第11話「氷炭相愛-②」
「
シアンの
一帯を自らの
このように水の上に立つなんて芸当も、場を支配しているシアンには
「くっ……!」
膝下の辺りまで水位を上げた今も、水は放出され続けている。シアンの魔力が尽きるまでこの放水は止まらない。
「あぁもう! わかってはいたけど、空中戦に持ち込むのホント大っ嫌い!」
悪態をつきながら、フラムは上空へ飛ぶ。足場が失せたのだから、逃げ場はそこしかない。
フラムを逃すまいと、丸太のような太さの水流が数本、
「来んなっての!
フラムの背後が爆ぜた。間近まで迫っていた蛟の一撃は空振りに終わる。
単に炎を用いての飛行ではなく、爆風を受けての高速移動。実戦では初のお披露目であったが、連日の練習が実を結んだのだ。
シアンはそれを見て
次々と殺到する水の蛇。水であり
空中を爆破しながらピンボールのように逃げ回るフラムには、目的──いや目的"地"があった。
次々と現れる蛟の突進を
しかし、それを気取らぬほどシアンは愚鈍ではない。
フラムへ迫った一体の蛟が、突如その行く手を
「──ッ!」
分散した結果、致命傷には至らない。だが試合始まって以来、初の被弾だった。
いくつもの蛟を並行して操りつつ、その中の一つを更に分岐させる。シアンもまた天才であり、その
だが、フラムはその上を行く。
蛟の体当たりにより飛ばされた方向──シアンの頭上こそ、彼女の目的地だった!
「一発余計に食らっちゃったけど、これでお見舞いできるわねッ! ──《
大剣の先から投射される一筋の
「ここで切り札を切るか。しかし、この程度か。消耗しすぎたな」
シアンの言う通り、先日クロノとの一戦で見せた一撃よりも展開の規模も速度も劣っている。
彼女は勝ちを確信し、そっと呟く。
「──《
穏やかな水の
大きく顎を開いて、まるで小枝のように炎の枝を砕き、呑み込みながら進む水の
「まだッ……! 《
まだ根本の残る《弊悪なる倒戈枝》を爆破させる。単なる爆発よりも高威力だ。とはいえ一撃で海竜王を打倒できるほどの火力はない。
そう、単発なら。
「これは──! 飲み込んだ炎が導火線のように!?」
その蛇身の全体に散りばめられた枝が、ランプのように赤く点灯する。
次の瞬間、海竜王の
フラムはそれを上回る速度での破壊をやってのけたのだ。
「どう? これがアタシが新しく生み出した《
敢えて《弊悪なる倒戈枝》の枝を伸ばさずに、無駄な魔力消費を減らす。そして必要な箇所のみ開花させる。フラムの課題であった燃費の悪さを解決した技だ。
海竜王の残骸が雨のように降り注ぐ中、シアンは動けずにいた。何かが引っ掛かる。喉に小骨がつかえたような不快感がある。
「……ふむ、もう一度
奥の手を突破されたというのに、シアンは冷静に状況を
疑心は晴れないが、ただの杞憂だと言い聞かせる。《水禍の弥終》を発動したとはいえ、雨により水を生みだす分の魔力は抑えられている。元より魔力食いの激しいフラムとの差はつけた。
「まぁ警戒する必要もなかろう。互いに魔力を使いすぎているからな」
ブラフだ。大技こそ繰り出せないが、神階解放を維持するだけの魔力は十全である。
当初のようなヒットアンドウェイを繰り返すことも可能であるし、魔力量に物を言わせて押し潰すことも出来る。シアンは、もはや"勝ち方"を選ぶ段階にある。
「──そうね、だから次の一撃がアタシの最後の一撃よ」
フラムは覚悟を決めたような言葉に、シアンは身構える。これから繰り出す技が、自分の感じた嫌な予感の気配だと確信して。
「最後の一撃、行くわよ。シアン、アンタにこれが防げるッ!?」
放たれる紅蓮の
けれど悲しいかな。その火球の遅さにフラムの
「随分と──舐められたものだなッ!」
シアンもその対決に乗る。魔力を高め、その透き通るような細剣が青く色付いていく。
神秘の
果たして大火球は両断された。見事に真っ二つに切り分けられる。しかし、断面が爆ぜながらも尚シアンへ向かっている。
「やはり、な。おおかた斬っても再生するような仕組みだろう? 残念だったな。自分が少し魔力を高めれば、切断面に細工するくらいわけない」
こんな風にな──! と更に二の太刀、三の太刀と連撃を重ねる。
シアンが細剣を振るう度、フラムの火球は更に小さくなる。視界を覆うほどの特大の火球は見る影もなく、小さな火の粉になり果てた。
「これで、仕舞いだッ!」
駄目押しとばかりにシアンが剣を掲げると、噴水が如く水柱が湧き出る。散り散りになった火球を覆い、火種すら残さずかき消した。
──視界を塞ぐほどの大炎と、その火球への対処でシアンの意識は逸らした。そこまででフラムの仕込みは完了している。
「そんな大技使ったら──がら空きなのよね!」
叫びと共に、
フラム自ら、シアンの
大剣を
「
躱さず、受けず。掲げた細剣を素早く
シアンもフラムも互いに達人の域である。即座に二の太刀へと移行し、必殺の間合いのままインファイトを続ける。
「どうした!? まさか剣で自分に勝てると思っていたわけでもあるまい!」
手首の捻りで向きを変えられる細剣と、取り回しの効かない大剣の斬り合い。実力の差もあり、自然とフラムは追い詰められていく。
フラムが放った苦し紛れの横薙ぎを、合わせる様に振ったシアンの左手が受け流す。その手には短剣が握られていた。
細剣に合わせて盾の代わりに用いられる
シアンが今日初めて見せた補助武器での受け。無論、利き手には細剣が握られたまま。
「弱くなったのだ、貴様は! 自分以外の、それも知らん男になぞ負けて!」
シアンが想いと共に踏み込み、突き出す幕引きの一刀。会心の
「そうね、アタシは弱い。だからズルさせてもらうわ」
細剣が逸れる。
細剣の側面で起こった"爆発"が、フラムから狙いを外した。
シアンの表情が驚愕に染まり切る前に、フラムは魔力を高めて次の一撃を放つ。
「──今!
