手がかりとファンサ


「ありがとう、大宮さん」


 開いたドアから覗くのは、明神君のにっこり顔。



 芸能科と普通科の境界線を越え、あっさりとわたしに笑顔を見せてきた。

 薄暗い、ほこりの中で見せる大人っぽい顔立ちと輝く茶髪は、ドラマのワンシーンか、はたまたヒロインを助けに来た王子様か。

 というか、これだけで心臓が揺れ動くなんて、どうしたんだわたしは。



 ……昨日も思ったけど、本当にドッキリじゃないわよね? そこの棚の陰に隠しカメラとか置いてないわよね?



「あ、うん。……良いの? 勝手にこっち来ちゃって」

 さも平然と歩いてくる明神君。

 明神君は何度もここから普通科の方へ入ってきてるんじゃなかろうか、そう疑いたくなるほどの自然さである。


「大丈夫さ。この部屋は校舎の奥の奥にあって、先生もまず来ない。こっち側、芸能科の方もここは図書準備室でね。とは言っても実質ただの物置だよ。普通科の方も同じ、行事前に多少先生が出入りするぐらいだ」


 そうなのか。

 確かにあたりを見回しても、ほこりがつもり、乱雑に置かれたいろんな大道具。あちらこちらに積まれた段ボール。少なくとも数日は、誰もここには入っていないだろう。


「じゃあ、先生に見つかることは無い、ってこと?」

「可能性0、とは言い切れないけどほぼ0かな。普通科の方の部屋は鍵がかからないから気をつけて」


 明神君はわたし……ではなくその後ろの廊下に通じる扉を指差す。

 他の教室同様、レバーを下げるとロックがかかるみたいだけども……


「それ、鍵が壊れてて内からも外からもかけられないんだ。で、芸能科の方は鍵がかかるんだけど、こっちはこっちで古いからなのか、上手くやると鍵が無くても外から開けられる」

 

 なにそれ、もう鍵の意味無いじゃない。

「修理はされないの?」

「ほとんど使われないから、わざわざ直そうと思わないんだろうね。とにかく、もし芸能科に忍び込みたくなったら、ここを自由に使っていいよ。あと、普通科の子もここのことは知ってるはずさ。もちろん先生には内緒でね」

「でも、ここを使えば監視カメラを免れて行き来できるって、先生たちは気づいてないの?」

「段ボールがあんなに積まれてドアをふさいでるから通れない、って思ってるんじゃないかな。実際は、頑張って段ボールを動かせばドアを開けられるんだけど。あ、終わったらちゃんと段ボールは戻しといてね」


 そう言いながら、手慣れた様子でどこかからパイプ椅子を2つ持ってくる明神君。


 椅子を立てて向かい合わせにすると、明神君はその一方に座った。

 窓から入ってくる光で、マンガの演出のように顔の一部が影に覆われる。


 もう、何かのボスキャラにしか見えない。

 これからわたしは、このイケメンに問い詰められるのだろうか。

 体が震えているのは、やっぱり緊張しているのだろうか。


 

「さ、座って大宮さん。うわさの情報交換、と行こうじゃないか」

 そのボスキャラが、射るような視線でわたしを見つめる。

 文字通り、芝居がかったよく響く声で。



 ***



「で、これが道の真ん中ぐらいの様子だ」

「へー……」


 わたしは明神君のスマホを覗き込む。

 画面に次々映し出される写真は、どれも似たようなものばかりだ。

 芸能科の制服を着た1人の女子が、張り出した木の枝やクモの巣を避けてポーズを取ったり、ぬかるんだ地面に足を取られそうになっていたり。

 それでも女子の格好は様になっている、さすが芸能科。


「なんか、歩きづらそうな道……」

「だよね。それに全体的に暗い。一応、撮られたのは昼間のはずなんだけど」


 そう言いながら、目の前に座る明神君が顔を潜り込ませるようにして下から覗き込んでくる。

 迫ってくる、切れ長の目の奥の真面目な瞳。



 ――って、近い近い!

