超イケメンはわたしを驚かす



「大丈夫です?」


 再び茂みの中に入ってしまったわたしの目の前に差し伸べられた手。

 わたしは思わず、その手の主に向かって顔を上げる。



「あ……」



 テレビや雑誌で幾度となく見てきた顔が、そこにあった。

 日光の反射できらめく、白い素肌と明るい茶髪。

 大人っぽい切れ長の目に、すっと整った顔立ち。

 誰もが納得する、美形の超イケメン。メイクとかしてないけど、間違いない。


「明神、照行、さん」

「うん、そうだよ。あれ……君は」


 目の前のイケメンは、わたしの方をまじまじと見つめている。


「わたしがどうかしましたか?」

「いや、えっと……君、同い年か。普通科の子だね。ああ、僕は君の言う通り、明神みょうじん 照行てるゆきだよ」


 にっこりと微笑む彼。その顔があまりに完璧すぎて、黄色い声が出そうになるのをわたしは必死で抑える。

 普通の人より、芸能人は見慣れてるはずなのに。どうしちゃったんだわたし。

 画面越しに見るよりも、ずっと破壊力が高くて、本当に別世界の人のよう。

 朝日相手でも、こうはならないのに。


 別世界の人、もとい明神 照行。俳優の父を持ち、幼少期から子役として活躍する一方、現在はアイドルグループ『ダイナーズ』の一員としても活動。歌もダンスも演技もこなす人気子役アイドルで、ドラマから歌番組からバラエティから、とにかくどこでも輝けるマルチな才能の持ち主。

「多分、今の青修で一番の子じゃないかな。人気も実力も」

 秋津さんがそう言ってたから、青修で朝日と同じクラスになったことは知っていたが。



 こうして近くで見つめられると、否が応でも緊張しそうになる。


「あ、はい。存じ上げております」

 なぜか変な敬語が出つつも、裏返りそうな声を抑えてなんとか自力で立ち上がるわたし。

 ここで明神君の手なんて取っちゃったりしたら、本当にわたしも別世界へ行っちゃいそうだ。

 特に明神君ファンでもないわたしが、やすやすとそんなことしちゃいけない。



 立ってみると、明神君の背はわたしや朝日と同じぐらい。

 ガタイも別にいいわけじゃない。なのに。


「いやいや、そんなに固くならなくていいよ。ここでは同級生なんだし」


 明神君は言うけど、やっぱりわたしと同い年には思えない。

 芸能人のオーラを、高校1年生にしてすでに完璧にまとっている感じがする。

 


 と、そのオーラが突然近づいてきた。


「それより君……やっぱり誰かに似ているな」

「わっ!」



 明神君!?

 

 迫るイケメンに、わたしの心臓の鼓動が一気に速くなる。


 顔が火照って、体温も2,3度上がったような、そんな気さえしてしまう。


 そのわたしの顔のすぐ目の前まで、明神君の顔が近づいてきて。

 って、どうしてそんなにわたしの顔が!




「――ああ、もしかして朝日に似てるのか? いや、でも」


 そうか――明神君から見ても、やっぱりわたしと朝日は似てるのか。それで気になった、と。

 でも、わたしよりずっとずっと朝日の方が顔は良いはずなんだけど。

 もしかして、朝日の顔を普段から見慣れてるわたしは、周りと認識がズレてる?


「あっ、うん。わたしは大宮 瑞月。大宮 朝日の双子の姉」


「そうか、言ってたなあ。朝日、普通科に姉がいるって。なるほどなるほど」

 明神君はつぶやきながら、一人納得した様子。


 それこそ幼稚園の頃とかは、先生がわたしと朝日を見間違えてまごついてたりもしてたけど、そんなのは昔の話だ。高校生にまでなった今、わたしを見て即座に朝日の姉弟だと分かる人なんているのだろうか?


「じゃあ、お互いまた会うかもな。よろしく、えっと……大宮さん」

「よろしくお願いします」


 衝撃で速くなってた呼吸を何とか落ち着けて、わたしは言葉を出す。



 朝日の付き添いで現場に行ったら、他の芸能人から話しかけられるってことは、わたしも一応あった。

 でも、それはそういう場所に行くから心の準備ができていたのだ。秋津さんも基本すぐ近くにいたし。


 いくら青修が芸能科を併設しているといっても、学校でいきなりこんなことになるなんて思ってない。


 普通科と芸能科は敷地内でもきっちりと分けられてるし、昇降口とかも別だ。登下校時に朝日以外の芸能科の生徒とわたしが会うなんてこともほとんどない。


 なのに、まさかこんなところで明神君という人気芸能人に会うなんて。



 わたしはあたりを見回す。

 ここは敷地の端っこ。向かって右側には、建物のたぐいは無い。完全に行き止まりになっている。


 つまり、明神君は通りがかったというわけではないのだ。



 ――あれ、じゃあいったいなんのために?



「あの……明神君」

「ところで、大宮さんはどうしてまたこんなところに」



 2人の声が被って、わたしの声が止まる。



「あ、いえ、わたしは、決して芸能科のところに入り込めるな、とか思ってたわけではなく」


 わたしの立っている位置と、明神君の立っている位置の間には、地面に1本の白線が引かれている。

 普通科と芸能科との敷地境界線。端から端まで、校舎の中を通って学校の敷地を二分する。


 校則に明記されてるわけじゃないけど、絶対にこの線をまたいで芸能科の敷地に入らないよう、先生から厳しく言われた。朝日に聞くと、芸能科でも同じように普通科の敷地に入るなと言われたという。



 わたしと明神君の間には、立場の違いだけじゃなく、物理的にも壁があるのだ。



「ああ、わかってるよ。入り込むにしても、わざわざここまで来る理由がないからな。校舎の中で人のいないところを狙えばいい」


 なるほど。中学からいる明神君は、わたしよりも敷地のことをよく知っているはずだ。きっとこんな敷地の端っこよりも、先生の目を盗んで境界線をまたげそうな場所に心当たりがあるのだろう。



 と、明神君は親指で後ろを指さした。

「あの裏道が気になったんでしょ?」


「は、はい!」

 明神君の動作は、一つ一つがキマりすぎている。

 常にカメラを意識している、って感じ。


 わたしの目的を見破られたことに加え、明神君の振る舞いがわたしを動揺させる。

 わたしは今、ドラマの中にいるのか?



「もしかして大宮さん、気になる人がいるの? それで例のうわさを聞いて」

「違う違う!」


 わたしは食い気味の否定。

 何言ってるんだ、明神君は。まだ入学して1週間だぞ。



 ……って、その1週間で恋をしちゃったんだった、うちの朝日は。



「ああ、でもうわさを聞いたのは本当。わたし、ああいうの気になっちゃうから……」


 明神君はもちろんうわさを知っているだろう。それもわたしや朝日より詳しく。

 朝日のために何か、情報を仕入れることはできるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る