過去編カナ視点⑥
私の大好きだった少女は偶像として完成してしまった。暖かい日差しのような彼女とはもう一生会えないんだな、と確信した。
私が望んだ事のはずだった。ルリが、アオイが、アイドルになる夢を叶えることは。だから私は私だけを選ぼうとしたフルカワと交渉したし、私だけをオファーしたテレビ局とも交渉した。ルリは世界に知られてどんどん有名になる。たくさんの人がルリを見る。イヲリのようなトップアイドルに近づいていく。
「……ルリ、大丈夫?顔色悪いよ。」
「カナちゃん、私は大丈夫だよ。」
ルリは嘘つきだ。ルリの大丈夫は信用できない。新年のライブが終わった帰り道、ルリの息は白かった。ルリは薄い上着を羽織っているだけで見ているだけで寒そうに見える。
「寒いんでしょ。ほら、上着貸すから。」
「大丈夫だよ、暑いの苦手だからいらない。」
着太りすることを懸念しているのだろう。私はため息をつきカイロを挟むような形でルリと手を繋ぐ。
「あ……。」
私は何も返さない。手を強く握る。ルリの顔も見ない。
「ありがとう……カナちゃん。」
ルリは手を握り返した。
ルリはテレビ出演をきっかけにファンがかなり増えた。ルリはどんなにファンが増えてもファンの顔と名前を完璧に覚えていると評判だった。普通にすごいと思う。私なんて全然人の顔を覚えられないから、ルリは本当にアイドルとして立派だ。
ふと、アオイを思い出す。オーディションに力を入れて学業が疎かになっていた彼女の成績はあまり良くなかった。アイドルとしてデビューしてからはそれがもっと酷くなった。彼女は中退しても構わないと言っていたが、絶対卒業はしておいた方がいいと思い、たまに私がリモートで勉強を教えていたこともあった。……デビューしてから彼女はオフをあまり私と過ごそうとしなかったが通話を誘えば応じてくれた。
私とルリはアイドルになってから家を出た。
「芸能界なんてお前が思っているような綺麗な世界じゃない。」
「フルカワなんて聞いた事もない、きっとお前は騙されている。」
「人と関わるのが嫌だから通信の学校にしたんじゃないのか。芸能なんて一番お前に向いていない。」
「……お願いだから考え直してくれないか、お前の未来が心配なんだ。」
……親には最初文句を言われたが所属が決まった事で認めてくれた。
事務所が管理してる寮に短い間住んでいたが他人が近くにいる環境が合わなくて、デビューして収入が安定した頃私は部屋を借りて一人暮らしを始めた。
ルリにはセキュリティが強い家に引っ越しさせた。彼女をなるべく家に送り届けてから帰宅をする。『ルリ』のファンは拗らせているやつが多かった。出待ちとか帰り道に声をかける奴がたまにいる。そいつらは大体私より背が低いから私が睨むとビビって逃げて行く。ルリはそんなマナー違反の奴らにも「いつも応援ありがとう、でもルールは守ってね。」と笑顔で手を振る。どんな人間にも完璧に可愛くて優しい女の子の幻想を見せる、夢を見させ続ける。
BLUE ECHOでデビューしてからルリは覚醒したと思う。パフォーマンス重視のグループでレッスンがかなりハードだった。そのおかげで私もルリもかなり上達した。ルリの完璧主義に説得力が出てきて、もうルリを痛い奴と評価するものは居なくなった。秀でた何かは無いがルリは完璧なアイドルだった。
「八月にBLUE ECHOの一周年ライブをするよ。こんな短期間にグループをここまで大きくしてくれてありがとう。カナ、君を見つけられて本当に良かった。」
「ありがとうございます。」
フルカワの私贔屓はもう隠す気も無いらしい。メルからの視線が痛い。デビューしてからもうそんなに経つんだ、感慨深くなる。私はルリを見る。いつも笑っているから、いつも完璧だから、表情から感情を読み取る事が出来ない。
