第1.5話「決闘ですか?」



「えぇ彼は正式な我が学園の生徒ですよ。なんなら、明日からはシャルさんのクラスメイトです」


 オレが意識を取り戻して数分後。テラメーリタの学園長であるアズスゥの口から語られた言葉に絶句するフラム。


 『銀髪の女神』。『飛ばす脚』。『蹂躙じゅうりんの大転使』など恐ろしい二つ名に、学園長という肩書きが加わったアズスゥ。


 柔和な目つき。ウェーブのかかった長い銀髪。彼女自身が長身ではあるのだが、その姿勢やメンタルがさらに大きく見させている。


 よく言えばスレンダーというか、体つきはフラムよりも子供めいているが。いや、子供には成長という未来がまだあるから、お先真っ暗闇のアズスゥのほうが悲しみを背負っているか。


──それ以上がたがたぬかすと蹴り殺しますよ。


 言外げんがいにそう告げるアズスゥの射殺すような視線に思わず目を伏せた。


「えー、ともかく。クロノさんは男性ですが、術師と同じように戦う力を持っています。だからこその特例ですよ? 」


 だから言ったでしょという目でフラムを見ると、キッと睨み返された。その視線で殺そうと言わんばかりの鋭さに、思わず少し仰け反る。


 ちなみに、オレとフラムは白と黒を基調としたテラメーリタの制服に着替えていた。流石に着の身着のままでは──というか着てなかったし。二人とも。


「わたくしの方で案内ミスもありましたし、むしろクロノさんは被害者かもしれませんね。もちろん、シャルさんも」


「だ、だとしても!」


 そこで『はいそうですか』と引き下がるフラムではなかった。格調高い天板を叩き、アズスゥに詰め寄る。


「処罰はないんですか⁉︎ アタシの裸を何度も、何度も何度も何度も見たんですよ!」


 フラムは溢れる怒りと共にオレを指を差す。


 なぜか四回も見たことにされた……。


「減るものでもないですし、いいじゃあないですか。減って困るような量じゃないでしょう、それ。むしろ減らしましょうよ」


 完全な私怨じゃないか。そんな有様は学園のおさとしてどうなんだろう。


「なっ、何を言ってるんですかっ! 減ります、減りますよ!」


 フラムは赤面し、バッと胸を庇うように両手で覆う。おお、庇い切れていない。


「その、乙女のすっごく大事な何かが減っちゃいますよ!」


 フラムに力説されるたびにソレを盗み見た肩身がドンドン狭くなる。アレは事故だった。誰も悪くないんだ……。


「まぁ確かに言わんとすることはわかりますが、憑彩衣ストラまとえたんでしょう? 浴場を半壊させてるじゃないですか」


「うっ、でもそれはコイツがジロジロ見るからカッとなって……」


 弱いところを突かれ、自供めいた口ぶりのフラム。あの衝撃を目の当たりにしたオレからすると、むしろアレで半壊程度で済んだのか、という感じすらある。


「結構かかるんですよねぇ、修理。それ以前に皆さんのお風呂もどうにかしないと、自室のシャワーじゃ限度もありますし。あと事務的な事故報告書と、それぞれ親御さんにも説明しないたいけませんし……」


 アズスゥがやるべき仕事を列挙していく度に、威風堂々としていたフラムがと小さくなっていく。乗り込んだ時の気迫はどこへやら、今では見る影もない。


「本当に申し訳ありません……。でも、それと、これとは別というか……」


 フラムはそろそろと手をあげ、弱々しくも主張する。最後のほうは引け目を感じているのか、及び腰で聞き取れるかどうかという声量だった。


「んー。じゃあ、こうしましょう」


 これまでの話を打ち切るよう、パンと手を合わせるアズスゥ。


 勿体もったいをつけたような薄笑いの口から、驚くべき沙汰を告げられる。


「決闘です。学園側の対応で気が済まないのなら、彼をボコボコにしちゃえばいいんですよ。あ、審判はわたくしがやりますので」


 ワンツーの要領でシャドーを行っている。シュッシュと風切り音は鳴っているが、口から出している音だ。


 ……待ってくれ。学年トップのフラムと戦わせられるのか? あんな惨状を軽く生み出せるような術師と?


