うわさと一目惚れ


 ――わたしと朝日が通う青修せいしゅう中学・高校は、本格的な芸能科を持つ珍しい中高だ。

 各学年7クラスのうち、A~F組が普通科。G組が芸能科。

 芸能科の入学資格は、筆記試験での合格に加えて面接で評価を得ること、そしてどこかしらの芸能事務所に所属して芸能活動をしていること。

 つまり芸能科の生徒は、みんな芸能人。テレビやネットや雑誌でよく見かける人たちがゴロゴロいる。


 そして、これは勝手なわたしの偏見だけど、芸能人は年齢性別問わず、うわさが大好きだ。



「へー、ほんと?」

 わたしは普通科1年C組、朝日は芸能科1年G組。

 朝日が耳にしたということは、芸能科ではすでに広まっているうわさなんだろう。


 恋愛に関するうわさなんてありふれてはいるけど、芸能科の生徒は好きそう。

 わたしが聞き返してみると、想像通りの答えが返ってきた。

「ああ。2年の先輩がそれで結ばれたとか、芸能界にはこれで結婚した夫婦が何組もいるとか、卒業間近になると1日に何組ものカップルが通っていくとか……」


 うんうん、良いじゃないの。いかにも学校のうわさって感じ。学園ミステリに出てきそうだ。



 でも。わたしの脳内に疑問が芽生える。


 わたしが学校について質問して、真っ先に出てくる話題が、これ?


 もっと誰々と仲良くなったとか、そういう話はないのか?

 朝日も、芸能人らしく?うわさ好きなところが無いとは言わないけども、特段不思議な話を好むタイプではない。ミステリなんかも読まないだろうし。


「で? 朝日は、そのうわさのどのへんが気になるの?」

「え? どのへん?」

「だってわたしと違って、朝日ってそういう話にそこまでテンション上がらないでしょ。少なくとも、学校の話で真っ先に選ぶ話題じゃないわ」

「いや、でも気になったし」


 朝日の顔が若干赤くなる。気まずそうにわたしから顔を背け、目を合わせようとしない。

 ちょうどいたずらした子どもがもじもじするような……そういう演技をしてるみたいだ。でも、こんな気になる演技をわざわざするのはおかしい。



 何か意味ありげな顔を朝日がする理由は……例えば、こういうのはどうだろう。



「――朝日、好きな子できた?」



 一瞬、朝日が目を大きく見開いた。


「いや、そういうわけじゃ……」

 首を横に振る朝日。

 でも、顔が明らかにうろたえている。



 朝日。あなたの演技力を見せるのなら、今じゃないの?

 ここで素を出してどうするのよ……と思いつつ、わたしはくすっと笑ってしまう。


「何よ、隠すこと無いでしょ。それにそうなら秋津さんにもちゃんと報告しとかないと。わかってるでしょ、芸能人と恋愛の関係」


 わたしから秋津さんに朝日の話を色々していることは、朝日も了承済みだ。

 というか、わたしと秋津さんが仲良く色々お話してるのは、朝日だって見てればわかるはず。



「――わかったよ。好き、というか……可愛いって思っちまった」


 朝日はあっさりと認めてくれた。ならばと、わたしはすかさず質問する。

「誰? やっぱり、芸能科の子?」

 こくりとうなずく朝日。


 うーん、しかし芸能科の生徒なんて朝日も含め美男美女ばかりに決まっているはず。


 しかも入学してまだ一週間ということを考慮すると、すでに朝日と仕事で会っていた、ということが無ければほとんど初対面の状態で朝日は好意を抱いてしまったのだ。つまりは。


「一目惚れ、ってやつ?」


「……おう」


 朝日の声が小さい。


「で、できればその子とうわさの裏道を通って結ばれたい、の?」


「ま、まあ」



 ふっと、朝日が今まで女子を好きになったことあったかな、と思い出してみる。

 顔が良く、運動神経も良く、児童劇団の頃から何度かテレビに出たこともあってか、朝日は良くモテた。なんなら可愛げのある顔立ちで、男子からも人気だった。

 でも、わたしが知る限り、朝日は今まで女子と付き合ったことがない。

 前に聞いたときは、『好みの顔のやつがいないだけだよ』とはぐらかされたような気がするが。



 そんな朝日が、一目惚れとは。



「ふーん、わたしにも教えなさいよ、誰なのか。というかわたしに隠しても、秋津さんが厳しく追求してくるわよ?」


 わたしにも秋津さんにも、他の誰にも隠し続けるなんて不可能だ。

 隠せないからこそ、世にはあれだけの芸能人熱愛報道が溢れているのである。

 それはわたしも朝日も、秋津さんから耳にタコができるぐらい聞かされている。


「……わかったよ」


 朝日もわかっているからか、消え入りそうな声ではあったけども折れた。



「で、誰?」

「――伊那沢いなさわ 姫乃ひめの



 ***



 その日の放課後。

「瑞月ちゃん、一緒に部活見学いかない?」

「ごめん、今日は用事あるの。じゃあね」


 クラスメイトと別れて、わたしは校舎の隅にあるプールへ向かう。

 プールの入口から一番遠いところまで行き、取り囲む金網の根元にできた茂みの中に腰を降ろす。

 入口の方では水泳部が新入生を勧誘しているが、反対側まで来ると誰もいない。

 

 プールに背を向けているわたしの視線の先、10mぐらい前には木々が生い茂っている。

 そしてその木々の中に隙間がある。ちょうど1人が入れそうなぐらいの空間。



「……なるほど」


 思わず声が出る。

 あれが朝日の言ってた例の裏道か。


「あそこを、伊那沢さんと一緒に、ねえ……」


 

 朝日が好きになってしまった相手・伊那沢 姫乃の名は、わたしも聞いたことがあった。

 読者モデル出身で、今はファッション雑誌『ComeOn』で売り出し中。表紙を飾ったことも数回あるはずで、モデルとしての人気を着実に付けている一方、最近ではドラマ出演にも精力的にチャレンジしているらしい。

 わたしや朝日と同い年というのはぼんやり覚えていたが、彼女も青修だったのか。

 高等部から編入したわたし、朝日と違い、伊那沢さんは中等部からの青修生だという。


「席が隣でさ。笑顔が可愛くて、でも昼飯の時間に缶コーヒー飲みながら真面目な顔で、右手にドラマの台本持ちながら左手になんか美容の握るアイテムずっと持ってるんだよ。しかも聞いてみたら、ドラマもセリフが2、3個ぐらいのちょい役らしいんだ。なのにあんなに真剣な顔してさ……ギャップがすごいというかなんというか……」


 朝日が、実在する異性についてこれだけ語るのを、わたしは初めて見た。

 伊那沢さんに好意を抱いたのは、間違いない。



 その伊那沢さんと一緒になりたい朝日にとって、裏道のうわさは確かに魅力的だろう。

 今日、中等部上がりのクラスメイトにも聞いたけど、どうやら普通科の中でもあのうわさは広まってるようだ。

「普通科の先輩でも、あそこに入ってカップルになった人いるらしいんだ」

「あそこは芸能科の敷地だから、あまり大っぴらには言えないけど」

 しかもそれなりに信じられてるっぽい。



 ――しかしなあ。

 わたしはその裏道の入口であろう隙間を眺める。


 見たところ、本当にただの獣道のようにしか見えないが……



 わたしはもっとよく見ようと立ち上がる。



 

 ――立ち上がった、その瞬間。




「おっと!」

「うわっ!」


 目の前にすごいイケメンの顔が現れて、わたしは尻餅をついてしまった。


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