 どうして、ファンでもないわたしに、そんなことしてくるのよ!


 もうさっきから、心臓の鼓動を抑えるのに必死なんだけど!

 朝日だったら慣れてるけど、同い年のイケメン男子にこんなことされて、大丈夫なわけないでしょ!


「おっと、ごめん。考えてたの邪魔しちゃった?」

 反射的に上体を引いたわたしに、明神君はにっこりしてピース。


 何なんだ。明神君ってこんなファンサしてくれるタイプの芸能人なのか。さすがアイドルとしても人気なだけある。本当に、わたしじゃなかったら10回は気絶してるぞ。


「へ、平気! ちゃんと考えてるから! やっぱり雰囲気、暗いなあとか」


 思わず適当な言葉が出てしまう。

 あ、でも写真が暗めなのは事実か。


 これらの写真は、明神君が芸能科の先輩男子からもらったという、うわさの裏道の内部を収めたもの。

 その先輩は、写っている同級生の女子と共にこの裏道を歩き、見事カップルに。卒業した今も交際を続けているそうだ。


「大宮さんもそう思う? まあ、小さいとはいえ山の中だし、日差しが届かないってことなのかな」

「地面がぬかるんでるのも、きっと日光が届かないせいね。枝も張り出してるし、歩きづらそう」


 そこで、また明神君と目が合った。

 顔の、光の差している部分がキラキラと輝いてる、のだけど。



 明神君、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してる……なんで?


「正直、カップルが歩くような道じゃない、よね。うわさがなかったら、僕も入ろうとは思わないな」

「まあ……肝試しでももうちょっと歩きやすい道を選ぶわよね普通は。誰がこのうわさを言い出したのかしら」

「それは僕も知らないなあ。でも10年前にはもうあったらしいよ」

「道自体は、それより昔からあったの?」


 あれ。今わたし、ごく自然に明神君に色々聞けてるな?

 正直、緊張で何も話せなくなっても仕方ない、ぐらいに思ってたのだけど。


 こう、会話のリズムが合うみたいな感じ?

 まさかわたしと明神君が?


「だと思うけどね。道の途中に何かあるわけでもないし、自然にできた獣道だろうなあ」

「人の手が入った感じは全く無いわね。動物とかは、いるの?」

「野良猫が迷い込むぐらいはあるかな」


 そう言うと、明神君は椅子から立ち上がって窓のそばへ。

 くすんだガラスの向こう、視線を上げると敷地の裏山が見える。うわさの裏道もあの山の中だ。



「――へえ。ここから景色なんて見たことなかったけど、結構いい眺めだな。知らなかった」


 と、明神君は振り返り、右手でわたしを手招き。

 断る理由もないので、わたしは恐る恐る明神君の隣に立つ。


 ちょうどわたしと明神君が並んだ幅ぐらいの窓からは、中庭でおしゃべりする普通科の女子生徒や、床にモップ掛けをする用務員さんが見下ろせる。


「ほら、ここからも裏山の頂上が見えるよ」


 明神君が指差す先には、確かに山の頂点。

 山と言っても、4階建ての校舎よりちょっと高い程度なんだけど。


「一応、あの道は結構高低差があって、頂上近くも通るらしいんだ。ずっと木に囲まれてるから景色は全然楽しめないらしいけど」

 そうなのか。まあ写真を見る限り景色を見る余裕は無さそうだが。

「だったら余計、歩くのは大変そうね」

「だろうね。それにほら、あんな感じでカラスが飛んできたりもするらしい」


 確かに、山の周りにはカラスが黒い群れを作って飛んでおり、何匹かは木々の中を出たり入ったりしている。

 わたしはなんとなくその群れを目で追っていく。



「で、どう? 僕の情報は」

「わっ!」

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