第2.5話「決着」
眼前に迫った一条の光線を斬り払う。だが──
「ぐっ──!」
払ったその右腕、その肩口を貫かれた。
斬って打ち消したはずの光線が分岐し、俺の肩を鋭く突き刺していた。
「あら。致命傷になると思ったんだけど、勘がいいのね」
「そりゃどうも! 実は一回死にかけたぞ!」
再び十拳剣で薙ぎ払いつつ、全力で跳ね退く。そのまま身を翻し、駆け出す。
右腕が重い。利き手をやられたのはかなりの痛手だが、これでもまだマシな結末だった。戻さなかったら、一発で戦闘不能になっていた。
これがフラムの奥の手か。
どの枝も斬ったそばから続々と散開し、三次元的に追い詰めてくる。
それだけではない。最短で迫ってきていた光線以外も、
こちらとあちらでは手数が違う。この奥の手が発動した瞬間に距離を詰めて、無理にでも近接での剣比べに持ち込むべきだった。離れてしまった以上、このままではジリ貧だ。
「なら、腹括るしかないか!」
地を蹴り、敢然と矢の如くフラムへと飛ぶ。
「そこで
フラムの合図で、前に差し迫った光線が一斉に膨れ上がる。俺は、そのまま直進する。
ちょうどのタイミングで爆破され、首から上が吹き飛んで、赤黒い煙を上げる。
それと同時に能力を全解放する。
──《
──フラムの合図で、前に差し迫った光線が一斉に膨れ上がる。俺は、二時の方向へ、潜るような姿勢で加速した。
今度は被弾せずに連続爆破をすり抜け、奥で構えるフラムへと駆ける。
『時の流れに干渉する』。これが俺の能力だ。と、言ってもこの段階では字面ほど強くない。ほんの数秒だけ戻したり、その流れを緩やかにするくらいが関の山だ。よほどフラムの能力のほうが戦いやすかろう。
応用の利く火炎のほうがいくらでも──
ボンッ!
……《逆流》を実行、《順流》へ移行。
俺なんかが戦えているのは能力のお陰です。横合いから脳天目掛けて来ていたらしい枝を躱わすついでに、能力さんに頭を下げる。
さらに一足飛び。大きく跳躍し、ついに
十拳剣を上段に構え、フラムに斬りかかろうとした時、真横から押される。
爆風だ。ダメージを負わせる意図でなく、俺の仕掛けるタイミングを台無しにするための起爆。
身動きの取れないところに
目の前には今にも大剣を振り下ろさんとする赤の処刑人。焦げた臭いが鼻腔に広がる。
「これで、終わりよッ!」
なんだ。この子、強いじゃないか。
しなるような袈裟斬り。鉈の如く重い一撃によって、首と胴が泣き別れになった。
──《逆流》を実行、《緩流》へ移行。
──身動きの取れないところに
「──!」
《順流》へ移行。
着地すると同時に、高い金属音。投げつけた十拳剣が弾かれた音だった。……フラムの近くに落ちれば斬り結ぶ際にも利用できるかと思ったが、アテが外れた。
ともかく重畳。やっと、やっとのことで剣の間合いまで持ち込めた。
手の中に新たに十拳剣を
「その召喚、ずいぶん速いのね」
「ん、慣れ……だな。さっきは時間かかったけど、思い出したんだよ」
フラムは先ほど見せていたオックスと言った構えから、軸足に体重を預けた八相に似た構えを取る。対抗すべく、身を低く、半身になり後ろ手に剣を隠す脇構えに似たような形をとる。仕掛けがバレづらく、正中線も隠した構えだ。
フラムの性格上、ここでの炎はまずあり得ない。あちらが優勢である今、わざわざ自分も巻き込まれる距離での爆破を断行する博打なんて打たなくていい。
俺だったら剣戟の合間に爆竹ほどの爆発を喰らわせ、相手の目か手を狙っていくが、その手のダーティな戦い方は思いつきもしないだろう。
とくれば、自然と剣比べになる。
狙うは後の先。フラムが我慢できず斬りかかってきたところを返す。
正直どう来るかはわからない。だが恐らくは袈裟、一文字に来るだろう。踏み込みの程度を見て、握りを変えて応じる。そのくらいなら《緩流》を使わずとも可能だ。
果たして俺の読み通りだった。
フラムの大剣がうなりを上げて斬り掛かる。
読み通り、袈裟懸けの一撃だ。
その死地をすり抜けるように、素早く撫でるような引きの一閃──
ギィィンと耳障りな金属音。憑彩衣に歯が立たなかった?
なぜ防がれた?
