第2話「決闘」



 《決闘場》。


 それは校庭の外れにあった。巨大なすり鉢状の造りは、どこかコロッセオを思わせる。


 そんな舞台に、オレは立たされていた。正面には対戦相手であるフラムがいる。


 足で押すようにして地面を確かめると、石こそないが、かなり硬い。クッション性なんかは期待できないだろう。


「こんな場所が教育機関にあっていいんだろうか……」


 学園に闘技場って、攻めすぎだろう。末期のノベルゲームみたいな世界観だ。人の命がちゃんと重い世界観をリクエストしたのに、こうも殺伐としたものがあると女神の仕事ぶりが少し疑わしくなってくる。


「ふふふ、闘技場では死にませんよ? 致命傷を負えば全員の魔力マギアを没収して回復させますから」


 安全面にうるさい方もいるので、そういう術を組んでいます、と笑うアズスゥ。……いや、当然の配慮だろ。


「では両名、前へ」


 アズスゥに促され、オレ達は一歩踏み出す。


「《紅蓮スカーレット》フラム・ロッソ・シャルラッハロート」


 え? そんな二つ名の名乗りなんてあるの?


 チラリとアズスゥのほうを見遣ると、悪戯っぽく舌を出して手を合わせていた。


 知っているなら先に教えてほしかったが──いや、忘れていたのか……。


「……えー、《陽神ようしん》クロノエイトです」


 心の中にフッと浮かんできた言葉をつぶやく。これも前世? の記憶なんだろうか。なんだか胸がざわつく。あんまり心地いい気分じゃないな。


「はい、それでは。始め!」


 瞬時にフラムが憑彩衣を展開する。紅蓮、彼女の二つ名の通りに魔炎で象られた真紅のローブドレス。


「弱者をいたぶる趣味はないの。一瞬で終わらせてあげる!」


 フラムが声高に叫ぶと、まばゆい光炎が多数の球となって叩きつけられる。


「いっ⁉︎」


 慌てて後ろに飛び退き、何とか躱わす。


「いきなりだね⁉︎」


憑彩衣ストラを使えないのはいいとして、学園長が言うにはあるんでしょ? 何かしらの戦う力ってやつがっ!」


 言い終わるなり、再び連続して放たれる火球。

 足を決して止めないように、決闘場中を駆けずり回る。


 クソっ、厄介だ。着弾時に炸裂した火の粉でさえ恐ろしい威力。まして閃光で視界がかなり制限される。


 固定砲台の敵であれば距離を詰めて終わりだが、フラムは違う。近づけば本命である大剣の一撃が待っている。


 肺が、脚が悲鳴を上げている。少しでも走力を落とすと、飛散した土塊つちくれに当たりかねない。


 脚は決して緩めず、なけなしの酸素を使ってフラムへ泣きを入れる。


「あのっ! あちこち吹き飛ばして気が済んだりしてないかな⁉︎」


「はぁ? 何言ってるのよ。まだまだやり足りないっての!」


 ですよねー。むしろ火勢が増している時点で、ある程度の答えは予測できていたが。


『大変ですね、クロノさん』


 突如、頭の中に声が響く。アズスゥだろうか。念話テレパスみたいなことまでできるなんて、女神様は伊達じゃないんだな。


『女神というか、正確には大転使ですけどね。そろそろ逆転してくれますか? 闘技場を直すのもタダではないので』


 ……そんなこと言うなら、オレの負けでもいいから場を収めてくださいよ。


『あら、仕方ありませんね。少しなら。ほんの少しならお力を使っても構いませんよ? 具体的にはそうですね、サムジャナまでです』


 今のオレには理解のできない単語だったが、聞いた途端自然と口が動いていた。


「────オン


 口の中でつぶやく。それは一種の聖句であり、本来の自分へと帰命する転機スイッチ


 自分の内から横溢する神気をそのまま奔流はしらせる。天も地も、その悉くを粉微塵に泯滅びんめつし、自分という存在を押し広げていく。


 今、この手に世界を超えて奇跡が顕現する。


──それは石剣せっけん。比類なき剣の神格を宿した磐座いわくらである。


 霊光れいこうなる輝きと共に石剣の外殻に亀裂が走り、その刀身が露わになる。


 昏い輝きを湛えた諸刃の直剣。これこそは最古の神殺し。


 あぁ本当に久しぶりだ。これは剣だ。


 クロノエイトオレは知らないが、玄野影徒は確かに覚えている。


「なに、あれ……」


 フラムの困惑は当然のことだ。


 これは憑彩衣ではない。加えて言うなら魔術ですらない。


 今の俺には理解わかる。これは無色界に敷いた玄野の法。


 散々忌避してた割に、ある意味チートズルだな、これ。自分の命可愛さで取りだすとは我ながら情けない。


「くっ! 消し飛びなさい!」


 フラムの叫びに呼応し、これまでの炎とは格が違う、灼熱の紅炎こうえんが襲いくる。


 威力、速度ともに段違いだ。防ぐことはもちろん、逃げるのも間に合わず、消し炭になっていただろう。


 飛来した火球を斬り捨てる。


 途端、火球は穴の空いた風船のように萎んで霧散する。


「ウソ……」


「悪いな、十拳剣こいつと炎の相性は最悪だ」


 久方ぶりの活躍に喜ぶ相棒を担ぐ。この世界に転生する前だから、いつ振りだ? 年で表せるモンだろうか。


 フラムを見れば、頭の横で剣を構え、切っ先をこちらへ向けている。


「遠距離で牽制しつつ、剣は霞の構え。案外冷静なんだな、お前」


 俺の軽口にフラムは答えない。機会を窺っているのか、警戒しているのか。


「……カスミ、じゃないわ。オックスよ。──わかったわ。アンタのこと見くびってた」


 ややあって、オックスといった構えを解き大剣を地面へ突き立てる。


「怪我はさせないようにって思ってたけど、今のところはアタシのが格下みたいだしね」


 本気、出すわ。彼女は静かにそう言った。


神階解放ザイン、スルト──!」


「これは──!」


 噴き上がる熱。炎の深奥にある痛みが本性を表す。灼灼と、爛然と。辺り一帯を熔熱ようねつさせて滅亡の華が咲き誇る。深紅しんこうの装いは滅赤けしあかよりも深く、黒く変わり果てた。


 一瞥するだけでわかる。これがフラムの本気なんだろう。雄弁に物語っている。彼女のその姿以上に、まったくの別物になっている──


弊悪なる倒戈枝レーヴァテイン!」


 その大剣が──!


 輝く剣先から放たれる極大の熱線レーザー。枝葉末節に枝分かれしつつ、迅疾じんしつの勢いでこちらへ殺到する!

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