第33話「水火を踏む-①」

 太陽は中天を過ぎ、それで尚ギラギラとした日差しを決闘場へ注いでいる。

 そこには三人の影。突如現れた中等部のAランク藤宮葵をフラム、シアン両名が迎え撃つ。

 普段はもっぱら一対一で行われる為、決闘場に三人もの術師が降り立っている現状は異常事態だと言えた。

 それもその全員が最上級の使い手ときている。こんな珍事は開校して以来、初めてだろう。


 その内の一人。シアンがそのポニーテールを揺らし、首を傾げる。


「本当に二人まとめてでないと駄目なのか? そんな弱い者いじめなど、自分はしたくないぞ」


 葵が提示した決闘の条件とは『対戦を希望する全員と同時に戦うこと』。今回はシアンとフラムのみだったが、葵は何人相手であろうとこのつもりだったらしい。


「くどいですね。──あぁ、そうですか。大丈夫ですよ。二人がかりで負けたところで、わたくしは責めませんからご安心を」


 対する葵は冷ややかに。御託はいいからかかってこい、そう挑発してみせた。


「貴様ッ! 自分達を──」

「アタシも二対一なんて好みじゃないけど、そこまで喧嘩売られたら買うしかないわよね」


 食ってかかるシアンをフラムが抑える。

 彼女の装いはモノトーンのセーラー服から、眩いほどの真紅のオープンドレスへと変わっていた。既に憑彩衣ストラを展開し、臨戦態勢のフラムがニヤリと笑う。


「アイツの妹なんでしょ? なら少しはデキるのよね。お手並み拝見よ!」


 そのフラムの言葉尻に眉根をひそめた葵。最愛の兄に馴れ馴れしく知った風な口を利いた女への怒りにその身を震わせながらも、大息を吐きなんとか眉間の皺を消す。


「えぇ。えぇ大丈夫ですとも。兄様たってのお願いなのでお相手します。かかってきなさい」


「……生意気な後輩への躾も先輩の義務か。口の聞き方を教えてやろう!」


 そのシアンの一言が開戦の号砲となった。


 そして開幕と同時に、フラムは飛んだ。

──の邪魔にならないように。


神階解放ザイン──チャルチ・ウィトリクエ」


 シアンがテラメーリタの制服から翡翠のロングドレスの出で立ちへ早変わりする。それを合図に、彼女の魔力が鉄砲水となり決闘場を覆う。


──魔力とは神から供給されるもの。ほとばしる魔力を如何に受け止めるかで、術師の技量が決まる。

 そして、先の戦いで新たな神格であるイシュチェルを獲得したシアン。彼女の魔力は、それこそ湯水のごとく持て余していた。

 開幕からの全力疾走を可能にするほどに──!


「あぁ、だから嫌だったのに。兄様に褒めてもらった制服が台無しじゃありませんか」


 膝ほどの高さの浸水。足を取られるどころか、掬われるほどの水にも葵は動じない。制服が濡れたことを惜しむほど、余裕に満ちている。


 服が濡れたことに不服な顔をする葵に、上空から叩きつけられる火球。その高温により、熱された水が爆ぜて吹き飛ぶ。

 空へと飛び上がっていたフラムによる爆撃が炸裂した。


 間髪入れず、その炎ごと貫く一閃。シアンの細剣レイピアによる刺突だ。水で作られた刀身は中距離からの斬撃を可能にする。


 地上での戦闘をシアンがこなし、滞空したフラムはサポートと爆撃に徹する。一度組んで戦った経験からか、二人の連携は出来上がっていた。


 だが──


「濡れ鼠の次は炎に斬撃……。お二人はわたくしの服にそんなにも恨みでもあるのでしょうか」


 そのどれもが葵の命へと届かない。

 彼女の言う通り、二人の攻撃が得た成果といえば葵の服くらいのものだった。


 二度の攻撃を受けた葵の肌には火傷の一つも、擦り傷すらついていない。


──火球も細剣も阻まれていた。


 その身体に届く前に消されていたのだ。フラムの火球による黒煙ではない、黒々とした闇が葵の身を包んでいる。


「これは【黒雷くろいかづち】といいます。……まぁ防御の術とでも思ってください。どうせわからないでしょうから」


 【黒雷】と呼ばれた暗黒が、葵の身体を這いずり蠢く。影として肌に張り付き、不気味に渦巻いていた。

 

「くっ──! 流石に言うだけあって手強いわね! まだ神階解放すらしていないっていうのに……!」


 上空のフラムが第二、第三の火球を落としながら叫ぶ。合わせてシアンも剣を振るう。


「たしかに、そんな力は使っていません。しかし、勘違いしているようだから教えてあげましょう。わたくしは


「あっそ! じゃあ出し惜しみしても仕方ないわね! 神階解放──スルトッ!」


 解放により魔力を上げたフラムの炎火えんかが、地上の葵目掛けて放射される。


「へぇ。火力比べですか? ……【炎雷ほのいかづち】」


 葵の胸から青い魔炎が放たれる。

 それは常世ならざる不浄の鬼火。

 フラムの撃った紅炎を、鬼火が飲み込んでかき消す。という理不尽すら可能にする青い炎。これは物を燃やす概念そのもの。


 火球を焼き尽くした鬼火が、フラムへと迫る。


「そんなっ──! 嘘!?」


 爆発。撃墜されたフラムが、水面へと落ち飛沫をあげる。


「シャルッ! ──《水禍の弥終ナウィ・アトル》!」


 フラムを仕留めた葵へをぶつける。シアンの判断は早かった。

 水面を割り、姿を現した海竜王。神水で構築された巨大な竜蛇。その大きな鎌首をもたげ、葵へと襲いかかる。


「こちらは水の蛇ですか。なら合わせましょう【伏雷ふすいかづち】」


 そう言うと、葵は右脚で蹴りを繰り出す。

 その白い脚から蹴り出されるは輝ける銀蛇。百雷を束ねた暴雷ぼうらいが、巨大な蛇をかたどって《水禍の弥終》を絡めとる。


 雷が海龍王に吸われ、形を失う。

 が、圧倒的な力の差がそうさせない。電流が水中へ拡散するよりも早く、雷の持つエネルギーにあてられた海竜王が蒸発していく。


 銀蛇は海竜王を消滅させるだけに留まらず、その先にいるシアンへ殺到する──!


「ぐ、あああぁぁ──!」


 肉が裂け、全身の血が沸騰する。その痛みの鋭さにシアンが絶叫する。やがてその悲鳴も止み、膝から崩れ落ちた。


──これで終わり、でしょうね。


 打ちのめされてから立ち上がることの難しさを、葵は知っていた。


「さて……そろそろ諦めました?」


「「いいや、まったく!」」


 満身創痍となった二人は声を揃えて叫ぶ。

 対照的でありながら、その性根は似ている。ちょうど鏡合わせのような二人なのだ。


「アンタ、強いのね。ちょっと尊敬しちゃうわ! さぁ!」


「この程度で尻込みしていたら、また腰抜けと笑われるだろうよ!」


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