』
転職エージェントから海外の大企業を紹介され、入社したこともある。国内の労働法を無視した海外基準の働き方は残業が多く苦しかったが、倒産することはないだろうと安心していた。
ところが、その会社は海外で政府に目を付けられ、輸出入に大きな制限がかけられた。そして株価が大暴落し、この国でのビジネスから撤退した。
会社の支部がなくなったので、もちろん失業だ。
次の会社こそ、長く働ける会社だといいなといつも考えている。それなのに、今回俺を不採用にした応募先は意志の確認すらせずに、どうせすぐ辞めると疑ってきている。
そこは転職エージェントがもう少し粘って説明してくれ、と思う。
俺の職務経歴書を会社に渡して、答えを俺に伝えているだけのことしかしていない。
実のところ、転職エージェントが役に立つことは少なかった。元から職務経歴が健全で年収の高いエリートサラリーマンが更なる高みへ上る時に使うものであって、困っている求職者を救ってくれる存在ではないのだ。
気を取り直して、求人サイトを開く。
いいな、と思った仕事には、お決まりのように困った文言が書かれている。
『キャリア形成のため30歳までの求人となります』
年齢が高くなると応募できない会社も多くなってきた。
ただでさえ書類選考は通りにくくなっていて、30代の半ばともなると、その仕事の経験年数がなければ相手にされない。
「一旦、外に出るか……」
こうも不採用通知を受け取りつづけていると、あらゆることにおいて俺は選ばれない存在なんだなと考えてしまうのでよくない。
ノートPCの置かれた机から立ち上がり、玄関のドアへと向かう。
6畳の1LDKの賃貸。収入がなければ今住んでいる場所の賃貸さえ維持できない。
一軒家に住み、家庭を作って子供がいる同級生を見ると、いったいどうやったら平然とそれができるんだと不思議に思う。
それとも、新卒から順調に同じ仕事を続けていれば当たり前なのだろうか。
今日は午後から、職業安定所、通称ハローワークで失業手当の給付申請だ。給料がないので当然、失業手当で生活の糧とするしかない。
――あまり気が進まない。
窓口の職員に「前回からうまくいきましたか?」と声をかけられるのも、こちらの出す答えも、同じような繰り返しでしかない。
事実、月に一度だけ失業手当の申請をする時くらいしか行っていないのだけれど。
俺の周りには暗い雰囲気が漂ってるんだろうな、と思いながら住宅街を歩き始める。
春の風が心地よく、空はあまりにも青かった。
快晴なのがせめてもの救いだったかもしれない。こんな日に雨が降っていたら引き返したくなったことだろう。
◇ ◇ ◇
駅前を歩いているときに、牛丼チェーン店の前にいる制服姿の女の子に気づいた。
おそらくは高校生だろうとあたりを付けた。
最初は気にも留めていなかったのだが、何となく違和感のある様子だった。
オフィス街ではないため、店の中にはあまり人がいない。
女子高生らしき女の子は、混んでいて入れないというわけでもないのに、ショーウィンドウを見るかのように、ガラス越しに店内の様子を探っている。
彼女はずっと、ただぼんやりと店内を眺めている。
昼休み中の女子高生が牛丼屋に入るべきか迷っているというわけでもなさそうだった。
どちらかというと、困った様子だ。
(まあ、何があるのかは知らないけれど、俺には関係ないか)
未来ある高校生よ、適当に頑張れよ。
と心の中で今後の活躍と健闘にお祈りを申し上げて、視線を外して通り過ぎようとした。
その時だった。
牛丼屋の店内を眺めるのをやめてた少女と、一瞬目が合ってしまった。
困ったような、助けを求めるような表情。
……ん、なんかこれ、話しかけられる予感がする。
しかも放っておけない雰囲気が出ていて、無視したら絶対に後味が悪いやつだ。
早足に加速しようとしたところで、真横から少女の声がした。
「あの、すみません」
声をかけられた。やっぱり。
かすれるような遠慮がちな声だったが、確実にこちらに向けられている。
「え、俺? ……俺か」
俺は、ちょっと面倒くさそうな雰囲気で答えていた。
女の子、しかも制服姿の、明らかに若い少女と話すなんて、久しぶりというか高校卒業以来だ。
そして、こちらは無職のおっさん、相手はキラキラの10代。
下手に明るい雰囲気を出したら、不審者になりかねない。
「あの、このお店で何か、食べたことありますか?」
「よし松だろ。ないわけが……」
何十年も前からある、全国展開しているチェーン店だ。
俺からすると、仕事帰りに週に何度も通っていたくらいだ。
だが、もしかするとこの女子高生はお嬢様で、牛丼屋に入るのは初めてなのかもしれない。
それに、このお店は食券を買う機械の操作方法が分かり辛いことに定評がある。
「えっと、注文の仕方が分からないのか?」
と尋ねると、少女はこくりと頷いた。
様子が変だった理由が分かった気がした。
だとしても、店の中を眺め続けていたのは変なのだけれど。
「何か食いたいのか?」
「そうです」
彼女は再び、ゆっくりと頷いた。疲れている様子で、今にも倒れそうな感じだ。
何か事情があって朝ごはんを食べていないのかもしれない。
「じゃ、注文の仕方を教えるよ」
怪しいと思いながらも、俺は自動ドアを開けて少女と店内に入る。
券売機の前で操作方法を教える。
「あの、お金って……」
彼女は支払いの方法すら分からず、レジに差し出せばいいのか、券売機に入れればいいのか、まったく見当がついていない様子だ。
