イケメンはやっぱりわたしを迷わす
カラスの群れが校舎の影に消えた瞬間、覆いかぶさるように明神君の顔が飛び込んできた。しかもとびっきりのキメ顔。
夕日に照らされて、比喩じゃなく本当に輝く茶髪と白い肌。
目やほほまでもが、アプリで加工したのかと思うぐらいにキラキラだ。
わたしは思わず、数歩後ずさり。
そして深呼吸して気持ちを落ち着ける。
どうして明神君はこんなにわたしを驚かせようとしてくるんだ。そのうちわたしだって本当に気絶するかもだぞ。
もしかして、他の女子にもこんな感じなのか。
自覚がないなら、ものすごい女たらしだ。
しかも明神君、基本的に楽しそうなのである。
いや、これも演技なのか? ファンサの延長なのか? 人気の秘訣なのか?
「おっと、そこ危ないよ」
「えっ?」
明神君のことを考えてたから、わたしは足元への注意がおろそかになっていた。
踏み出した右足が段ボール箱の角にぶつかる。
「痛っ!」
思わずわたしは尻餅。
「大丈夫?」
初めて会った時みたいに、近づいて手を伸ばす明神君。
つくづく、こういうときのポーズさえもキマっている。
でも、わたしが反射的にその明神君の手を取ろうとしたタイミングで、前とは違うことが起こった。
「照行! 姉貴!」
「朝日!?」
芸能科側の部屋から、息を切らしながら朝日が入ってくる。
そしてそのまま、わたしに向かっていた明神君の手を取り上げた。
「どうなってんだ? なんで、姉貴と照行が一緒にいるんだ?」
「いや、それより朝日こそどうして」
明神君の言葉も聞かず、朝日はあたりを見回して喋り続ける。
「というか、何この部屋? 姉貴がいるってことは、普通科の敷地なのか? あ、でも、俺境界線超えたっけ?」
どうやら、今の朝日の頭の中では大量の?が浮かんでいるらしい。
まあ仕方ないか、わたしもこの場所はついさっき知ったばかりだし。
「待て、落ち着け朝日、あと手離してくれ、痛い」
「照行、何か知ってるか? ああそうじゃなくて、えっと、姉貴と知り合いだったのか?」
明神君を質問攻めにする朝日。
困り顔になり始める明神君を見て、わたしは自分で立って声を上げた。
「朝日! とりあえず落ち着いて! あと明神君が痛がってる!」
***
「――じゃあ、照行が言ってた普通科への抜け道って」
「うん、ここのことだよ。まあ抜け道といっても絶対安全ではないけど」
わたしの隣で腕を組み仁王立ちする朝日と、壁にもたれかかって余裕たっぷりに答える明神君。
朝日はさっきから目を見開いてバチバチに明神君をにらみつけているのに、明神君の方はどこ吹く風と言わんばかりのリラックスモードだ。
明神君が朝日に、『ミステリの話で大宮さんと意気投合して、色々情報交換しようということになった』的なことを説明している間にだいぶ陽は傾き、窓から2人を照らす光も少なくなっている。
その中で浮かび上がる朝日と明神君の立ち姿は、ドラマのシーンかと思うほどきれいだ。
「朝日も、校内でどうしても大宮さんに会わなきゃいけなくなったときは使うと良いよ。もちろん、先生には内緒でね」
「別にそんなことしねえよ。大体の用事はメッセージ送れば済むし」
本当だろうか。
わたしとしては、朝日の忘れ物を届けに行く、または回収しに行くイベントがいつ発生するのかと気が気でならない。
昔はランドセルを忘れてきたこともあったっけ。
「ところで、僕からも聞いていいかな。なんでここに来たの?」
「そんなの、窓に照行と姉貴が並んでんのが見えたからだよ。見間違いだと思ったんだけどな」
聞くと、放課後になったタイミングで秋津さんから連絡が来たので、しばらく中庭沿いの廊下を歩きながら電話していたらしい。
それが終わってふと中庭の方向を見上げたときに、わたしと明神君が何やら窓際で会話してるのが見えたという。
「一瞬だったけど気になっちまってさ。姉貴、照行と会ったこと無いはずなのに」
「でも、朝日よく扉の開け方わかったね」
「ああ、図書準備室の入口のやつ? なんか押しても引いてもダメで、イラッときて扉の下蹴ったら開いた」
「……まじか。まさか自力で発見するとは」
どうやら、扉の下を蹴るというのが芸能科側の鍵の開け方らしい。ずいぶんと立て付けが悪くなってる扉のようだ。
明神君に皮肉交じりで言われた朝日は口をとがらせたまま、わたしに向き直る。
「というか姉貴、照行と会ったなら言ってくれても良かったのに。なんで隠してたんだよ」
「だって、言えるわけ無いじゃない。普通科のわたしが芸能科の明神君と校内で会ってたなんて」
敷地境界線をまたいではいけないというのは、朝日だってよくわかっているはずだ。
もっとも、その境界線を超えてきたのは明神君の方だけども。
「まあ、そうか」
朝日の表情が柔らかくなり、幼さの残るいつもの顔に戻る。
渋々そうだが、朝日はわかってくれたらしい。
本当は、『うわさについて調べているのをあまり悟られたくない』というのもある。
結ばれるうわさの真相、わたしも気になるけど、朝日だって気になるはず。
自分の好奇心と、朝日の恋心を応援するために、わたしは明神君と情報交換する。
ちゃんと自分の中で考えがまとまってから、朝日に話したい。
それに、明神君からは伊那沢さん情報も聞き出したいのだ。
朝日が、おそらく初めて真面目に好きになったであろう人、姉として気にならないはずがない。
「で、照行。姉貴になんか変なことしてねえよな?」
「変なこと?」
「変なこと…………例えば、姉貴が嫌がること、とか?」
そこ具体的に考えてないんかい。
わたしが嫌がること、まず思いつくのは朝日を侮辱されたときだろうか。
「後は……」
「大丈夫だよ朝日。大宮さんの嫌がることはやってないし、これからも絶対しないから。あ、でも」
そう言うと、明神君はわたしに向かって歩いてくる。
そして、右手でわたしの顔をそっと下から持ち上げた。
って、え!?
