第23話 カスティーヤ公爵
精霊界は色彩が違うだけで人間界に似ていなくもない。地面があって青色の葉が茂った植物が生い茂っている。空気も空も赤い感じでずっと夕焼けのようである。
そういう中を大量の光の粒が移動している。これらは小精霊だということである。
中精霊になると人間っぽい体を取ることができるが、彼らは話をすることができない。ただケラケラと笑っているだけである。
中精霊はそれでも言われたことを理解する力はあるという。なのでジーニーが「カスティーヤ公爵はどこにいる?」と聞いたときにはその方向を指さすこともできる。
ジーニーはもうたくさんの中精霊にカスティーヤ公爵の居場所を聞きまくっている。フライングカーペットに乗ったままなので歩き回ることはないが、大変であることは変わりない。
リア姫はフェンとラピスを従えながら周囲を興味深そうに眺めている。もう随分長い間カスティーヤ公爵のことを聞いていると思う。緑色の太陽も少しずつ傾いてきている。
ふと気になってエフィーに「精霊界って宿屋はあるの?」と聞いてみた。
エフィーはそういえば見たことはないねという。夜はどうするんだろう。
エフィーによると精霊たちは夜も昼もなくただ空中にぷかぷか浮いているだけなのだそうだ。さすがに人間はぷかぷか浮いているわけにはいかないのだけれど。
エフィーは「まあなるようになるんじゃない?」とお気楽なことしか言わない。
そうこうしていると遠くに一際背の高い木が見えてきた。
ジーニーにあの木は何か聞いてみると、ジーニーは呆れたように「ああ、あれは世界樹ですよ。精霊界には何本か生えていますが、あれこそが精霊界の力の源泉、精霊たちはあそこから生まれるんですよ。」と教えてくれた。
多分、精霊たちが指しているカスティーヤ公爵の居場所はあの世界樹のようなのである。
世界樹に近づいてくると、世界樹の葉っぱが風に揺れるたびにそこから様々な色の光、つまりは小精霊のことだ、が大量に生まれていることがわかった。
生まれてきた小精霊たちはそのままふわふわと空中を漂い続けるのである。精霊たちに「家」という概念がなさそうなのは当然のことかもしれない。
その世界樹の周りを調べてみると一軒の館を発見した。
場違いな建物であるがもう場違いすぎて存在感を醸し出している。
どう考えてもここがカスティーヤ公爵の居館だろう。
門から中に入ると扉にはノッカーがついている。
一度ノックしてみると、中から「何もいらん!間に合っておる!」という声が聞こえた。(中に誰かいるじゃない)
二回目にノックすると「誰もおらん!家主は留守じゃ!」という返事が返ってきた。
めげずに三度目のノックをすると「やれやれ、近頃の若者は礼儀知らずばかりじゃ。わしの邪魔をするのは誰じゃ。」という声が聞こえて、程なくすると不機嫌を煮詰めたような顔をした老人が扉を開けて「わしに何の用じゃ。」とあからさまに不機嫌を隠そうともしないで言った。
「はじめまして、カスティーヤ公爵。僕はロゼッタの息子のレーシュです。」
僕は扉を閉められないように足を扉の前に出しながらそう言った。
「ロゼッタ、ロゼッタと、おう、それはわしの娘の名前ではないか。そういえば最近顔を見ないな。」
僕は母がグローランド侯爵家に嫁ぎ、僕を産んだ後に亡くなったことを説明した。
「そうじゃったか。我が娘は人間界に戻って生き、そして死んでいったのか。」
その後、グローランド侯爵が女神のギフトがないと僕を勘当し、更には侯爵が謀反を起こして国王陛下を殺害して国王に即位した話をすると、カスティーヤ公爵は頭に手を当てて「はあ、わしの知らんうちに激動の時代になっておったということか。」と嘆くように言った。
「レーシュと言ったか。お主がわしの眷属であることは間違いない。心配するな。それに女神の加護も強力なものがついておる。」
