気づいたら、協力はじめました


「そうかそうか、実は僕もなんだ。面白いよね、推理モノの設定みたいで」

 でも、この明神君の言葉で、わたしが次に聞こうと思っていた言葉は吹き飛んでしまった。


「僕もあのうわさは気になってるんだ。でも、相手もいないのに道に入ったところでなんの検証にもならないし、写真で見る限りではなんの変哲もなさそうな獣道っぽいし」


 え、写真?


「けど、確かにあの道を通ってお付き合いを始めたカップルはたくさんいるんだ。僕が中等部にいる間も、何組もいたし。僕の知り合いも含めて」


 ちょ、ちょっと待って明神君。

 わたしが思ってた以上に、話してくれるわね?


「だから、何かしらちゃんとした原因があると思うんだけどね。まあオカルト的なものでも、僕は全然構わないのだけど」

「その……明神君」


 言葉が切れたタイミングで、わたしは口を開く。

 そして一度冷静になる。


「もしかして明神君、結構うわさのことちゃんと気にして、調べたりとか……してるの?」

「いやあ、そんな大げさじゃないよ。でも好きなんだ、学校の謎とかそういうの」



 明神君がにっこりと笑う。

 威力が抜群すぎて、わたしじゃない女子だったら倒れているんじゃなかろうか。


 思わずわたしは自分の顔を右手で抑える。――風邪をひいたときみたいに熱い。

 明神君という光源から出た光が、わたしの身体に色々働きかけてるような……そんな気さえする。

 売れっ子芸能人というのは、ファンでもない人の心をここまで動かすものなのか。



「……あっ、そうよね。出てるもんね、『探偵教授は迷わない』」

 それでもなんとか頭を落ち着けて、照行君がメインキャストで出演している推理ドラマをわたしは挙げる。

 軽い作風ながら、わたしのようなミステリをがっつり読み込んでる層にも好評な人気作品で、すでに続編の制作も決まってるはず。


 仕事がきっかけで関わったものに、個人的な興味を持つようになっていくのは、秋津さんによると芸能界では珍しくないらしい。



 けど、そうではなかった。

「ああ、あの作品に出られているのは嬉しいし楽しいけど、この手のやつが好きなのはそれよりも前からだよ。『氷結の謎』シリーズとかずっと読んでてさ」

「えっ、うそ! わたしも大好き!」


 中高一貫校を舞台にした人が死なないミステリの傑作、と言われる『氷結の謎』シリーズ。

 わたし含め映像化を望むファンも多い作品だけど、今のところそういう話は聞かない。


 だから、明神君が読んでるとしたら、それは仕事の一環としてではなく、きっと。


「最新刊読んだ? あの映画研究部の回」

「ああ、上映が始まる前にトリック見破っちゃうやつだよね? あれすごかったな、ちゃんとキャラ同士の関係性を踏まえた上での論理展開で。僕も考えてみたけど、さすがに被害者までは特定できなかったよ」

「わたしも。その前のストーカー回に伏線が仕込まれてるとは」

「そこは僕ちょっと予感してたんだけどね。ただあんな回収の仕方をするとは」


 ちょっと待て明神君、めちゃくちゃ楽しそうに話すじゃないか。しかも演技という感じがしない。

 演技上手な明神君ならそれらしく振る舞うことも可能なのかもしれないが、だとしてもわたしと無理に話を合わせる理由はあんまりない。



 もしかして明神君、結構本気でミステリ好き?



「いやあ、まさかこういう話が同級生とできるなんて。最近は原作ありの推理ドラマも増えてきてるけど、放送前から原作を好きで追ってる人はなかなかいないし。もしかして、朝日もこういうの好きなの?」

「ううん、朝日は全然。基本マンガで、小説は仕事で必要になったときぐらいかな」

「そっか。まあとにかく、大宮さんが例のうわさを気にする理由がよくわかったよ。大宮さんはやっぱり、うわさの真相が知りたいの?」

「それはもちろんよ」


 朝日のためにもなるかもだし、やっぱり気にならずにはいられない。

 明神君の後ろの隙間から伸びていく道の向こうにどんな秘密があるのか。



 そして明神君自身も気になってるんだろう。

 好きなものという共通点がわかって、なんだか明神君との距離が若干近づいたような。



 でも、それでも次の明神君の言葉には、さすがに面食らってしまった。

「じゃあ、僕も協力するよ。大宮さんは普通科だから、手に入れづらい情報とかもあるでしょ」



 ……!?



「い、いや、大丈夫よ! そういうのは朝日に聞くし!」


 もうわたしの動揺なんて隠せない。恐れ多すぎる。

 明神君は、ちょっと芸能界に詳しいぐらいの一般人であるわたしが組んでいい人間じゃない。


 ミステリ好きというところで距離が近づいたとは言っても、もともとの距離からしたら微々たるものなんだ。


 明神君の言う通り学校では同級生かもだけど、それでも普通科と芸能科の間には超えちゃいけないものが存在する。

 ましてや、人気実力ともトップクラスの明神君とわたしの間には、どれだけ多くのものがあるんだろう。


「そうかな、でも朝日より僕の方がうわさについても良く知ってるよ? 実際にあの道に入って結ばれた人とかも知ってるし」


 むむ、確かに。

 明神君が芸能界に持つパイプは、朝日のそれよりもきっと多くて太いはず。

 他の人脈も多いだろうし、何より明神君が呼びかけたら必要な情報はすぐ集まるかもしれない。



「け、けど、明神君仕事で忙しいでしょ? 売れっ子なんだし」

「まあそうだけど、これは僕の好きでやってることだからねえ。それに僕は、気になったことはとことん突き詰めたいんだ」


 そういえば朝日も、自分の演技について納得行くまでずっとスタッフさんと話してたりするな。

 家でも、わたしが問題ないんじゃないかと言っても。

「そうなんだけどさ……こう、しっくり来ねえんだよ……」

 と、ずっと頭をかきむしったりしている。


 妥協をしてしまうと、きっと芸能界では戦えないんだ。



「僕の方も行き詰まっていたところでね。協力してくれる人が出てくれるのは本当にありがたい。しかも普通科の目線は僕ら芸能科とはまたちょっと違うからね」


 明神君はまた、わたしの方に一歩近寄る。


 いつの間にか明神君の踏み出した右足は、普通科側との境界線をまたいでわたしの方へ。



「大宮さんさえ良ければ、いいかな。気になることがあれば、問題にならない範囲で何でも答えるよ」



 キリッと引き締まった顔になる明神君。

 茶髪を軽くかき上げ、濁りのない瞳でこちらを見つめる表情は、真剣そのもの。

 抑えていても、自分の心臓が、遊園地のアトラクションみたいに激しく揺れているのを感じる。



 ……はあ。

 これは明神君、わかってやってるな。

 自分がこの顔でお願いしたら、断れる女子なんているわけない。

 自分にはそれだけの魅力がある。


 そう自覚してないと、カメラも何も回ってないところでこんなキメ顔するわけがない。



 ――ダメだ、やっぱり落ち着いてられない。

 ドラマで明神君がこういう仕草をしても、全然耐えられるだろう。

 けど、今の明神君の顔は、はっきりとわたしに向けられたものなのだ。


 一般人女子に芸能人男子がこんなことするなんて、ずるくないです?

 ドッキリじゃないですよねこれ?



「わ、わかったわ……よろしくね、明神君」


 わたしの声は、消え入りそうになっていた。


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