第13話
第13話「夜営 ― 森に潜むもの」
木漏れ日の届かぬ樹海の一角、標高の低い岩棚地帯に、三崎たちFチームの臨時キャンプ地が設営された。
「テント設置完了。設営ログも送信済み」
須藤が端末を閉じながら報告する。
「よし。周辺の地形は悪くない。動線も確保できてる」
志麻が頷き、各自の任務確認に移る。
「三崎くん、索敵は?」
「異常なし。熱源・振動・音波いずれも反応薄。現状“静穏期”のままです」
「オッケー。じゃあ、今のうちに物資の整理と夜間体制の打ち合わせしよっか」
森の迷宮には“揺り戻し”がある。
日中の静穏期に油断した探索者が、夜間の環境変動に巻き込まれる例は少なくない。
三崎は装備ケースを開き、《ベクター》の整備と弾倉の確認を行う。
exp反応弾はあと12発。予備の通常弾と合わせて、全戦闘想定数には十分だった。
その横で、翼は腰の剣を研ぎながらぼやいた。
「……もっと質のいいテントを配備してくれないもんスかねぇ~」
「そう言いながらも、刃研ぎは入念ですね」
三崎が笑うと、翼が肩をすくめる。
「お前と一緒だろ?“備えあれば”ってやつ」
志麻が各自にレーションパックを配りながら、柔らかく笑った。
「そういうとこ、ちゃんとしてるのは助かるよ。会社の“開発課”って、ほんとに技術も体力も要る職場だから」
三崎は、ふと辺りの空気に目をやる。
(落ち着いてる。このまま何もなければ、いいんだが……)
そのとき、須藤がタブレットを操作していた手を止めた。
「……あれ?」
「どうかした?」
志麻が振り返る。
「いや、こっちの補助センサーに小規模な振動検知。断続的だけど、リズムが妙に……人工的というか」
三崎が即座に視界をスキャン。
波形がかすかに揺れていた。
(歩行音……? でもこのパターン、二足歩行の人間……か?)
「全員、念のため警戒を。方位、南西。距離はまだあるけど、向かってきてる」
翼が剣を半ば抜き、志麻が音を立てずに立ち上がる。
「まさか……別の探索隊? いや、予定なかったはず」
「事前ログにはなし。端末反応もなし……つまり――未登録の“何か”です」
――迷宮で、登録されていない“誰か”が歩いている。
森の奥から、かすかな足音――それは、明らかに人型のものだった。
「来る……三崎、数は?」
翼が低く問いかける。
「一体だけ。ただ、動きが遅い。こちらを警戒してる可能性あり」
三崎は《計数解析》の視界で波形を確認し続ける。
志麻が軽く手を挙げた。
「姿が見えるまで攻撃しないで。もしもの場合、民間人の迷い込みって可能性もゼロじゃない」
その判断に、三人が頷く。
やがて――
「……だれか、いますか……?」
木々の間から、か細い声が届いた。
現れたのは、薄汚れた簡易ジャケットに迷彩パンツを穿いた、20代後半ほどの女性。
表情は疲弊しきっており、手にしていた探査端末は泥まみれで、すでに電源も落ちている。
志麻がすぐに前に出て声をかけた。
「大丈夫? 君、どこの隊?」
「わたし、物流課の下請けで……搬送路を点検してたんです。でも、あの……出口が……崩落してて……」
(物流課……まさか、あの旧ルートの残留者か)
三崎の脳裏に、ブリーフィングで聞いた“未登録搬送路”の情報がよぎった。
「とにかく、ここに来て正解です。危険な時間帯に迷宮内を単独行動してたなんて、よく無事で」
志麻が女性をテント内に誘導し、須藤が端末から非常対応マニュアルを呼び出す。
「念のため、体温と脈拍計りますね。……あ、栄養ゼリーと水、どうぞ」
翼は警戒を解かず、三崎の隣でぽつりと呟いた。
「……にしても、よく“こっち”に辿り着けたな。直通ゲートの周囲は複雑な迷路になってたはずだろ」
「誘導されてた可能性がある」
「は?」
「害獣の痕跡がない。あのルートを無事に抜けてきたなら、何かが彼女を守ったか、導いたと考えるのが自然」
翼は眉をひそめ、肩越しに女の姿を見やった。
(もしそれが“迷宮の意思”なら……この先、さらに何かが起きる)
そう思った瞬間だった。
三崎の端末に、警告通知が点滅した。
