第2話 公序秩序維持法
警官の逮捕の宣言に、またも、周りの視線が直人に刺さる。
「えっ、僕が殺人!? えっ、えっ、何かの間違いでは!?」
狼狽える直人に警官は凄んでみせ、
「間違いではない。鈴木直人、お前は25分前、目白駅で駆け込み乗車をやっただろ」
「駆け込み乗車? そういえば……あっ、はい……でも、殺人なんてやってません。仕事に遅れるんです! 早く離してください!」
「罪状認否で罪を認めたな。お前は、知らないのか? 4月から施行された『公序秩序維持法』を」
「公序秩序維持法?」
「お前が駆け込み乗車を犯したことで、当該電車は、3分42秒遅れて出発した。この山手線の電車は11両編成で、定員は1両当たり150人だ。そして、お前が駆け込み乗車をしたのは通勤ラッシュ時で、その混雑率は160%。
つまり、
『11両×150人×160%=2640人』
が、お前が乗った電車に乗っていた。そして、目白駅から上野駅までの入れ替え率が75%であり、
『2640人×175%=4620人』
が、お前の駆け込み乗車の影響を受けたのだ。
しかし、遅延はお前が乗っていた電車だけではない。山手線は環状線だ。そのため、山手線外回りを走るすべての電車は、運転間隔調整のために、同じ時間分、止まらなければならない。そして、通勤ラッシュ時に、山手線の外回りを走っているのは、計21編成。お前が乗っていた電車以外は、混雑率が170%であり、
『11両×150人×170%×20編成=56,100人』
が乗っている。入れ替え率が100%であるため、
『56,100人×200%=112,200人』
が、影響を受けている。つまり、山手線では、
『4620人+112,200人=116,820人』
もの人々が、お前起因の遅延に巻き込まれたのだ! そして、3分42秒の遅延を引き起こしたお前は、
『3分42秒×116,820人=300日3時間54分』
もの時間を山手線の乗客から奪ったのだ。
しかも、その影響は、お前が乗っていた時間の20分だけではない。通勤ラッシュ時の遅延は、運送量の減少を意味する。一方、通勤するため電車を利用する人は変わらない。結果、混雑が発生する。この混雑は、さらなるトラブルや乗車時間の長期化をもたらす。お前も見たことがあるだろう。満員となった電車のドアを閉めるために、乗客や駅員が四苦八苦しているところを。
遅延は通勤ラッシュが落ち着く10時まで続く。山手線の平均乗車時間が20分であるため、乗客の回転率は、8時50分から10時00分までの70分で、
『70分/20分=3.5(回転率)』
となる。つまり、
『(2640人+56100人)×3.5(回転率)=205,590人』
に影響を与えることになるのだ。そして、トラブルや乗車時間の長期化で遅延時間が25%増えると、その影響時間は、
『3分42秒×125%×205,590人=660日7時間34分』
となり、先の結果と合わせると、乗客の遅延時間合計は、
『300日3時間54分+660日7時間34分=960日11時間28分』
だ。しかもこれは山手線だけでだ。
山手線は、中央線、埼京線などJR線だけではなく、地下鉄など各私鉄への接続にも重要な役割を果たしている。遅延はこれらの首都圏各鉄道網へ影響する。JR線への影響人数を山手線の3倍とすると、
『(116,820人+205,590人)×3倍=967,230人』
もの人々が影響を受けたことになる。そして、遅延の影響度合いを40%とすると、
『967,230人×3分42秒×40%=994日2時間20分』
となる。一方、各私鉄への影響人数を山手線の3.2倍とすると、
『(116,820人+205,590人)×3.2倍=1,031,712人』
になり、遅延の影響度合いを25%とすると、
『1,031,712人×3分42秒×25%=795日6時間40分』
となる。結果として、お前の駆け込み乗車は、首都圏の鉄道を利用している人々のうち、
『116,820人+205,590人+967,230人+1,031,712人=2,321,352人』
もの人たちの、
『300日3時間54分+660日7時間34分+994日2時間20分+795日6時間40分=7年193日20時間28分』
もの時間を奪ったのだ!
そして、この時間は、『必要不可欠な時間』ではない。
『必要不可欠な時間』というのは、生きていくのに必要不可欠な時間という意味だ。人は、人生の1/3を睡眠時間として過ごしている。また、食事、トイレ、そのほか、化粧や髭剃りなどの身だしなみ、入浴、歯磨きなども不可欠な時間である。そして、なによりも、働く時間や勉強する時間は、生きていく上で必要な時間である。結果、人生において自由になる時間は20%ほどだ。
通勤ラッシュの遅延で、仕事の開始が遅れた人たちは残業を、学校に遅れた学生は追加学習をしなければならなず、自由時間が減る。つまり、お前が奪った時間は、人生で20%ほどしか費やせない貴重な自由時間だ。この自由時間に対し、人生の時間は5倍必要となる。このことを考えると、お前が奪った人生の年数は、
『7年193日20時間28分×5倍=37年231日6時間20分』
だ!
日本人の平均年齢は、47.7歳。そして、その平均寿命は84.1歳。平均余命で見ると36.4年。
つまり、お前の駆け込み乗車は、平均的な日本人を一人以上殺しているのだ!!!
よって、我々はお前を殺人容疑で逮捕した!」
警官の力強い説明に対し、直人はポカンと理解できずにいた。
そして、必死に声を振り絞り、半笑いで反論する。
「えっ……そ、そんな……あり得ないでしょ。たかが駆け込み乗車で殺人容疑なんて……」
「鈴木直人、お前、まだ、事の重大性を理解していないな。お前は、次の電車までの3分を惜しんだために、首都圏の電車の乗客から、1人以上の人生を奪ったのだぞ! たかが、お前の3分のためにだ! そして、それは、時間だけではない。仕事の開始が遅れる金銭的損失、混雑悪化による健康被害など社会的損失もある。いや、これは損失ではない。お前が奪ったものだ。つまり、お前は強盗殺人を犯したのと等しい。死刑もあり得るぞ!!」
「し、死刑!?!? ドッキリか何か? 冗談でしょ?」
「冗談と思うなら、そう思え。弁明は警察署で聞く」
警察官は、力強く直人の腕を引っ張り、歩くように促した。
周りは憐れみや怒り、蔑みの目を直人に向ける。
一方、直人は放心状態で、上野警察署に連れて行かれた。
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