大剣による斬り返し。途端、背筋に冷たいものを感じ、即座に十拳剣を解いた。その場から転がるようにして抜け出す。
……こればかりは実際の剣では出来ない仕切り直し方だな。刃物を持ったまま飛んだり跳ねたり、気が気でない。
しかし、速いな。完全に振り切ってないからか、その見た目以上に斬り返しが速い。そもそも振り抜く必要もない、あんな重さの剣なら当たるだけで骨も砕けるだろうからな。
初撃のフォロースルーがそのまま二撃目へ繋がっている。当然、流れるように三、四と続けて打てるだろう。
距離はまだ一足一刀より少し離れている。これ以上間合いを広げると、また爆撃と戦わなくてはならなくなる。そっちのが無理ゲーだ。
「なぁお前、嫌になるくらい強いじゃないか」
「はぁ……ふぅ、これが全力、だもの。当然よ」
気丈に振る舞ってはいるが、フラムは肩で息をしている。神階解放というのはかなり魔力をつかうみたいだな。
畳み掛けるなら今か。
駆け出す。剣を持たない今は、先ほどよりもぐんと速く走ることができる。
フラムは俺の奇行とも呼べる突貫に目を見開いたが、すぐさま腰だめに剣を構え、剣先を俺に向ける。
それでも一拍遅い。俺は徒手のまま振り下ろしながら、その手に十拳剣を顕現させる。
白刃一閃。炎ごと叩き斬った。
フラムの憑彩衣が解け、学生服の姿へ戻る。若干疑っていたが、本当に死なないようなシステムがあったらしい。
「ハァ……アンタって強いのね。ほんと、自信なくしちゃいそうよ」
「自信を持て。俺は三、四回死んでるぞ」
これだけリトライして、やっと一撃。それも騙し討ちめいた大人気ないものだ。俺のちっぽけな自信なんて、とっくに消え失せている。
「…………アタシの、負けよ」
ギリと歯の根を鳴らし、絞りだすようにフラムは言った。誰もいなければ地団駄の一つでも踏みそうだ。
フラムが多少の被弾を覚悟に、より多くの枝の爆破を敢行していたら、俺が勝てたかは怪しい。懐に飛び込もうとした時点で、即断即決し爆破していれば、俺の方がダメージは大きかったはずだ。剣戟の際も、俺が考えたように小規模な爆破で目を狙われていたら展開は変わっていた。
そこは実戦経験の有無だろうな。先を読んだり、展開を動かす点においては俺に一日の長があったが、センスでは完敗だ。
「はい、此度の決闘、勝敗は決しました。勝者はクロノさんです」
いつの間にか傍へ来ていたアズスゥが、剣を握ったままの右手を捕まえ勝ち名乗りをあげる。
その瞬間、フラムが糸の切れた人形のように、前のめりに崩れる。
「おい!」
咄嗟に抱き抱えて呼びかけるが、目を瞑ったまま、何も反応はない。
「ご心配なく。疲労ですよ。
ほっと胸を撫で下ろす。それなら、むしろ抱き止めた俺の方が泣きたい。急だったもんで肩の傷に響いて今だって──
ん?
フラムを抱き止める際、足元に取り落とした十拳剣が転がっている。フラムの大剣は憑彩衣と一緒に消え失せているというのに、転がっている。
「……なぁ。十拳剣、というか俺の傷消えてないけど」
「え? 当たり前じゃないですか。だって魔力関係ないですし、ソレ」
「仮定の話なんだけど、俺が致命傷を負ってたら、どうなってたんだ?」
「人が致命傷を負ったら死ぬに決まってるじゃないですか」
コイツ……。
別に俺のことだからいいが、人の命をなんだと思っているんだ。本当にこの
「って、待て。フラムは大丈夫なんだろうな⁉︎」
腕の中の彼女を見る。かすかに息こそしているが、目を覚ます気配がない。
魔力以外の力が原因で闘技場が作用しないなら、十拳剣で斬られた彼女にも何か影響があるんじゃないか?
「基本的には大丈夫だと思いますよ? あ〜、でもシャルさんかなり消耗してましたからね。それにクロノさんが結構バッサリいってたからなぁ〜。魔力でもないイレギュラーの力なのに……」
「お、お前っ! それは先に言えよ! 医務室はどこだ!」
このまま俺は覗き現行犯、不法侵入をすっ飛ばして殺人犯になっちまうのか……⁉︎
「医務室はあちらですけど、たぶんザハル先生に診せたほうが……」
「ザハルだな! わかった!」
未だ意識不明のフラムを横抱きに抱え上げ、顔も知らぬザハルなる教師を探して駆け出した。
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