さすがにわたしも、一瞬気が遠くなりかけた。
もう、そのまま恋愛ドラマの1シーンじゃないの?
さらに眼前に迫る明神君の顔も相まって、わたしはもう何がなんだか状態。
これじゃあ本当に、お姫様を落としにかかる王子様だ。
混乱のあまり汗が出てきそうになるのを必死にこらえる。
体全体が火照っていくのを感じる。
明神君、いくらなんでもこれは! ファンサの域を超えているような……
「これぐらいは、時々やるかも。振り付けでも撮影でもある動作だけど、意外と練習相手がいないと難しくてさ」
「だったら、姉貴じゃなくてもクラスの男子とか、家族とか、マネージャーさんとかでもいいだろ」
「いや、身長とかがイマイチ合わなくて。大宮さんはちょうど良かったんだ」
そこで明神君は朝日の方ににっこり。
朝日の方は、逆に顔が険しくなる。
「言っとくけど、姉貴は照行ファンとかじゃないんだからな」
「わかってるって。僕だって大宮さんと会う主目的は情報交換のためなんだからね。朝日が何か不利益になることは無いから」
ん、やっぱりまだ、朝日と明神君の間には火花が散ってないか?
「それに、大宮さんは朝日に付き添って、朝日の仕事現場にも行ってスタッフさんたちと話してるんでしょ? もしかしたら僕が知りたかった共演者さんの情報とかを大宮さんが持ってる可能性もある。もちろん僕からも大宮さんからの質問には答えられる限り答えるよ。特に文句ないでしょ?」
すると今度は、明神君が左手をポンとわたしの右肩に置いてきた。
本当にごく自然に、なんの演技感も無く。
一拍遅れて、わたしの心臓が飛び出しそうになる。
これが、売れっ子芸能人男子の距離感……なの?
「う〜ん…………わかったよ。でも姉貴を傷つけたりとかすんなよ」
不満げな表情が抜けないまま答える朝日。
振り返ると、隣の明神君が、笑顔ながらもどこか遠い目になっている、ような。
でも、すぐ明神君はにっこり笑顔に戻る。
今までたくさんの女性をとりこにしてきた微笑み。
「当たり前じゃないか。クラスメイトの姉にそんなことするわけにはいかないだろ。僕みたいな立場の人間は余計に」
そして、窓のカーテンを明神君が閉め、部屋はまた薄暗くなる。
「じゃあ、僕はこれからスタジオレッスンがあるから失礼するよ」
「お、おう。じゃあな照行」
「明神君、今日はありがとう」
素っ気なさそうな朝日に続いてわたしも言葉を返すと、明神君は再び芸能科側の部屋へ。
と、そっちの部屋で姿が見えなくなりかけたところで、その明神君が振り返ってきた。
「そうだ、大宮さん……ああ、それだと2人ともになっちゃうから紛らわしいな」
そこで明神君は、呼吸を整えるかのようにほんのわずかな間を置いて。
「瑞月ちゃん、この土日でこっちでも情報集めてくるから、次の月曜日にまたここで会おう」
……!?
声にならない声が上がりそうになるのを、わたしは条件反射で押し留めた。
でも、留められなさそうなぐらい、わたしには今日一番の衝撃だった。
――今、わたしのことを、名前で!?
「ったく、照行やっぱすげえやつだな……って姉貴? どうした? おーい?」
――朝日が呼びかけてきても、わたしはしばらく反応できなかった。
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