「なぁ、ちょっとオレの意思は──」


 フラム、アズスゥ両名に睨まれ、オレの口はその次を紡げずつぐんでしまった。代わりに溜め息が出てしまう。


 まぁ、乾き気味な濡れ衣で処分されるよりはマシだろうか。ある程度フェアな決闘ならまだ抗いようはある。


「そんなにクロノさんが乗り気でないなら、勝者は敗者に好きに命令できる、とかどうです?」


 この学園長とんでもないことを言いやがった。


 今度はオレが前のめりになって詰め寄る。


「いやいや! 教育者としてどうなんです⁉︎ 年頃の男子が女の子に命令なんて──」


 その肌に触れる前に法に触れるだろう。そう続けようとしたが、アズスゥが指を差していた。そちらを振り返ると、そこには赤鬼フラムがいた。


「ふぅん。アタシに勝てると思ってるのね」


 怒りも突き抜けると存外に静かなものらしい。フラムはただ微笑んでいた。あ、いや目は笑っていなかった。


「学園長、アタシはそれでも構いません! アンタも異論はないんでしょ⁉︎」


 フラムのあまりの迫力に、オレは頷くことしかできなかった。


「で、は! 後ほど決闘場で。失礼します!」


 肩をいからせてオレの脇を通り過ぎる。


 かと思いきや、真横で一度その足を止めて──


「お風呂で起こるように、決闘場でも不慮の事故が起きるかもしれないわね……?」


 …………恐ろしい。半分殺人予告、もしくは半殺しの絶対予告だ。


「あ、クロノさんは残ってくださいね。お話がありますから」


 フラムが退室し、扉が閉まったのを確認するとオレはソファにどっかりと腰を落とす。


「さて、クロノさん。こんなところですか?」


 イタズラが上手くいった子供のようにじゃれ笑いのアズスゥ。のオレも思わず笑みが溢れる。


「概ね注文通りです。パーフェクトだよ、


 


 別の世界でのくだらない死バッドエンドを迎えたオレは、目が覚めると上下もわからないただ白い空間にいた。


 女神様が言うには、オレの力を見込んで別世界を救う為に転生してほしい。まぁお約束そういうことだった。


 そして次々に提示された異世界への派遣を悉く断り、このどこか懐かしいラノベのような世界に転生したというわけだ。


「お気に召したらよかったです。最近の子にはあまり人気がないみたいで」


「時代だろうね。もっとわかりやすい、いわゆる壊れチートがないと」


 他の世界と異なり、この世界への転生では一切の加護がない。強いて言えば、この世界を選んだこと自体がチートみたいなものだ。少なくとも、オレのモチベーションは確実に上がったのでそこに文句はない。


「個人の嗜好なのであまり言えませんが、結構、スケベさんなんですね。あなた。普通は楽な世界選びますよ?」


「……いいじゃないか。人に薦められてハマったんだよ」


 半端者の自分なんかと違って、全員を幸せにできる主人公に憧れていた。


 愛する人がいて、友もいて、絶望的な状況にあっても立ち向かう。苦悩しつつも負けられない戦いをいくつも切り抜けて、ハッピーエンドに辿り着く。なんてカッコいいんだろう。


「そもそも、オレは主人公じゃなくて見守るようなポジションを希望したんだけどね。カプ厨だから、オレ」


 中には囲まれたいという人もいるだろうけど、自己投影はしたくない。自分が可愛いヒロインに囲まれて、とか。まったく似合わない。反吐がでるどころか、吐き気がする。


「わたくしとしては、ここの悩みの種をどうにかしていただければ何でもいいんですけどね」


 クロノさんが誰とイチャイチャしようが構いませんし、とアズスゥは肩を竦める。


 女の子と仲良くなりたいからって、こういう世界を選んだわけじゃないんだけど。これを言ったところであまり信用してくれなさそうだ。


「女神様は安心しててよ。頼りないというか、信じられないかもしれないけど、この世界は救ってみせるからさ」


「ふふ、それでは。ご健闘をお祈りします」


 どこか適当な女神様の祈りを背に、オレは闘技場へ向かった。

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