第28話 公爵家の娘
「幼かったあの日、私は貴女に恋心を抱きましたが、それが何故なのかは分かっておりませんでした。月日を経て、あの茶会の時、貴女にある三つの側面に気付きました。これによって、貴女の愛らしさ、優しさ、聡明さ、勤勉さ、そして貴女自身が、それまで以上に麗しく思えてきたのです」
ジョナサンの真摯な言葉は、セフィーヌの胸に深く突き刺さった。彼の想いが単なる幼馴染への懐かしさや好意ではないと、セフィーヌは悟った。
「だから私は、貴女への求婚を、貴女と、チュモー伯爵家と、ベルカント公爵家に申し入れることを決意しました」
「それは一体⋯⋯?」
「貴女は両家の皆様によって大切に育てられたご令嬢なのですから、両家に申し入れるのは当然のことです」
ジョナサンの言葉に、セフィーヌはどう反応すべきか分からなかった。
「私が決意を固めるのと時を同じくして、フェルマータ嬢の婚約が正式に破棄され、婚約者選抜の開催が宣言されました」
ジョナサンは当時を思い出しながら、穏やかに経緯を説明した。
「ベルカント公爵家からの通達は、『ベルカント公爵家の娘の伴侶に名乗りを上げる者に告ぐ』という文言で始まっていました。『フェルマータ嬢の伴侶』とは限定されていなかった。そこに私は希望を見出しました」
ジョナサンはフェルマータに視線を向けた。
「それで、チュモー家に求婚を申し出ると同時に、セフィーヌ嬢への想いを綴った手紙を添えた釣書を、このベルカント家に提出したのです。そうでしょう、フェルマータ嬢?」
セフィーヌは振り返り、フェルマータの姿を見た。侍女に扮したまま『令嬢』の左斜め後ろに控えるフェルマータは、先ほどとはまた違った柔和な笑顔で、セフィーヌたちを見つめている。それはまるで、内緒にしていた誕生日の贈り物で侍女を驚かせたときのような、悪戯っぽい笑顔でもあった。
フェルマータは頷き、説明を始めた。
「わたくしと両親は、この選抜で実力を示すことができる殿方ならば、セフィーヌの隣を任せるのに申し分ないと考えました。そこで、フランセとチュモー伯爵夫妻にもお声がけいたしました。ジョナサン様のお気持ちを秘めたまま、他の候補者の皆様と審査を受けていただき、セフィーヌに愛を告げる権利を掴み取ること。これを条件に、当家は選抜への参加を認めたのです」
フェルマータはフランセに視線を向けた。
「ねぇ、フランセ?」
反対側の壁際で控えているセフィーヌの母、フランセは、何とも言い難い複雑な表情で頷いた。
「セフィーヌが公爵家の使用人のどなたかと愛を育み、夫婦揃ってこの家にお仕えし続ける。それが叶うのならば、わたくしはセフィーヌとチュモー家にとって良い選択肢だと思っておりました。こちらの使用人の皆様は、身元がしっかりしていらっしゃいますからね。ただ……」
フランセは娘に優しい眼差しを向けた。
「あなたにそんな気配が全くないものですから。ジョナサン様がおっしゃる通り、ベルカント公爵家が書状を受け付けている期間中に、ジョナサン様から直接、あなたへの求婚のお話がありました。昔からよく知っている優しいお方ですから、私も嬉しくて。それで、公爵ご一家のご厚意に甘え、この催しに相乗りさせていただくことにしましたのよ」
「お母様!?」
セフィーヌは、その場に立ち尽くすしかなかった。事情を知らなかったのは、自分だけだった。フェルマータの隣では、ヒルダも静かに頷いている。
「昨夜の騒動があり、あなたが無事で本当に良かったと心から思います」
侍女頭は穏やかな声で言った。
「あなたはベルカント家がチュモー家からお預かりしている、大切なご令嬢ですから」
「ヒルダさん!?」
この場では多くを語らなかったが、セフィーヌはヒルダの言葉の重みを理解していた。昨夜、もし自分に何かあれば、ベルカント家はチュモー家に申し訳が立たない。そして、夫人クラウディアから女性使用人の監督を任されている、ヒルダ自身の立場も危うくなる。
更にセフィーヌはこの発言によって、自身が単なる侍女ではなく特別な存在として扱われていたことを、初めて知らされたのだ。
外堀が埋まっていることを理解して、セフィーヌが視線を正面に戻すと、ジョナサンは片膝をつき彼女に手を差し伸べていた。
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