第32話「ヤンキーにとっての河川敷のような場所」
「待ってたわよ! アタシと決闘しなさい!」
……ちょっと前までシリアスやってたんだけどな、俺達。
学長室から出てきたところをフラムに捕まった。見れば、シアンにエクレールもいる。二人ともフラムに付き合わされたのだろう。
ヴェルデが見えないあたり、あいつだけ上手く逃げたのかもな。
ともかく、フラムが叩きつけてきた果し合いの申し込み。そんな挑戦状に対し、
「えぇ、お断りします」
にべもなく切り捨てた。
「なっ!? どーしてよっ!」
フラムは目を見開いて声をあげる。
そりゃそうだろ。葵にメリットが何もない。むしろ今まで"特訓"に付き合っていた俺がおかしかったんだ。
「わたくしがシャルラッハロートさんと決闘して、なんの得があるのでしょうか? ランクも格下のようですし」
「ぐっ……! Aランクくらいすぐに戻ってやるわよ!」
フラムは歯噛みする。シアンに負けて降格したばかりの彼女には、あまり触られたくないところだろう。
その時、横合いから伸びた手が喚き散らすフラムを押しのける。フラムに代わって葵の前に立ったのはシアンだった。
「ふっ、Bランクはお呼びではないということだな! やはりここは一つ、Aランクとなった自分が先輩として──」
「アズールさんも結構です。あなた、
常日頃から……?
「……それはないだろ。なぁシアン?」
ない。そればっかりはないだろう。毎日顔を合わせる相手をそういう目で見れるか? 気まずさの方が強い。
「なっ、何を言う! 自分は、その、思春期であるからして、そういった欲求も至極当然のことでだなぁ──!」
「こいつ、マジか……」
シアンは確かに見た目だけは可愛らしい。だが、そんな相手だろうとあまり気持ちのいいものじゃない。たまに心にキテしまうくらいならわからなくもないが、常日頃からとなると流石に変態性欲者だ。
「ほら、兄様は自分の魅力をわかってないんです。無自覚なまま女の子達をオトしてしまうんですよ」
「そんなことは決してない。シアンが異常なだけだから、安心してくれ」
ここまで断言してしまうと、俺が不安になるけど。つくづく色のない学園生活だ。うっすらと好かれている相手が変態なのはちょっと悲しい。
「そんなことありません。シャルラッハロートさんもあと一歩ですし、安心できるのはキトリネスさんくらいです」
なんだかゲームの『好感度を教えてくれるキャラ』めいたことを言い出す葵。
フラムにはたしかに好かれているかもと思い上がっている。嫌いな相手をわざわざ特訓相手に選ばないだろう。
だが裏を返せば、エクレールとはそういう仲になりそうもないってことか。
まぁ女友達って感じだよな。だらだらと付き合いこそすれ、互いに意識なんてしないだろう。
「フフン! アタシは変態じゃないわよ! だからセーフね!」
「いーえ駄目です。そもそも兄様に近寄りすぎなんです。控えなさい
フラムを指差し非難する葵の頭を引っ叩く。
基本的には優しいヤツなんだが、俺のことになると見境がなくなる。行きすぎた行動をこうして止めてやるのも、兄の務めだ。
「言葉遣い。言い過ぎだぞ、謝れ」
葵の頭に手をやる。軽く押して頭を下げるよう促すが、頑として下げやしない。どころか反発するあまり、少しふんぞり返ってきている。
「…………申し訳ございません」
葵は唇を尖らせ、そっぽを向いたまま謝る。口先だけの謝罪だ。
本当に反省しているのか、こいつは。
「心がこもってない。……はぁ、詫びとして二人と戦ってやれ」
命のやりとりはして欲しくないが、決闘なら問題ない。致命傷を瞬時に回復させる術式というセーフティもあるし、
変なことを暴露された(した?)シアンは知らんが、フラムはそれで納得するだろう。
そんなことを考えながら頭を撫でていたら、葵が見上げるような形で俺の顔色を見ていた。
「むー、わかりました。気は進みませんが、兄様がそう言うのであれば謹んでお受けします」
葵が渋々二人との決闘を承諾する。
「ホントっ!? 早速闘技場へ行きましょう!」
「待てシャル! 自分が先だぞ!」
二人は並んで闘技場へと駆けていく。数週間前まではロクに口も利かない間柄だったが、無駄口を叩き合えるくらいには仲がいいようだ。
「では、葵も参ります。ぜひご覧になって応援してくださいねっ」
葵はそう宣言すると、二人の後に続く。
俺とエクレールだけがポツンとこの場に残された。別段、することもないし観戦でも行くか。
「ん? エクレールはいいのか?」
いつものエクレールなら、呆れながらもなんだかんだと参加するイメージがあった。
「見には行くけど、戦う気はないわ。あの二人が決闘するってんなら、いい試金石でしょ。私がやる必要もない」
実質Aランク相当の術師が二人。腕試しの相手にはオーバーキルのきらいがあるが、エクレールの言う通り、実力を測るにはこれ以上ないシチュエーションだろう。
「意外と冷めてるんだな、お前」
「冷静っていいなさいよ。血も涙もないヤツみたいに言うな」
フン、と鼻を鳴らし人情派を気取るエクレール。面倒見はいいらしいから、案外本当に情に厚い女なのかもしれない。
「私は弱くない。それなりには強いわよ。けど、あくまでそれなり。シャルみたいに一番目指してはいないの」
「その意見には賛成だな。上を見たらキリがない」
俺は最強を知ってしまっている。
先日も会った──遭った? 悪神。あれが更新されることはないだろう。
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