犬猿の仲的ライバル対決

第10話「氷炭相愛-①」

 その日は雨だった。


 湿った、肌にまとわりつくような嫌な風が吹いている。


 そんな荒天こうてんだというのに、闘技場に集まった人数は多い。その目当ては本日の校内戦テレティだ。


 フラムとシアンの決闘。学年トップたる才媛とそれに挑み続ける女傑じょけつ各々おのおのが切磋琢磨し上を目指す学園生にとって、見逃せない対戦カードだ。


 一応、今日は俺とエクレールの試合もあるが、目玉試合の後だからそう注目されるものでもないだろう。この分なら悪目立ちする心配はない。


「しかし混みすぎだろ……」


 俺の番まで、まだ時間がある。フラムの試合でも見てやるかと思ったんだが、観衆でごった返していておちおち座ってもいられない。


 どこか座れそうな席は──


 見回すと最前列にもかかわらず、不自然に人が避けている一角を見つけた。人波をかき分けていく。

 

「意外と早い再会だったな」


「君、ほんと物好きだなー。あんなん言われたら、普通はもう関わらんでしょ」


 そこにいたのはヴェルデだった。


 去り際にまた今度と言ったが、こうも早く会えるとは思ってもみなかった。


「見てみ? ウチの周りだけ人いないっしょ。これ、そーゆーことだよ」


 ヴェルデの言う通り、この盛況せいきょうぶりにも関わらず、彼女の近くに人はいない。


 やはり、ヴェルデは周囲から避けられているようだ。彼女も気にする素振そぶりはないが、あまり気分のいいものじゃない。


「いや、空いてて助かるよ。ここからならよく見れそうだな」


「……あっそ。マジにポジすぎってーか、変なヤツだね、君」


 もっと鋭い憎まれ口が来るかと身構えていたが、予想に反して優しい言葉だった。あれこれ言うのもバカらしいと思われただけかもしれないが。


「そういえば、ヴェルデは出ないのか?」


「んー……。ま、そーね。やんないよ。お相手とかおらんし」


「まさか、受けてくれる相手が──」


──キャアアアアアア!


 耳をつんざく大歓声が俺の続く言葉をかき消した。


 何事かと見れば、挑戦者であるシアンが登場していた。平生へいぜいの彼女とは思えない、明鏡止水めいきょうしすいの面持ちである。


「なぁシアンのファンってこんなに居たのか? 判官贔屓ほうがんびいきなのか知らんが、凄い声援だな」


 この人気ぶりなら、あながちフラムが言ってた『お姉様的需要』も眉唾マユツバではなさそうだ。今の佇まいなら、確かに騎士然とした麗人れいじんである。


 何も返答がない。ヴェルデのほうに向き直ると、そのよどんだ瞳と目があった。


 ヴェルデは暫くこちらに訝しい目を向けていたが、ややあって『あーね。なるほど』と納得の声をあげた。


「そかそか。君は二人の戦績知らないんだったね。……中等部から数えて五年、勝ったり負けたりを繰り返してんの。高等部になってからはフラムが負けなしだけどね」


 この学園、中等部なんてあったのか。っていうか、フラムは学年トップだって言ってなかったか?


 そんなフラムと覇を競い合っていたなら、シアンも十分に傑物けつぶつだろう。


 思考を乱すように、再び歓声。


 視線を闘技場に戻せば、フラムが姿を表す。そのまま中央のシアンと向き合う。決戦は近い。


「二人の実力は伯仲はくちゅうしててね、シャルが勝ち越してはいるけど、この天気だ。どっちに転んでもおかしゅーないよ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「自分にとっては恵みの雨だが、貴様からしたら生憎あいにくの雨だな?」


