第35話「爆弾」

「なんとか、一件落着か。出番はなかったな」


 俺たちは葵がフラムを撃墜した時から、いつでも乱入できるよう構えていた。エクレールに至っては憑彩衣ストラまで纏う始末だ。


「べっつにそんなんじゃないわ。割り込めるとしたらあんたか、私くらいのものでしょ? 仕方ないってヤツ?」


 そんな憎まれ口を叩きながら、エクレールは元の学生服へと戻る。素直じゃないヤツだ。


 まぁ、葵も相当に手加減していたから杞憂だとは思っていたが。《黒雷くろいかづち》を防御にしか回していなかったり、雷神だってしか使っていなかった。


「……ずいぶんと丸くなったな。あいつも」


 昔の勝ち気な性格もどこへやら。すっかり手加減まで覚えているなんて。もしすいが見れば、さぞ驚愕することだろう。


「って、何やってんのあいつら。……もしかして、まだ揉めてない?」


「あぁ揉めてるな。特にフラムがめちゃくちゃにキレてる」


 見ればエクレールの言う通り、下の決闘場では未だに二人が葵に掴みかからんばかりに騒ぎ立てていた。……それが戦闘とはほど遠い雰囲気であるのが救いだが。


 まぁフラムはもちろん、シアンも納得はしていないだろうからな。手心を加えられたあの試合内容じゃ無理もないが。


 二人はなんとか葵の攻撃を凌いで反撃をしたものの有効打はゼロ。なんとか見つけ出した攻略の糸口も、単なる葵の手加減とくれば腹に据えかねる思いだろう。


「やはり葵さんは強いですねぇ。あの二人を相手取って歯牙にもかけないとは」


 俺は予期せぬ第三者の声に振り向く。


 観客席の最上部に居たのは銀髪の女神。学園長でもあるアズスゥその人だった。どこで聞き及んだのか、一部始終を見ていたらしい。


 ゆっくりと俺達の居る最前列まで下りてくる。


「──しかし、この決闘場の仕組みは本当に面白いですね。果たしていつからあるものなのか。まったく興味深い」


 そう言ってアズスゥは両手を広げる。

 この決闘場はすり鉢状に観客席が据えられ、底には円形の舞台がある。かつてのセカイで目にした古代ローマのコロッセオに似ている。


 たしかに立派であるし、節々の意匠からもその手の込みようが見て取れる。しかし、そんなことを言っているのだろうか?

 俺はエクレールを窺うが、あちらもアズスゥが何を言ってるのか判別つかないようで視線がぶつかってしまった。


 見つめ合う俺達をよそに、アズスゥはのべつ幕なしに"興味深い"と評した仕組みを語る。


「強者同士がぶつかると、無論タダでは済まない。大怪我だってしちゃうかもしれない。けれど魔力が即座に治療してくれる」


 その言葉尻に違和感を覚える。そんな仕組みだっただろうか? 俺が聞いていた説明とは少し違う気もするが……。


 たしか、致命傷を負った場合に全員の魔力マギアを没収して治療に充てるとか、そんな表現だったはずだ。決して戦いの余剰分で賄っている術ではなかったと記憶している。


 しかし、今のアズスゥの言い方だと致命傷の有無に関わらず──


「そうして集められた魔力が、もし治療に使われなかったら、どうなるのだろう? 溜まりに溜まった膨大な魔力は、どこに溜まっているのだろう? 指向性すら持たないは、どこにあるのだろうか?」


「……アズスゥ?」


 語り続けるその口ぶりが、あまりに問わず語りだったから。なぜだか俺達との会話でなく聞こえてしまったから、引っかかった。


「まぁ、今回はその限りでないみたいですね。ザハル先生を呼んでおいたほうがいいでしょう」


 閉口してしまったようで、それ以上何も言わずアズスゥは去っていく。その背に何か言おうとしたが、言葉がでない。


 葵に詰め寄る二人はよく見れば未だあちこち傷だらけ。その姿は痛々しいままだった。


「あいつら、傷を負ったままであんなバカ騒ぎしてたのか……。頼んだぞ、エクレール」


「うぇっ!? わ、私!? ……あぁ、もう。行くわよ! パシられればいいんでしょ!」


 エクレールが、一条の光となりザハルの元へ駆けていく。きっとザハルの居場所は教室か、医務室だろう。アレでも真面目な癒し手だ、怪我人とあらばすぐに飛んでくるだろう。


 それまでに、俺があの三人をなんとか落ち着かせなきゃならんのか。気が進まないというか、気が重い。葵は言うことを聞いてくれるとして、最悪の場合、俺が収まりつかないフラムとシアンを鎮めなきゃいけない。


 どうも【神号しんごう】の力を使うと決闘場の治療が機能しないらしいし、遠慮願いたいんだがな。


 今回のだって葵の【神号】のせいって可能性が高い。アズスゥの言っていた貯蓄している魔力とやらが本当にあるなら、今だって回復してくれてもいいだろうに。そう考えると"指向性のない爆弾"自体が胡乱に思えてくる。


「……指向性のない、魔力?」


 どこかで聞いたようなフレーズに、俺だけが一人取り残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る