リア姫もカスティーヤ公爵に言った。
「私はロッシュ王国の王女、リアンノンと申します。レーシュ様は王国のために揺るぎない勲功を立てられているのです。けれども後見がないために私を別の男に婚約させようという輩が絶えないのです。どうかレーシュにご支援いただけないでしょうか。」
「ふん、求婚は男がやるものだ。女が求婚するとは驚天動地の珍事じゃよ。けれども孫が可愛いのはわしも同じ。できることはやってやろう。」
彼は卓上の水晶玉を取り上げた。
「これはわしが精霊界に隠遁するときに領地を放置することが忍びずに水晶玉に封じて持ってきたものだ。これをレーシュにやろう。ついでに公爵の地位もあって損はないだろう。もはやわしには不要のものだ。」
レーシュとリア姫はカスティーヤ(前)公爵にお礼を述べた。
公爵は「何、番は祝福せんとな。この結合に子供が生まれたらわしにも人間界に行く用事ができるわけじゃ。楽しみにしとるぞ。」とニヤニヤしながら言う。
二人は赤面して互いの顔を見合ったのである。
公爵は世界樹のところに二人を案内して言った。
「この世界樹がポータルじゃよ。人間界では世界樹が隠されているから分かりにくいが、こちらから行けばわかりやすいじゃろう。」
そのとき向こうから二人の人物がやってきた。
「おや、精霊王様。これはお久しゅうございます。」
精霊王の側近であるクローヴィスはレーシュに「剣術は成就しましたか」と尋ねた。
レーシュは「魔剣を扱えるようになりました。」と答えた。
それは喜ばしい。我々も祝福を送りましょう。
精霊王は二人に言った。
「今は嵐の時。けれど若い二人は勇気を持って漕ぎ出しなさい。女神と精霊の加護があるように。」
レーシュとリア姫はお礼を言ってポータルを通り抜けた。
ポータルを通り抜けると風光明媚な場所に出た。なるほど後ろには見えにくくなっているけれど確かにポータルがある。これを使えば人間界と精霊界を行き来できると言うことだろう。
前を見ると一人の燕尾服を着た初老の紳士が立っている。
「失礼ですがここはどこですか?」
レーシュが尋ねると、その紳士は快活な表情で答えた。
「ここはカスティーヤ公爵領です。公爵様。この先の領主館で一同、新公爵様と奥様をお待ちしております。私は家令のセバスチアンです。」
なるほど、数分歩いたところに瀟洒な館があり、館の前庭に多くの使用人が集まっており、僕とリア姫がそこに案内されると使用人たちが一斉に「新カスティーヤ公爵万歳、奥様万歳、ようこそ領主館へ」と声をそろえて歓迎された。
「奥様」と呼ばれたリア姫は顔を真っ赤にしている。
セバスチアンに熱烈な歓迎ぶりだね、と言うと、彼は皆、500年ぶりに人間界に戻れたので喜んでいるのですとのことだった。
地図上の位置を聞くとカスティーヤ伯爵領の東側にあった森林と荒地の場所らしい。確かにそこは王都に近いにも関わらず一切の手が入らない不自然なところであった。
館の使用人の把握はリアにお願いして、領地の状態はセバスチアンや文官に確認することになった。
一通りの領地の把握を終え、カスティーヤ伯爵領に使いのものを出して交易路の再開を求めた後、僕は軍隊の責任者と会談した。
今のロッシュ王国には亜人はほとんどいないが500年前のカスティーヤ公爵軍は人間、エルフ、ドワーフがほぼ同数、軍隊に入っていたのである。
軍を引き連れて王宮に入り、王を僭称している実父のグローランド侯爵を排除してシャール王子にご帰還いただき、正統な王として即位してもらうというのが最良のシナリオだろう。
そういうことで僕は公爵領の軍を引き連れて王宮に向ったのである。
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