それ以前に、財布を持っていないような気配さえある。
「……おごるよ」
俺もまた、昼飯はまだだった。
失業中の身で外食、ましてや他人に飯をおごるなんて、経済的にも精神的にも余裕はないのだけれど、注文がある程度進んでいるし、キャンセルして帰るというのもばつが悪い。
「え? いいんですか?」
少女が驚いたような顔でこちらを見る。かなり整っていて、制服の効果で俺の目が眩んでいるにしても、輝きを纏っているようだった。
「あ、ああ。これくらいなら……」
俺は券売機で自分のメニューも注文し、財布から出したお金を入れる。出てきた食券を2枚手に取り、片方を少女に渡す。
「あのカウンターの前に番号が出たら、取りに行くんだ」
そう教える。俺たちは壁際の席に、向かい合う形で座る。
話すことがあるわけでもなく、俺は緊張して少女を見ていた。向こうは、感謝を纏った雰囲気で雰囲気で、大人しくテーブルの表面を眺めて待っている。
しばらくして出来上がった牛丼を取りに行き、再度着席する。
少女の目が輝いていた。まるで初めて見る食べ物のように。
「いただきます」
少女はぎこちなく言うと、牛丼に箸をつけた。最初の一口を口に運ぶと、彼女の目が驚きに見開かれる。
「お、おいしい……!」
その反応は大げさすぎるほどだった。企業努力で万人受けする牛丼チェーン店のメニューとはいえ、そこまで感動するものなのだろうか。
その一言の後、彼女は夢中で牛丼を食べ続けた。かなり空腹だったらしい。
俺は自分の牛丼に箸をつけながら、ときどき彼女を観察した。
制服は確かに女子高生のものだが、どこか様子がおかしい。
食べ方も、牛丼を初めて食べているかのような驚きようだった。
そして、少女は牛丼を平らげると、小さく頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。助かりました。3日は何も食べていなくて」
「え、マジか」
余程の空腹だったらしい。そりゃあ、見知らぬおっさんに助けを求めるよなー……。
「何も食べてないって、高校生だよな? 家出とかだったり……?」
妙なことに巻き込まれていないか不安になってしまう。
捜索届なんか出ていて警察が来たら、一緒にいる俺は無職の誘拐犯になってしまう。
「あ、いえ、その……」
少女は言葉を濁した。
すぐ店を出た方がいいのかもしれないと、俺は慌ててトレーの返却口に目をやる。
「ああ、ちがいます、怪しいことではなくて!」
彼女もまた慌てた様子でそう言うと、スカートのポケットからカードケースを取り出した。透明のビニールを通して学生証らしきものが見えた。
『
と名前が書かれている。見立て通り、高校2年生だ。
「私、アーウィと言いまして……」
急いで自己紹介したせいか、名前を言う時に少しかんでいた。
「そう、アオイちゃんね」
俺は自分の名前『
アオイは記憶するためか、セージ、セージさんと小さく繰り返した。
「ところで、この辺に住んでいるのか? あ、いや変な意味とか家を知りたいわけじゃなくて」
「いえ、まだ……決まっていません」
「決まってない?」
「最近、引っ越してきたばかりなので」
引っ越したのに、決まってないってどういうことだよ……。
違和感のある言葉だったけれど、ただすれ違っただけの女の子にあまり追及するわけにもいかない。
遠くの、人の少ない島から来たとでも解釈しておこう。
「何か食べられて良かったな。そろそろ行くか」
謎を追求するか自己紹介するかくらいしか話題がないので、俺は立ち上がろうとした。
「あ、ちょっと待ってください」
アオイが呼び止める。
「あの、セージさんとは、また会えますか?」
その問いに、俺は閉口してしまう。
女子高生と知り合いになって何かいいことがあるだろうか。
いや、男としてなんとなく嬉しいとか、そういうことはあるかもしれないけれども。
下手したら、周囲の人間から変な誤解を招くだけだ。
しかし、アオイの目には本当に困り果てた色が浮かんでいた。
「じゃ、スマホのアプリで連絡先でも交換するか……いや、スマホ持ってる?」
下手したら物理で文通しかできないのではないだろうか、と思い聞いてみる。
「えっと、あ、これですね! これは使い方を知ってます!」
「おお、そこは分かるのか、むしろ驚いたぞ」
俺がメッセージアプリにQRコードを表示させて差し出すと、アオイの表情が明るくなった。
連絡先を交換して店を出ると、別れ際にアオイが深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。セージさん」
「セージでいいよ。じゃあな」
手を軽く上げ、俺は駅の入り口に向かって歩き出した。
1回飯を奢っただけで、恩を売ったような気分になってはいけないだろう。
おそらく、メッセージアプリでこの先アオイに連絡することもないかもしれないし、もう会うこともないかもしれない。
珍しいことがあったな、というただの記憶になりそうな気さえする。
駅に入って振り返ると、アオイはまだ同じ場所に立ち、俺を見送っていた。
俺はもう1度だけ手を上げて、改札をくぐった。
アオイが感謝している顔を思い出す。彼女におごったお金が失業手当だということは少し情けないかもしれない。
しかし不採用通知を貰った日だというのに、失業手当の申請手続きへと向かう俺の足取りは、いつもより軽かった。
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