弟が心配なだけなのに、なぜか芸能人と謎を解いています

しぎ

1. イケメン俳優アイドルが協力してくれることになりました

わたしは弟のファン1号

瑞月みづきちゃん、こっち!」


 4月初め、東京郊外の野外撮影スタジオ。

 わたしが駐輪場に自転車を止めて入口を探していると、背の高いスーツ姿の女性がわたしに向けて手を振っていた。


「あ、ありがとうございます!」

 わたしは警備員さんに軽く礼して、裏口から敷地内へ。事前に話が回っていたのか、警備員さんも長袖シャツにジーパン姿のわたしをさっと通してくれる。


朝日あさひは、もう終わりましたか?」

「ちょうどこれから今日最後のカットを撮るところよ。短いからNG無ければすぐだと思うわ」


 そう答える女性についていくと、それまで林の中だった視界が急に開けた。

 ちょっとした公園ぐらいの広場の奥には、古くて使われていない倉庫の入口を模したセット。

 そしてその前に、わたしの双子の弟・朝日を含む数人の男子が制服姿でスタンバイしていて、そこへ向かって何台もの大きなカメラや、マイクや、ライトが向けられている。夜なのにそこだけが、真昼のように明るい。



 わたしは朝日に目を向ける。

 ライトの反射で輝く、刈り上げた黒髪。

 整っててすごくかっこいいけど、どこか幼さの残る中性的な顔立ち。

 そして何より、普段は小さく丸い目がキリッと引き締まっている。

 家でだらけているときとはまるで違う真剣さ。


 お願い、NG出しませんように。



「シーン37、アクション!」


 カメラの後ろでメガホンを持つ男性が叫ぶ。


 同時に、倉庫の入口から1人の女子が飛び出してきた。


「はあ、はあ」

「おい、どうしたんだ!」

 

 駆け寄る朝日。足をふらつかせる女子の肩を正面から支える。

「ごめんなさい、よく、覚えてなくて……」

 

「とりあえず、119番したほうが」

「怪我してないか?」

「歩けはしそうだな」

 他の男子に混じって声を響かせる朝日。鬼気迫る演技とはまさにこのこと。

 