【警戒:階層変動反応】
【位置:第4層-森林区画 南側境界付近】
「階層変動――!?」
三崎が呟いた瞬間、森の奥に響く咆哮。
ただの動物ではない。
獣でも、機械でもない。
“何か”が、目覚めた。
三崎は即座に背後を振り返り、低く指示を飛ばす。
「全員、防御態勢。キャンプを畳まず、迎撃準備――」
“夜営”は、もう終わりだ。
――――
【CHIPS:階層変動とは】
迷宮内において時折発生する、局所的な構造や環境の変化現象を指す。
通常、ダンジョン(迷宮)は安定した階層構造を保っているが、ごく稀に、ある条件下で“局地的な揺らぎ”が発生することがある。これが「階層変動(かいそうへんどう)」と呼ばれる現象だ。
■ 主な特徴
地形構造の変化: 一時的な通路の消失や新たな道の出現
マナ濃度の異常上昇: 特定範囲で魔力の流れが乱れる
害獣(クリーチャー)の異常行動: 活性化、凶暴化、群れの移動など
未知存在の出現: 階層変動中のみ観測される未登録個体の出現例あり
■ 発生原因(仮説段階)
外部からの過剰干渉(高出力スキル使用や武装の誤爆など)
ダンジョン自体の“自己修復”や“適応”プロセス
迷宮深層からのエネルギー逆流
■ 社内対応プロトコル
変動発生が検知された場合、該当階層のアクセス制限と臨時観測班の派遣が通達される。
探索中に遭遇した場合、即時離脱または防衛拠点の構築が推奨される。
階層変動に伴う成果物(特殊鉱石、未知資源、生体サンプルなど)は高評価対象となるが、リスクも高いため、原則は上級者帯に限定されている。
■ メモ
過去に「階層変動」に巻き込まれ、通常では到達できない深層への“落下”や、未知空間への“転送”が報告された例も存在する。
この現象は一部の研究班から“迷宮そのものが持つ意思の現れ”とも推測されているが、証明には至っていない。
――――
「異常反応。三崎さん、これ見て」
須藤が端末のグラフを見せてくる。マナ濃度の推移ログが、なだらかに上下しながら、じわじわと上昇傾向を描いていた。
「……観測ミスじゃないか?」
日比野が覗き込むが、須藤は無言で首を振る。
「定点ログで複数確認済み。微量だけど、安定していた濃度が徐々に変化してる」
三崎は周囲に目を配りながら、足元の地表を確認する。
(乾きかけていたはずの地面が、わずかに湿っている?)
「ここ……下層からの吹き上げか?」
地中の空洞──いや、それだけではない。
「植物の根の張り方も少し変だな」
志麻が小声で言った。「群生域が、自然の成長サイクルよりも速い気がする。ここ数日で一気に拡大してる」
「成長促進現象か?」
三崎の言葉に、須藤が頷く。
「expに近い成分が、自然発生的に地表へ滲出している可能性がある。もしこの植物層そのものが変動前兆にあるとしたら――」
ピッ、と三崎の腕の端末が警告音を発した。
《マナ反応:上昇値 +21%。感知閾値を超過しました》
「来るぞ……」
その瞬間、森の空気が変わった。
風が逆流するように渦を巻き、地面がわずかに揺れる。
「後退!」
志麻が即座に声を上げる。
「俺が前出る!」
日比野が咄嗟に前に出て、腰のナイフを抜いた。
三崎は背後を確認しながら、移動ルートを指示する。
「南東方向。20メートル先に自然の窪地がある。あそこまで下がる。遮蔽物にもなる」
チームが一斉に移動を始める。
木々の根元、胞子を撒くように光る植物が一斉に発光しはじめた。
マナ濃度の急変に反応した“何か”が、眠りから覚める兆候を見せていた。
「こんなに早く階層変動が起こるなんて……」
志麻の表情が険しくなる。だが、その声には動揺よりも観察者の冷静さがあった。
三崎は振り返り、最後尾を確認しながらこう呟いた。
(現場で動いてるのは俺たちだ。なら──判断も、俺がする)
チームが安全な位置へと退避した瞬間、背後で“何か”が地中から隆起するような重い音を立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます