第22話 極光
翌朝、宿を出て、保存食を買い込む。
今後さらに北に行くと、村はあるだろうけれど、もう町はなさそうだという。
買い物を終えて町を出るとフライングカーペットに乗り込んで飛び立つ。
リア姫が抱えている卵は少し大きくなったみたいで、時々脈動するように震えている。
フェンは北国に来たためか喜んでワフワフ言っている。あんまり喜んでカーペットの上を駆け回ると落っこちやしないかと心配である。
ジーニーに頼んで魔王城の上を飛んでもらうことにした。
魔王城の周りは荒涼たる山地と荒野であり、生き物の姿は全く見えない。
魔王城も何かがいる気配もなくシンと静まり返っているだけだった。
「こんな魔王城に行って何か意味があるのかな。」
「魔王のいない魔王城に行っても全くの無意味ですぞ。」
そうだよね。もし聖女のリアと僕が魔王城に行っても無人ならば何の意味もないよ。
ジーニーは「では北北東に進路を取れ!大陸よさらば!」と言ってフライングカーペットを加速させた。
魔王城の北はもう大陸はなく荒れる海である。
この海を越えるとノルド人の住む地方になる。ノルド人たちは国を形成しているわけではなく部族ごとに住んでいるらしい。ノルド人たちの地は一塊の土地であるとも島々の集合とも言われていてどうなっているのかはよくわかっていないらしい。
何時間も海の上を飛んでゆくとついに海岸が見えてきた。海岸には何頭もの獣が横たわっている。
僕が「あれはアザラシじゃないか。」というと、ジーニーが「いや、あれは百々というものですぞ。」という。エフィーは「あれはアシカに決まっている。」という。
フェンは相変わらず機嫌良さそうにワフワフと言っている。
全くやかましいことこの上ない。
その後も何時間か海岸沿いに北上したところで村のような集落が見えてきた。
その近くに着陸して村の中に入った。
村からは毛皮に身を包んだ人が出てきたが、言葉が全く通じない。
ジーニーが前に出て、その人たちと身振り手振りでやり取りをしている。
ジーニーは戻ってくると、「ここはノルド人の村で宿は食料と交換に泊めてくれるそうです。」と言った。
身振り手振りだけでそこまで意思疎通できるなんてすごい。
僕たちは買い込んでいた保存食の一部を渡して泊めてもらうことにした。
ジーニーによるとこのあたりの人はアザラシを仕留めてもアザラシの肉を生で食べるので調理している保存食がご馳走になるのだそうである。どうして身振り手振りだけでそこまでわかるのかは教えてくれなかった。
アザラシの肉を焼こうかと思ったが、木も生えていない北方では燃料になるものがない。火をつけることはできても肉を焼けないのである。
それで僕たちもおとなしく保存食を食べることにした。
翌朝、僕たちはお礼を言って村を出た。言葉は通じなかったが気のいい人たちであった。
その日は一日中雲の上を飛行した。雲は分厚く、地上の様子は全く見えなかった。
「今日はここで停泊ですね。」とジーニーが言う。僕が地上に降りないのかと聞くと地上は今猛吹雪だと言うのである。
「このフライングカーペットは反重力制御ですし防風防寒機能も完璧ですから。あとは寝相悪くおっこちないようにしていれば完璧です。」とジーニーはいう。
「寝相が悪ければおっこちるのか?」とジーニーに聞くと「このカーペットには柵がないですからね。」と言うのみである。
それって欠陥商品じゃないのか。
なんとか落っこちずに一晩を過ごせたようで、夜明けと共に航行を再開する。雲のため相変わらず地上は見えないのでもはやどこを飛んでいるのかもわからない。
ジーニーが北に向かっていると言うのを信じるしかない。
その日も結局地上に降りることはできず、空の上で一夜を明かすことになった。
異変に気づいたのはその頃である。
太陽の高さが低くなっていないだろうか。
「ええ、そろそろ目的地に近づいた証拠ですよ。」とジーニーはいう。
雲が切れると地上はもう一面の荒野である。
太陽の高度が低くなると光も弱くなり、周囲は夕方のようである。空からはカーテンのように光の帯がゆらめいている。
「これが極光ですよ。」とジーニーが言う。
リア姫は相変わらず卵を抱きながら「綺麗ね。」と感動したように言う。
卵の脈動はどんどん激しくなっている。もう直ぐ生まれるのかもしれない。
はるか向こうに切り立った山が見える。
「あそこが古龍のねぐらですよ。」とジーニーが言う。
フライングカーペットはその山にゆっくりと近づいていった。
山に近づくと、その中腹に大きな穴が空いており、ドラゴンはその中にいるのだという。
フライングカーペットはその大きな穴の中にゆっくり入っていった。
穴の中で青い古龍は起きていた。
龍は穴中を震わせる大きな声で笑った。「じゃあ挨拶をしよう。」
そう言うと龍はいきなり炎のブレスを吐いた。
古龍のブレスだけあって極大の炎である。
「お父さんお母さん先立つ不孝をお許しください。もうお母さんの待つあの世に行ける。」
そう思った時、フェンがワフワフと言って風雪のブレスを吐き出した。
(えっ?フェンリルってブレスを吐くものだったの?)
