第34話「水火を踏む-②」

 裂帛の気合いを吐いた二人。

 最初に動いたのはシアンだった。


神階解放ザイン──イシュ・チャベル・ヤシュ」


 

 青き冷光を放つ骨が、翡翠のロングドレスを飾っていく。骨の交差した十字が幾つも貼り付けられ、鎧のような堅牢さを見せる。

 これは《七曜セプティマーナ》が一人、ルナの使っていた力である。

 シアンはそれを掌握し、再びAランクと返り咲いたのだ。


 装飾も新たになった細剣レイピア。それを血振いのよう一払いすると、それが姿を現す。

 本来なら蛇が持ち得ない胸鰭。それを羽のように羽ばたかせ、スプリンクラーのように雨を撒き散らす大蛇神ククルカンである。


 海龍王ナウィ・アトル大蛇神ククルカン。シアンの有り余る魔力マギアが一対の蛇となって顕現した。


 しかし、その威容を見る葵の目は冷たい。


「……芸のない。ただ蛇が一匹増えただけではないですか。──【伏雷ふすいかづち】」


 再び現れた雷の竜が襲いかかり、海龍王と再びぶつかった。その輝く牙で捉えられた海龍王はなす術なく蒸発させれていく。


 だが、先ほどとは違う。後ろに控えた大蛇神がそうさせない。


──クィィアアァァ!


 大蛇神が咆哮すると、滝のような洪雨こううが欠けた海龍王を復元させる。

 その助力もあり、《水禍の弥終》は蒸発と再生を繰り返し尚も【伏雷】に喰らいついていた。


「何をするかと思えば……。総出でやることが時間稼ぎですか?」


「悪いがこれでも総出じゃない。なにせ、まだ一人いるのでな」


 その言葉に弾かれるよう、葵は天を仰ぐ。


 普通なら、真上からの奇襲などすぐバレる。影が落ちてくるからだ。


 葵の不運は油断などではなく、フラムが自らの影も消し飛ばす輝ける大剣を携えていたこと。


「──ここねッ! 《弊悪なる倒戈枝レーヴァテイン-カイム》!」


 フラムの気合いに呼応し、大剣がその本領を発揮する。


 大剣から放たれた不可避の熱光線が葵を呑む。

 腹の底に響く大爆発。空気の爆ぜた衝撃が決闘場を震わせる。


 それは炸裂し魔力を吐き出す《ブリューテ》とは違い、開花ひらくまで炎を溜め続ける技。


 威力は幾分落ちるが、燃費はこちらのほうが上だ。その場に留まり続ける《芽》は葵の短躯を爆心地に縫い付けることに成功した。


 シアンは細剣を振り、二頭の蛇で【伏雷】を抑えながら語り始める。二人を圧倒した葵の持つ能力に対する、ある一つの推測を。


「思うに、貴様が展開できる術は一つずつなんじゃないのか? 先ほど、自分に雷の竜をよこした時、フラムを焼く青い炎が消えていた」


 フラムが被弾してすぐシアンが斬りかかったとはいえ、葵が雷の竜に集中力を割いたようにも見えなかった。

 片手間にできることならば、わざわざ鬼火を消す必要もない。だというのに鬼火はフラムを墜としてすぐに消していた。


「自分達に対する手心でないとすれば、術の併用が難しいと考えるのが自然だろう」


 貴様がそんなことをする理由もないしな、とシアンは続ける。


「……貴様の慢心からくる出し惜しみという可能性もあるが、仮に併用できたとて問題はない。自分達の真の狙いは貴様ではなくだ」


 狙いを明かしたシアンの言葉を、未だ上空から大剣を突き立てるフラムが継ぐ。


「アンタのその黒いので攻撃は打ち消せても、酸欠はどうも出来ないでしょ? ──決闘場ここなら後遺症もないから安心して倒れなさい!」


 剣柄たかびを握るフラムが勝ち誇る。


 場の酸素濃度が一割を切ると、数分で人は意識を失う。決闘場は密室ではないが、完全に炎に包まれた中心部はとっくに酸素を使い果たしていることだろう。


 フラムがさらに力を入れて大剣を押し込むと、ゴウと火力を上げた。辺りの一帯の空気を焦がさんとその火の粉を散らす。


「──あぁ、こちらは心配するな。貴様の雷のお陰で、。……あの爆発には、いささか驚いたがな」


 シアンも肝を潰した爆発の正体は水素爆発。

 それを引き起こしたのは《水禍の弥終》。それに応じた【伏雷】がその蛇体を分解した際に生じた水素による爆発であった。


 今も燃焼を続ける爆心地は別として、二人のいる場は酸素も十二分に発生している。


 こうして種明かしをしたところで、ちょうど二分。ほぼ無酸素状態である業火の中での二分。仮に無傷であっても、呼吸で肺は爛れて息もできず思考もままならないだろう。


 だが──


「残念。その狙いは外れです」


 黒い影が《弊悪なる倒戈枝》をと飲み込んだ。


 シアンとフラムの狙いはよかった。推理の通り能力が一つしか展開できなければ、炎に焼かれていただろう。あるいはそうでなくとも、酸欠や一酸化炭素中毒によって倒れていただろう。


 しかし、藤宮葵は死者である。


 能力の多重展開が可能な、呼吸を必要としない死者である。二人の立てた計画は悪くなかった。強いて言えば相手が悪かった。


 八柱もの雷神をその身に宿し、黄泉の穢れすら従える女神は薄く笑みを浮かべる。


「──ですが、まぁいいでしょう。参りました、降参です」


 異色の決闘は、呆気なく幕切れとなった。

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