「ジメジメジメジメと、これだから陰湿いんしつな女は嫌なのよね。もっとスカッと生きなさいよ」


 開戦前から舌戦ぜっせんを繰り広げる二人。


 いつものことなのか、審判はそのいさかいについては何も言わない。ただ一言──


「双方、前へ!」


紅蓮スカーレット。フラム・ロッソ・シャルラッハロート」


蛟竜こうりゅう雲雨うんう。シアン・アズール」


 名乗りをあげた二人の少女が変生かわる。


 優麗ゆうれいに燃え盛る魔炎まえんのオープンドレス。華美に、真紅の装い。手には炎を閉じ込めた朱なる大剣。


 対するシアンはいただく冠には蛇の目が如く貴石が散らされている。ほのかに青みがかり玲瓏れいろうなる刀身を持つ細剣レイピア。そして、青翡翠あおひすいのプリーツスカート。やはりそれも超常の代物で、常にうねり波打っている。


「今回はBランクのシアン・アズールさん、Aランクのフラム・ロッソ・シャルラッハロートさんの戦いになります。勝敗次第でランクが変動しますので、悪しからず。──では、尋常に始め!」


 合図と同時にシアンが駆けた。


「そろそろその座Aランクをいただくぞ!」


 駆け出して数瞬、まだ槍も届かぬ間合い。だが、彼女は裂帛の気合いと共に剣を振るう。


 繰り出されるは決河けつがの勢いでの横薙ぎ。


 握る刃がシアンに応えるように


 その正体は神水じんすいによってかたどられた刀身だった──!


 対するフラムは実に鮮やかな手際だった。


 炎による防壁がフラムの前に現れ、その凶刃を蒸発させる。


 シアンはそれを読んでいた。フラムを守る炎の盾を飛び超え、飛びかかっての一撃。


 フラムはそれを大剣の、太い腹で受け止める。


 響く爆音。相反する炎と水の剣が打ち合ったために、その空間が弾け飛んだ。


 しのぎを削り、互いに睨み合う。


「ふん、当然防いでくるだろうな! 貴様なら!」


「防ぐだけ、なワケないでしょ!」


 フラムがその剣を押し返すと、よろけたシアンの足元が赤く光りだす。


神階解放ザイン、スルト」


 フラムの解放に合わせ、天を焦がすほどの紅火が巨大な火柱がシアンを包む。


 再び爆発。シアンが生み出した水が爆ぜたことによるもの。しかし、如何に水を纏ったところで、熱せられた水による爆発までは防ぎきれない。


 高くのぼる煙雲えんうんが爆心地となった辺りを包む。フラムは上段に構え剣先を外さない──オックスの形に構える。


 その土煙を貫く一筋の水流。フラムを狙って放たれた超高圧のウォーターカッターだ。


 フラムは振り下ろしでそれを弾く。


 構えていたこと、既に神階解放で魔力マギアを高めていたことが功を奏した。


「足元に水を張って、跳躍。空中に逃げた後、爆風を受けてさらに飛んだの? アンタ曲芸師にでもなったら? きっと今よりずっと人気でるわよ」


「残念だが、そんな趣味はない。自分は騎士として、ただ毅然と。持てる力を示すのみだ」


 晴れた煙の中から傷どころか土埃一つないシアンが現れた。


「それはそれはご立派なことで……」


 フラムに油断はない。今度は剣を左脇で構え、頭上高く、八相に似た構えを取る。フォン・タークという構えを迎撃寄りに、フラムなりに改良したものだ。


 対峙するシアンも構えを取る。剣の表刃を下に、いつでも踏み込めるよう中腰に重心を低くしている。テルツァと呼ばれる型に似ていた。


 とても剣の間合いではないのだが、先ほどのようにシアンの剣は。射程内であるし、必殺の一撃が繰り出される距離だ。


 しくも双方が意図するのは同じ狙い。どちらも反撃を狙うものだった。


 見合ったまま、数秒。シアンが口を開く。


「どうした? 今日はいつものように来ないのだな。前までは、こうも攻めあぐねることはなかったはずだぞ?」


 いつもであれば『なによ!』と憤慨ふんがいしながら斬りかかっていただろうが、フラムは応えない。ぐっと口を結び、シアンの問いを聞き流す。あくまで後の先を取る腹積もりなのなろう。