古龍のブレスとフェンのブレスがぶつかると、お互いのブレスは相殺されたようで消えてしまった。
青龍は「わっはっは、ブレスの挨拶が返されたのは何百年ぶりか。愉快愉快。」と爆笑している。
よく見ると穴の入り口付近には焼けこげた死骸が散乱している。
つまり、「返事」できなかった人たちの成れの果てということであろう。
青龍は笑いを収めると、「ここまできたようは何か」と吠えるように聞いてきた。
「人間が精霊界に至る道を知りたいのです。」と僕が言った。
龍は「はっはっは。みやげが足りん。それを知りたければ私の卵を世界のどこかから探し出し、私の前に持ってくるがいい。」と言う。
ちょっと意地悪すぎないか。龍は意地悪なものということはあるが遠路はるばる会いにきたのにそんなに冷たい言い方はないだろう。
僕はそう思ったが、またブレスを吐かれるのは嫌だったので心の中で言うにとどめた。
するとリア姫が言った。
「もしかしてあなたの卵ってこの子のこと?」
龍は目を大きく見開いた。
「然り!まさにこの卵こそわたしの大事な卵じゃ!」
「もうすぐ生まれるわよ。」
卵の振動は止まらなくなっており、卵のあちこちにすでにヒビが入っている。見ていると、卵が割れ、中から小さな青い龍が這い出てきた。
青い竜はパタパタと飛び上がると、リア姫の後ろに隠れようとした。
「この子はラピスよ。私とレーシュの子供よ。」
リア姫は古龍に向かって堂々と答える。
え?僕はまだリア姫とはキスすらしていないのにいきなり子供ができたの?
僕がショックのあまり何も言えないでいると、古龍はさらに大笑いした。
「そうかもう其方は龍の運命を選び取ったと言うのじゃな。その両親に慈しんで育ててもらうと良い。この世界を広く見聞せよ。」
さらに龍は言った。「この山の頂上じゃ。精霊界へは銀の鍵があれば入れるぞよ。」
「久々の客人で楽しめたぞ。大笑いしたら眠くなった。」
青い龍はそう言うとみんなの見ている前で悠々といびきをかいて眠り出したのである。
僕たちは唖然としながらも再びフライングカーペットに乗った僕たちは穴から出て山のてっぺんに向かった。
山のてっぺんには不自然に樫の木でできた古風だがしっかりしたドアが立っていた。裏側を見てもドアがあるだけである。
ドアノブを引っ張ろうとしても鍵がかかっているらしくぴくりとも動かない。
「そういえば銀の鍵とか言っていたな。」
と、エフィーが懐から銀の鍵を取り出した。
「さすがにご都合主義がすぎる。吟遊詩人の奏でる歌やお話でもそこまで都合のいいことは起こらないんじゃないか。」
僕はそう言って抵抗しようとしたがエフィーはそんな僕の気持を完無視してその鍵を鍵穴に入れた。
くるりと鍵を回して扉を引っ張ると、人間界とは違う景色が広がっている。
「おお。精霊界ではありませんか。みなさん早く入りましょう。」
僕は割り切れない思いを抱えながらドアを潜ったのである。
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