安全なループと旅立ちの決意
次に僕が目を覚ました時、そこは見慣れた宿屋「木漏れ日亭」の、自分の部屋のベッドの上だった。
全身が鉛のように重く、ひどい倦怠感がまとわりついている。最後に見た、仲間たちの悲痛な顔が脳裏をよぎった。
「……っ、みんなは!?」
慌てて体を起こそうとするが、激痛が走り、うめき声しか出ない。
「アレン君! 目が覚めたのね!」
声の主は、ベッドの脇でうたた寝をしていたらしい、リナだった。その目には、涙の跡が残っている。
「よかった……。三日も眠り続けてたんだから。本当に、心配したんだからね!」
リナの話によれば、僕が気を失った後、彼女たちがなんとか全員をギルドまで運び、ジゼルさんに事情を話したらしい。
レオたちは幸いにも軽傷で、今はもう回復しているとのこと。そして、元凶であるジークたちは、ギルドから厳重な処罰を受け、この街にはいられなくなったという。
「これ、アレン君にって。レオから」
リナが差し出したのは、一つのずっしりとした袋だった。中には、今回の騒動で手に入れたゴーレムの「制御核(コア)」が入っていた。
「レオが、どうしても受け取ってくれって。君がいなかったら、僕たちは全員死んでいた。だから、せめて一番価値のあるこれを、君が受け取るべきだ、って……」
僕はそれを受け取ると、静かに礼を言った。
リナが部屋を出て行き、一人になった僕は、袋の中からゴーレムのコアを取り出した。
それは、これまで見たどの魔石とも違う、幾何学的な模様が内部で明滅する、美しい工芸品のようだった。
(……GOTOループは、もう二度と使えない。あれは、ただの暴走だ。もっと高度で、安全な制御が必要だ)
僕は、この状況を打開する鍵を求めて、タブレットにコマンドを打ち込んだ。
SCAN TARGET
実行を念じると、タブレットはこれまでで最も激しい光を放ち、ゴーレムのコアを解析し始めた。数分にも感じられる長い時間の後、画面に表示された結果に、僕は息を飲んだ。
// ANALYSIS REPORT //
TARGET: ANCIENT GOLEM CORE (HIGH-GRADE)
CONTAINED DATA:
- Mana Circuits (Complex)
- Structured Logic Properties
NOTE: New command structure has been unlocked.
[CONTROL: FOR...NEXT]
-> Allows for controlled, structured loops.
「……制御された、ループ」
それは、僕が心の底から求めていたものだった。
GOTOのような、暴走の危険を常にはらんだ原始的なジャンプ命令ではない。FOR I = 1 TO 10のように、開始と終了を明確に定義し、指定した回数だけを安全に繰り返すことができる、洗練された制御構文。
僕は、はやる気持ちを抑え、早速新しいコマンドを試してみた。
以前、無限ループの恐怖を味わった、あのCAST "Light"のプログラムを、新しい構文で書き換えてみる。
10 FOR I = 1 TO 5
20 CAST "Light"
30 NEXT I
40 END
実行を念じると、僕の掌に、ふわりと光が灯った。
そして、それは一瞬で消え、また灯る。チ、チ、チ、チ、チ、と、小気味よいリズムで正確に五回明滅すると、プログラムは静かに終了した。魔力の消費も、想定の範囲内だ。
「……すごい」
思わず、声が漏れた。
暴走の危険があった繰り返し処理が、完全に僕の制御下に置かれている。これこそが、僕の知る本当の「プログラミング」だ。
だが、同時に僕は、自身の根本的な問題にも気づいていた。
安全なループは手に入れた。だが、これで組めるプログラムが飛躍的に高度になったわけじゃない。僕の使えるコマンドは、まだ数えるほどしかない。そして、それらを複雑に組み合わせたプログラムを動かすには、僕の総魔力量はあまりにも心もとない。
(……この街にいては、だめだ)
ロックウェル周辺のモンスターでは、これ以上の飛躍的な成長は見込めない。
もっと強いモンスター、もっと未知の性質を持ったモンスターがいる場所へ。僕の魔力量を増大させ、新たなコマンドを解放するための魔石が手に入る場所へ。
僕は、窓の外に広がるロックウェルの街並みを見下ろしながら、静かに、しかし固く、次の街への旅立ちを決意した。
この街で得た経験と仲間との絆を胸に、僕は更なる力を求めて、新たな一歩を踏み出すのだ。
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