「やれやれ……。どうやらあの男に負けたというのは本当らしいな」


 失望したと言わんばかりに、剣を持ち上げる。位置は高く、表刃を上にしたインブロカータと呼ばれる構えである。その特徴は──


「そこまで腑抜けた貴様にその座は相応しくない。こちらから行かせてもらうぞ──!」


 


 その刺突の速さも相まって視認できないほど鋭くなった細小水いさらみず


 フラムは斬り払いによる防御を即座に諦め、大剣を盾に、再び炎の盾を展開する。


 しかしシアンは止まらない。一足飛びを繰り返すように突きを放ちながら、その距離を詰めていく。


 彼我の距離が短くなるにつれ、シアンの刺突はより先鋭に、激しさを増していく。


 フラムの炎の盾は範囲を絞り、可能な限り魔力をセーブしてはいる。だが、一突き、また一突きと振るわれる度にその存在を薄くしていく。


 遂にシアンが距離を詰め、フラムの大剣が届かんほどになった時、それは起こった。


「あぁ、もう! うっさいのよッ!」


 叫びと共に巻き起こる閃光と大爆発。


 魔力の節約なんて知らんと言わんばかりの烈炎れつえんが、闘技場の中心を舐め取るように焼き尽くす。


 それは近づいたシアンごと焼き払う一撃だったが、彼女は巻き込まれることなく素早く距離を空けていた。


 細剣の技術、というか強みである。かかとをしっかりと地につけているが故のフットワークの軽快さ。攻守の切り替えの早さが活きた。その身を焼かれるよりも早く、フラムの射程圏内を脱していた。


 そしてシアンが飛び退いたことにより、再び一方的に彼女が攻め続けられる距離。フラムも遠距離の攻め手に欠けるわけではないが、有効打を打つのは難しい。


 言うなれば千日手せんにちてである。


 強いて言えば、フラムには都合が悪い。もしシアンがこの展開を繰り返し、魔力量の差ですり潰す選択を取れば分が悪い。無理にでも《弊悪なる倒戈枝レーヴァテイン》を抜き、展開を崩しにかかるくらいしか手がないのだ。


 この詰みに近い展開。己はどうするべきか思案し、フラムは──話しかけた。


「で、こんな展開アタシ全然面白くないんだけど、少しくらいは愉しめるんでしょうね?」


 そんな安い挑発とも取れる言葉にシアンは笑う。


「……フッ、きゅうしたか。貴様から積極的に攻めていれば、こうはならなかっただろうに」


「ちっとも苦しくなんてないわよ? ただ、シアン・アズールの決闘は、なんとも退屈なのねって、改めて思っただけだもの」


 その反応に手応えを感じたのか、フラムは更にあざけり続ける。


「血の気の多い貴様と違って、自分は軽挙けいきょを起こさんさ。だが──」


 シアンはゆっくりと構えを解いた。


 その構えを解き、切先が外れたにも関わらず彼女は圧迫感、存在感を高めている。


 今、かつてないほどシアンの体に魔力が満ちている。静かに、しかし魔力の奔流ほんりゅうが彼女を中心にして渦巻いている。


「──安心しろ。今から自分も出し惜しみなしでいく」


 剣礼サリューの一種か、その細剣を顔の前に構え、地に刃を突き立てるように落とす。


 だが、その細剣は突き刺さることなく、地面に溶けて消える。


 剣を捨てたのではない、変えるのだ。


 彼女らが変貌へんぼうしたのと、ちょうど同じ。更なる存在へと姿を変える。


神階解放ザイン──チャルチウィトリクエ」


 シアンがその伏竜ふくりょうを顕現させた。

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