フラムの叫びに呼応して、振り切っていた大剣が爆ぜる。
この大剣は解除せず、枝も伸ばさぬまま留めておいた《弊悪なる倒戈枝》。
さしもの大剣といえど、その苛烈な爆破には自身も耐えられず亀裂が走っていく。だが、十分にシアンへ届く。
振り抜かれた胴への一撃、加速したフラムの大剣がシアンをかち上げた。
──宙を舞う彼女の脳内でぐるぐると思考が巡る。斬り合い自体が罠だった……? こんな戦い方をするヤツだったか? この為に魔力を温存していた? いつの間に遠距離での爆破を? なんとか反転して再び攻められるか? ──しかし、何も導き出せない。
「また、アタシの勝ちね」
フラムは祝砲とばかりに、ありったけの火球を上空のシアンへと叩き込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……フラムのヤツとは毎朝模擬戦やってたからともかく、シアンってかなり動けたんだな」
鮮やかな剣技の冴えはフラムに匹敵──いや、シアンの方が勝っているな。純粋な剣技であれば、俺は二人に遠く及ばないだろう。
「あーうん、まーね。まさか雨の日のシアンに勝つなんて。って、ウチは別んことでビビってんだけどね?」
言葉尻を言い淀み、敢えて濁すヴェルデ。はっきりと口にはしないが、こちらを不審者でも見るような目で見ている。
「…………はっきり言っていいぞ」
ヴェルデの言いたいことは、おおよその見当がついている。そして、その内容は俺が聞くべきだろうとも思う。
「ちょいノンデリに、言葉選ばず言うと
「お陰でって言ってくれよ」
斬り合いの中での小爆発。爆風での加速。途中、躱せるかと焚き付けたのは、俺のアドバイスによるものだ。
逆に、大剣にも爆風をのせて剣速を上げたり、その直後の剣の間合いに引き込む挑発。そのあたりはフラムのアドリブだろう。
「あいつは燃費が悪いから、楽に勝てるような組み立て方を教えただけだよ」
スタミナのないフラムが長いこと
爆発での移動も、抵抗する相手を飛ばすより自分の追い風にしたほうが規模が小さくて済む。これもまた節約の一環だ。
「んじゃーさ、君的にはシアンの改善点も見えてるワケ?」
「シアンは──魔力をもっと活かした方がいいな。手元に水の剣を作るより、そのまま相手の方に出すとかな」
特に対フラムに至ってはかなり優勢に持ち込めるだろう。蒸発した水は消えず、そのまま湿気として残るのだから。ひたすら神水を撒いて、どの方向からも剣として実体化できれば効果的だ。
「水の特性があるみたいだから、相手の剣や盾を水として通過してから実体化させるとかかな」
凄まじい剣の腕があるのだから、初太刀でそのまま斬ってしまえばいい。達人の剣が、躱すしかない方法で迫るのは、かなりやり辛いだろう。
もっともこんな卑劣な真似、騎士道を重んじるシアンはやらないだろうが。
「いやー……すごいね、君。すっげーズルだわ」
ヴェルデから乾いた拍手を頂戴した。単に手を叩いて笑われているような気もしないではない。
「あーちゃうちゃう。褒めてんのよコレ。きちんと向き合ってるってか、実戦派なんだね」
「そりゃどうも。妙な能力一本でそういう戦いばかりしてきたからな」
前世じゃ力押しが通用する相手がほぼ居なかった。そのせいで、できることはなんでもやるしかなかった。とても手段を選べるほど、強くなんてなかったから。
ぼうっと手のひらを見つめる。今、俺の力はどれくらいだ? 何かを選べるようになったのだろうか。いくら見つめても手の内は空のままだ。
手のひらとの間に、突如ヴェルデの顔がカットインする。……近いなオイ。
「あ、気ィつけてね。あんまラフプレーするとエクレールの取り巻きからボコされっと思うよ」
……瞳孔のかっ
「もしかして、エクレールって人気者だったりするのか?」
「モチ。実力者の上に面倒見いいし、派閥があるレベルだかんね」
……アウェーか。いや、まぁそもそも俺の勢力なんてないんだから、誰と戦ってもそうなるんだが。一応のホームでもあるというのに、なんというアウェー感。
試合前からやる気が下がった。これ、試合に勝って勝負に負けるって展開じゃないだろうな?
勝ったら勝ったで後々の学園生活に影をさすんじゃないんだろうか。エクレールのヤツはそんなことを決してしないと思うが、取り巻きがどうかまでは怪しいところだ。
「ま、心配なさんな。ウチが応援したげるよ。せーぜー頑張んな」
ぼっち仲間にその背を叩かれ、渋々闘技場へ向かった。
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