第27話 心惹かれるご令嬢
談話室の重厚な扉が再び開き、最後に入室したのはジョナサンだった。先ほどまでのリカルドやオリヴァーとは異なり、彼は落ち着き払っているように見えた。
ジョナサンは深く一礼すると、「令嬢」の顔をじっと見つめた。彼はこの一瞬で、目の前にいる人物がベルカント公爵家の令嬢ではなく、自分の想い人であるセフィーヌだと確信した。他の使用人に混じって審査に立ち会っていた時と同様の、一度に二回瞬きをする彼女の癖を見逃さなかったのだ。
ヒルダがこれまでと同様に発言を促すと、ジョナサンは頷いて、目の前にいる女性へ語りかけた。
「『フェルマータ嬢』、このような貴重な機会をいただけましたこと、誠にありがたく存じます。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
影武者は平静を装いながら返事をしたが、その内心は揺れ動いていた。ジョナサンがどこまで気付いているのか、まったく読めない。前日の視線の意味を考察する余裕がなかったことが、彼女の平常心を少しずつ削いでいた。
(集中、集中。私は影、お嬢様の影。ジョナサン様の洞察力を試すために、私はここに立っている。完璧に振る舞わなければ……)
彼の話に、影武者は耳を傾ける。彼の言葉の意図を正確に把握しなければ、影武者として的確な返答はできないからだ。
「私には、心惹かれるご令嬢がいます」
ジョナサンは話を続けた。
「彼女は働き者です。主家のために尽力する姿を拝見し、深く感銘を受けました」
それを聞いたセフィーヌは訝しんだ。
(はて? お嬢様がベルカント公爵家のために尽力なさっているのは知っているけれど、それほど「働き者」という印象だろうか? 主家である王家のために働いた経験はほとんど無いはず……。私が知る限り、ミーティア王女殿下の話し相手を務めた程度だ。もしお嬢様がが当主の名代として王宮に出入りしていたら、確実に私の耳にも入っているはず……)
「彼女は強い。今この場で、影武者としてフェルマータ嬢の身代わりを務めるその覚悟と勇気に、私は改めて惚れ直しました。きっと昨夜の騒動の際も、フェルマータ嬢をお守りしていらっしゃったのでしょう」
セフィーヌはひどく困惑した。目の前のジョナサンは「令嬢」が影武者であることに気付いていると言う。そして、その「働き者の影武者」に惚れ直した、と。影武者としてのセフィーヌの思考は、もはや彼の言葉に追いつけなくなっていた。
「そして彼女は、昔も今も愛らしい。その愛らしさは、どんな影武者の装いでもってしても隠し通せるものではありません」
ジョナサンはセフィーヌの瞳を見つめ、はっきりと告げた。
「私が心惹かれるご令嬢、それは、セフィーヌ・チュモー嬢、貴女です」
慈愛に満ちた表情が、セフィーヌの記憶の奥底に眠る過去を呼び覚ます。昨夜見た夢は、幼少期の思い出を映し出していたのだろうか。
「ジョー?⋯⋯まさか、貴方が、ジョーなの?」
驚きと困惑でセフィーヌの声は震えていた。彼の口から飛び出した自身の名前、そしてその真剣な表情。そこでセフィーヌは初めて、彼がこれまでの発言から、一度たりとも令嬢フェルマータへの恋愛面での好意を明確に表していなかったことに気づいた。彼女の目の前にいるのは、幼き日に共に遊んだジョーその人であった。
「ああ、セフィーヌ嬢、覚えてくれていたのですね」
ジョナサンは優しく微笑んだ。
影武者の正体を看破する貴公子が現れたこと。その貴公子がセフィーヌの幼馴染だったこと。いつも侍女として呼び捨てだった彼女が、久しぶりに令嬢として敬称で呼ばれたこと。
そのすべてに驚きすぎて、セフィーヌは頷くことしかできない。
「あの日からずっと、貴女のことを想っていました。貴女が母君とチュモー伯爵邸に帰ってくる日は、いつも心が躍っていたのです。貴女の兄君は、貴女たちが公爵邸に戻るといつも寂しそうにしていました。『妹はベルカント公爵家の養女になってしまったかのようだ』と」
「お兄様がそのようなことを⋯⋯」
「一昨年、貴族の子女が集まる茶会にてセフィーヌ嬢とフェルマータ嬢をお見かけしたときに、彼の言葉を思い出しました。本当に的確な表現でした。その茶会で、一瞬ですが、私もお二方を気品に満ちた姉妹であるかのように錯覚してしまったほどですから。……こちらの事情でご挨拶ができなかったことが、今でも悔やまれます」
「そんな、恐れ多い⋯⋯」
確かにセフィーヌはフェルマータとは乳姉妹の関係にある。それでも、物心ついて以降、侍女は令嬢を姉とも妹とも思ったことはない。
「セフィーヌ嬢、貴女には三つの側面があると私は考えております」
ジョナサンは真剣な眼差しでセフィーヌを見つめた。
「一つはチュモー伯爵家の令嬢としての貴女。一つはベルカント公爵家の侍女としての貴女。そしてもう一つは、もう一人のベルカント公爵家の令嬢としての貴女です」
セフィーヌは息を呑んだ。自身の複雑な立場を、自分よりも深く理解している人物がいるとは思いもよらなかった。
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