禁忌のコードと勝利の代償

壁に叩きつけられた衝撃で、肺から空気が強制的に絞り出される。口の中に鉄の味が広がり、視界が明滅した。

なんとか体を起こすが、全身が悲鳴を上げている。僕の基本的な戦闘プログラムは、このストーンゴーレムには全く通用しない。それどころか、回避するだけで精一杯だ。


「アレン君!」「逃げて!」


リナとカイの悲痛な声が聞こえる。だが、逃げるという選択肢は、僕の中にはなかった。

僕がここで逃げれば、動けないレオも、他の仲間も、確実にゴーレムに殺される。


(……やるしかない、か)


薄れゆく意識の中、僕は一つの可能性にたどり着いていた。

森で一度だけ試した、禁忌のコード。僕の魔力と体を、数秒で限界の先へと引きずり出す、暴走プログラム。


――GOTOループ。


あれを使えば、理論上、僕の攻撃力は無限に跳ね上がる。ゴーレムの分厚い装甲を、貫けるかもしれない。

だが、代償は大きい。最悪の場合、魔力枯渇で死ぬ。そうでなくとも、僕の体はズタズタになるだろう。


(リスクとリターンが見合っていない。だが……)


目の前で、ゴーレムが動けないレオに、とどめの一撃を振り下ろそうとしていた。


(……今、この状況での最適解は、これしかない!)


僕はタブレットを呼び出すと、震える指で、人生で最も危険なプログラムを書き上げた。

狙うは、ゴーレムの動きの要である、右膝の関節部分。あそこを破壊すれば、動きを止められるはずだ。


10 REM -- GOLEM BREAKER --

20 ACTION "STRIKE_RIGHT_KNEE"

30 GOTO 20


僕は、プログラムの実行を念じた。


直後、僕の世界から、思考が消えた。

体が、意思とは無関係に、最適化された最短ルートでゴーレムへと突進する。

そして、右膝の関節部分に、ショートソードを突き立てた。


ガキン! という硬い手応え。

だが、僕の攻撃は止まらない。

突き立て、引き抜き、再び同じ場所を突き立てる。

一秒間に、何十回という、人間の身体能力を完全に超越した速度で、僕の腕はただひたすらに、同じ動作を繰り返していく。


体中の魔力が、まるで滝のように流れ出ていく。筋肉が悲鳴を上げ、骨がきしむのがわかる。

視界が、だんだんと白んでいく。


(まだだ……まだ、倒れない……!)


僕のプログラムは、まだ終わらない。

何度も、何度も、何度も、同じ場所を突き続ける。

やがて、ゴーレムの膝に、小さな亀裂が入った。


ミシッ、と。


その亀裂は、僕の猛攻によって、一瞬にして広がり――


ゴッ!


ついに、ゴーレムの右膝が、内側から砕け散った。

巨体はバランスを失い、轟音と共にその場に崩れ落ちる。


(……やった、か)


僕は、プログラムの強制終了を念じた。

その瞬間、僕の体から全ての力が抜け、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。


最後に見たのは、僕の名前を呼びながら、涙を流して駆け寄ってくるリナと、仲間たちの姿だった。

そして、僕の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。

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