 このシーン、確か朝日が台本読みながら迷っていたっけ。

 演技の仕方を考えていたらしいが、いつの間にか解決させていたらしい。


「……大丈夫そうね」

「ええ。朝日くん、瑞月ちゃんにも相談したって言ってたわよここ」

 横に立つ、いかにもOLという感じの女性――朝日の担当マネージャーである秋津あきつさんがわたしを見て、小声でほほえむ。


 大宮おおみや 朝日あさひは児童劇団出身の高校生俳優だ。高校生といっても、先週入学したばかりだけども。

 売れっ子、とはまだまだ言えないが着実に仕事を増やし始めており、わたしにとっては自慢の弟である。

 目に入れても痛くない、というのは多分本当だろう。


 で、わたしは大宮おおみや 瑞月みづき。朝日とは違って、芸能活動なんてやってないただの高校1年女子。特殊なのは、実家が本屋さんってことぐらいかな。

 でも、本屋で忙しい両親に代わって、こうして仕事現場まで朝日を迎えに行ったり、休みの日は付き添いをしたりするのは、大事な大事なわたしの役目。

 何しろわたしは朝日の双子の姉、最も近くにいる同年代の人間だ。秋津さんもいるとはいえ、できることなら朝日のそばについてやりたい。


 それに、わたしは俳優・朝日を見るのが好きだ。普段は眠たそうな目を大きく見開いた、演技モードの朝日。

 そんな朝日のファン1号として、厳しい芸能界の中で朝日はやっていけるんだって声を上げ続ける義務が、わたしにはある。




「はいOK! 今日の撮影終了でーす」

「お疲れさまでした!」


 最後のシーンは、滞りなくOKが出て撮影が終わった。

 他の共演者に挨拶していた朝日が、こちらに気づくと近寄ってくる。


「お疲れ朝日!」

「おう、姉貴。俺、次回のシーンで演出さんに確認したいことあるからちょっと待っててくれ」

「あら大丈夫?」

「平気です秋津さん。ちょっと気になるぐらいなんで」


 朝日はそう言うと、台本片手に駆けていってしまった。




「そうそう瑞月ちゃん、高校入学おめでとう」

「え? ああ、ありがとうございます」


 スタッフに話しかける朝日を眺めていると、秋津さんの声。


「瑞月ちゃんも同じ学校なら、朝日くんも安心ね。でも、受験大変だったでしょう?」

「まあ……だけど、朝日と同じところに行きたかったので。少しでも長く、朝日を見守っておきたいから」

「ふふっ。瑞月ちゃんは本当に朝日くんが心配なのね」

「当たり前じゃないですか!」


 からかうような秋津さんの言い方に、わたしは口をとがらせる。

 双子とはいえ、わたしは朝日の姉。弟を見守るのは当然だ。


「わかったわ。じゃあ私からお願いなんだけど、学校での朝日くんの様子、今まで通り定期的に聞いてくれる?」

「別に良いですけど……でも、うちの高校から直接聞いたほうが良いんじゃないんですか?」

「そうかもしれないけど、私より瑞月ちゃんの方が、朝日くんも話しやすいでしょ」


 秋津さんがにっこり微笑む。


 

 確かにどちらにしろ、わたしが見てない時の朝日の様子は気になる。


 もしも何かあったときに、わたしは真っ先に朝日の元に行かなきゃいけない。


 同じ学校だからって四六時中見ていられるわけでもないし。


「わかりました。その代わり、仕事場での朝日のことも、教えてくださいね。家みたいにその…………だらしなくしてないかとか……」

「大丈夫よ。朝日くんだって、それこそもう高校生よ? 引き続き連絡はするけど、もうちょっと安心しても良くないかな? 朝日くんの活躍なら、誰よりも早く教えてあげるから」


 わたしだって朝日の仕事現場すべてに同行できるわけじゃないし、やっぱり芸能界のことは秋津さんの方が詳しい。

 わたしと秋津さんはお互い、自分の知ってる朝日を共有し合っている。


「なんか、こうして話してると事件の共犯者みたいですね」

「共犯者かあ。協力者のつもりだったのに」


 秋津さんが、不敵に笑った。




「朝日、学校どう?」

 翌朝。

 高校の最寄り駅を降りて、登校しながらさっそくわたしは朝日に聞いてみる。


「どうって……まだ一週間、だけど」

 眠そうに目をこすりながら、わたしと並んで歩く朝日。

 家でわたしが整えたはずの髪は、電車に揺られた結果すっかり崩れてボサボサ。

 なんだかセミロングのわたしより髪が多く見えてしまう。


 わたしたち姉弟を初めて見る人は、大体『顔そっくり、鏡写しみたいだね』とか言うのだけど、わたしは全然そんなこと思わない。

 わたしなんかより、朝日の方がずっと魅力のある顔をしている。


「でも、仲良くなった人とかもういるでしょ? 朝日、いい顔してるんだから」

「それは関係ないだろ。ってか一週間じゃみんなのこともわからないって」


 

 今だって、朝日の髪を直すことをためらうぐらいには、小さな顔は似合いすぎている。

 高校の制服姿も、(男女違えど)わたしの着ているのと同じデザインなのに、あふれる初々しさがわたしの姉心をくすぐる。


「あら、朝日。友達グループが出来上がるのは早いのよ。隣の席の子とか、どうだった――」

 そこまで言いかけて、わたしは考える。

 姉のわたしから見ても、別に朝日は人付き合いが苦手とかではない。むしろコミュ力は高い方。


 それに今の朝日が置かれた環境は、同学年でもわたしとちょっと違う。

 わたしは聞き方を変えた。


「朝日、学校のことについて色々聞いた? もし家族のわたしも知っといたほうが良い、ってことがあれば教えてほしいのだけど」

 

 すると、朝日はわたしの方に目を向けて、若干もじもじ。

「あれ、どうしたの?」

「いや……これは、その、大した話じゃねえんだけど。――うわさというか、伝説というか」



 ?


 なんだろう。

 わたしも同じ学校のはずなんだけど、そういうのはまだ聞いたことがない。


「――うちの学校さ、校舎の裏側ってすぐ山じゃん。で、その山の中を抜ける裏道があるんだ。ちょうどプールの横から入っていって、体育館の裏口のところに出てくる」


 とすると、ちょうど学校の敷地の端から端か。

「そんなの、あったかしら」

「1人ずつしか入れないような細い入口だから、注意して見ないと気づかないよ。それに普通科の敷地からは遠いし」


 朝日の言う通り、学校の裏手は木々が生い茂る山、というか丘になっている。一応、あの辺りまでまるまる学校の敷地らしい。


「ふーん、じゃあ獣道みたいな?」

「多分な。俺も入ったこと無いけど。……で、さあ」


 そこで朝日は、少しわたしに顔を寄せる。

 ……うん、やっぱり、わたしにはこんな相手をドキリとさせる顔はできない。



「――その道を、手をつなぎながら最後まで歩き通した男女は、結ばれるらしいんだ」


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