第3話 取り調べ室

 灰色のコンクリート壁に囲まれた取り調べ室。

 中央には無骨な金属製のテーブルが一つ。その両脇には、椅子が二脚、向かい合うように配置されていた。


 手錠をかけられた直人は、そのうちの一脚に座らされた。

 状況を未だ把握できていない直人は、座るや否や、手錠の付けられた手で、顔を覆った。


「なんで、僕が……こんなことで……」


 その小さな呟きを無視するかのように、強面の中年警官が尋問を始める。


「確認するが、お前は駆け込み乗車を行ったのだな!」


 直人はまだ混乱していた。

 時計の針が聞こえてきそうな長い沈黙。


 その沈黙に、警官がしびれを切らす。


「質問に答えろ!」


 気が強いほうではない直人は、


「……はい……でも……」


 と小さな声で答えた。


 社会正義に満ちた警官は、直人の罪の重さを認識していない態度に苛立った様子を隠さない。


「今回が初めてではないだろ。犯罪者が一発目で捕まるなんてほとんどないんだよ」


「で、でも……たかが駆け込み乗車ですよ」


「たかが、駆け込み乗車だとぉ!? ふざけるな!」


 警官は、机をバンッと力強く叩く。

 低姿勢で対応していた直人は、高圧的な警官に怒りを覚え、逆切れする。


「ちょっと駆け込み乗車しただけじゃないですか! しかも、バッグをはさんだだけで、3分以上遅延するなんて。きちんと整備していないのが問題なんじゃないんですか? いつもは大して遅れないのに」


「いつもは大して遅れないとだとぉ!? それはな。鉄道会社の人達が必死に間に合わせようとしているからだ。お前のような電車を遅らせる輩の尻拭いをしっかりしているからだ。過去には、運転手が遅れを取り戻そうと、速度オーバーし、悲惨な事故も発生している。お前が乗ろうとした電車がなぜ遅れたのか憶えているか?」


「えぇと……」


「安全確認だ。お前が無理やりドアにカバンをはさみ込み、安全確認させた。乗客輸送はなによりも安全であることが求められる。電車が遅れて、お前のような輩から文句を言われようとも、鉄道会社の人達は安全が最も重要だと理解している。しかし、まったく、反省の色がないな」


 その時、ドアが開き、若手の警官が資料を差し出す。


 強面の警官は書類に目を通し、納得したように頷いてから直人に目を向けた。


「お前、過去にも駆け込み乗車をしているな。お前は、『公序秩序維持法』が施行された4月以降、23回駆け込み乗車に失敗し、電車を遅らせている。資料によると、合計で0.48人分の人生を奪っている。今回のと合わせて、1.51人。四捨五入すりゃ2人になる。知ってるよな? 2人以上の強盗殺人はほとんどが死刑だということを。今回はどうなるかな」


「えっ……」


 警官は、パタンと資料を閉じると、冷ややかな口調で続ける。


「ま、ともかく今日はここまでだ。これから、お前を留置所に移す。そうだ、 お前、世界で最も利用者数が多い駅は知っているか?」


「えぇと……ロンドンですか?」


「違う。新宿駅だ。お前が止めた山手線にある新宿駅だ。一日に360万人もの人が利用する。二番目は?」


「……パリ?」


「渋谷だ。こちらも山手線にある。ちなみに3位も山手線にある駅『池袋』だ。そして、上位23位まで全て日本の駅だ。これはどういうことかわかるか?」


「日本の首都圏が過密だから……ですか?」


「違う! これだけの乗客を輸送できるのは日本の鉄道会社の人達が頑張っているからだ! そして、なによりも、利用者の多くの日本人が規律を守っているからだ。この世界でも稀有な輸送量を時間通りにこなせるのは、規律正しい日本人が一人一人周囲のことを考え、マナーを守り、利用しているからだ! この優れた鉄道網は鉄道会社職員とお客の双方の協力の上で成り立っている。

 一方、お前は身勝手にも、駆け込み乗車を行い、秩序を破った。世界に誇るこの日本の鉄道網の脚を引っ張り、汚したのだ! お前は、日本の恥晒しだ!」


 そう言い捨てると、警官は取り調べ室から出て行った。


 そして直人は、1月の寒さが骨身にしみる留置所に連行されたのだった。

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