第29話 献身と選択

「この婚約者選抜を通して、私は貴女の勇気と覚悟を知り、改めて心を奪われました。セフィーヌ・チュモー様、貴女は、フェルマータ嬢を支える唯一無二の存在です。同時に、私にとってもかけがえのない女性です。どうか、私、ジョナサン・モントリエと婚約してください」

 ジョナサンの言葉に、セフィーヌの胸は熱くなった。彼の眼差しは、単なる幼馴染への愛情を超えた、深く強い想いを物語っていた。

「ジョナサン様⋯⋯」

 震える声で彼の名を呼ぶと、セフィーヌは続けた。

「ありがとうございます。私も、ジョナサン様のことを、心から尊敬しています。貴方の優しさ、誠実さ、そして何よりも、私という存在を理解し、受け入れてくださる温かさに、私は深く惹かれています。貴方の申し出は、大変光栄です」


 しかし、と彼女は言葉を続けた。

「私は今まで、侍女としてフェルマータお嬢様とベルカント公爵家にお仕えし続けることを思い描いておりました。お嬢様とは乳姉妹の関係で、幼い頃より公爵家で育てていただいた深いご恩がございます。お嬢様をお支えすることは、私にとって大切な使命であり、無上の喜びでございます」

 ここでセフィーヌは、ジョナサンがモントリエ伯爵家の長男であることを思い出した。今の仕事と将来のモントリエ伯爵夫人の地位を、天秤にかけなければならない。このことに気付き、すぐに返事ができない。

(どうしよう、この後、どう申し上げれば⋯⋯)


 ジョナサンはセフィーヌの内心の葛藤を気にする様子もなく、穏やかに頷いた。

「セフィーヌ嬢の、フェルマータ嬢にお仕えし続けたいというお気持ち、私も重々承知しております。セフィーヌ嬢にはこれまでどおり、フェルマータ嬢の傍らにいてほしいと、私は願っております」

 セフィーヌの心を見透かしているかのように、ジョナサンは言葉を続けた。

「同時に、貴女自身の幸せも追求してほしいと思っております。そのため、セフィーヌ嬢にご提案がございます」

「ご提案、ですか? どのようなものでしょうか?」

「私は、モントリエ伯爵家の次期当主の座を、弟のジェラルドに譲るつもりでおります。この数年、弟にはそのつもりで家業を教えてまいりましたから」

「えっ!」


 セフィーヌは、驚きのあまり声を上げた。自身の幸福など二の次と考えていたセフィーヌは、ジョナサンの提案にただ驚くばかりだった。

「ご心配には及びません。弟のジェラルドは優秀で仕事にも熱心ですから、私に劣らぬ働きをしてくれるでしょう。次期当主の座を譲り次第、私はモントリエ伯爵家を出てベルカント公爵家の使用人になりたいと考えております」

 ジョナサンはセフィーヌの瞳を見つめ、続けた。

「そうすれば、セフィーヌ嬢はこれまでと変わらず公爵家にお仕えできますし、私も貴女の傍らでフェルマータ嬢と公爵家をお支えすることができます。貴女と共に、フェルマータ嬢の力になりたいのです」

 ジョナサンの言葉に、熱くなっているセフィーヌの胸がさらに揺さぶられた。後継者の道を断ち、一介の使用人となることを厭わない彼の覚悟は、単なる友情や愛情といった言葉では表しきれないものだった。それは、セフィーヌという存在を丸ごと受け入れ、彼女の生き方を尊重し、そして何よりも彼女の幸せを願う、揺るぎない献身の精神の表れであった。


 彼の想いはあの民謡の歌詞のように、モントリエ領に吹いた温かな海風に乗って、街を越え野山を越え、ついにセフィーヌの元へ届いた。

「ジョナサン様⋯⋯」

 セフィーヌは涙を堪えながら、彼の名を呼んだ。


「私は貴女と共に、フェルマータ嬢とベルカント公爵家のために力を尽くしたいのです。貴女が私と共に、フェルマータ嬢をお支えできる道があるのなら、私は喜んでその道を選びます。セフィーヌ嬢、どうか私と共に歩んでください」

 実家であるチュモー家と、長年仕えてきた奉公先のベルカント家。その両方が二人の関係の発展を後押ししてくれている。ジョナサンは、大胆かつ着実にセフィーヌの心へと迫った。もう、迷いはなかった。彼の真摯な想いと覚悟に、セフィーヌは根負けしたと言ってよかった。彼と共に、敬愛する令嬢フェルマータとベルカント公爵家に仕え続ける。それがセフィーヌ・チュモーの選択した道だ。


 ジョナサンが再び差し出した手に、セフィーヌは自分の右手をそっと重ねた。彼の掌から確かな温かさが伝わってくる。流れる涙が止まらず、しゃくり上げながらも、彼女は精一杯の声で返事をした。

「ジョナサン様……貴方のお気持ち、確かに、受け止めました。私、セフィーヌ・チュモーは、ジョナサン・モントリエ様と、婚約させていただきます」

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