「ルリ、今夜ルリの家でお祝いしない?一年間頑張りましたお祝い。」
「え?私の家?」
「私の家、片付いてないし。」
「全然良いよ!メルちゃんとレンちゃんも呼ばなきゃ!」
ルリは二人にメッセージを送る。しかし二人からすぐに「やらない」と返信が来た。まあ私が事前にルリから誘われても断ってくれって頼んでいたからなんだけど。ルリは残念そうだった。私は確かめたい事があった。ある疑念があって、それがただの疑念であって欲しいと願っていたから。
「急に行っても大丈夫なんだ。」
「うん、部屋は物が少ないし、お掃除ロボットが常に掃除してくれてるから。いつも綺麗だよ。」
ルリの家に着く。エントランスで部屋番号を入力して、鍵を差し込むと入り口がガチャリと音を立てる。ドアの向こうにエレベーターがあってそこでも部屋番号と暗証番号の入力をする。セキュリティの強い家を勧めたのは私だけどこんなに面倒くさいんだ……。と思いながらエレベーターで四階に上がり、ルリの部屋に入って行く。
「いらっしゃい。カナちゃん。」
ドアを完全に閉めた後に彼女はそう言った。彼女は部屋の電気をつける。私は部屋を見渡した。
そこはルリの部屋だった。可愛いものに囲まれ、本棚にはオシャレな詩集や絵本しかない。アオイを連想するものは何一つ置かれていなかった。
「……二人きりなんだしさ、昔みたいにサトコでいいよ。」
「カナちゃん。」
「……。」
私は机の上に開かれたままのノートの存在に気がつく。私の視線からルリもそれに気がついたのか血の気が引いた顔をした。
「見ちゃダメ!」
ルリはすぐにノートを閉じる。でも見えてしまった。そこにはルリのファンの名前身体的特徴SNSでのやりとり、特典会で話した内容がびっしり書かれていた。すごい、そう褒めるべきだった。ただ私は彼女の『完璧』に対する執着を恐ろしいと思ってしまった。彼女のファンはかなり多い、これからも増え続ける。全ての人間の全てのやり取りを完全に覚えることに限界が来る。でも彼女は自分を削りに削ってでも完璧を演じようとする。それはもう自傷行為に近い。
「アオイちゃん。」
「アオイって呼ばないで。」
「……ルリ。」
「なに?カナちゃん。」
「まだイヲリちゃんになりたいの?」
「当たり前でしょ。私がなりたいのはアイドルなの。私がアイドルだと認めてるのはイヲリちゃんだけなの。」
「私は……アイドルではない?」
「肩書はアイドルの偽物だよ、カナちゃんは。」
「……私がオーディションを受けようとした時、なんで応援してくれたの?」
「イヲリちゃんだったら、全力で応援すると思ったからだよ。」
「……私を心から応援してくれてなかったってこと?」
「したよ。だってイヲリちゃんだったら心から応援すると思ったし。」
「……私の事、嫌いだったの?」
「そんな事ないよ。カナちゃんの事は大好き。」
「イヲリちゃんだったら、好きって言うから?」
「……。」
なにそれ。なんなんだよそれ。これまでの数年間、私が愛してた優しい記憶は、イヲリの真似をして良い子を演じて、本心では……。
「私は……アイドルになるから。それが一番大事で優先するものだから。私はアイドルで居続ける為に、きっと全部捨てられる。もし天秤にかけるものがカナちゃんだったとしても、私はアイドルを選ぶ。これがカナちゃんが知りたがってた私の本心。」
「……。」
「もう居ないの、アオイは。ダサかった女の子は。」
私はその場で崩れ落ちた。フラフラ立ち上がると、何も言わずに『ルリ』の部屋を出て行く。サトコとアオイの物語はとっくに終わっていたんだ。いや、始まってすら居なかったのかもしれない。私が一方的に想い続けていただけなのだ。
「あの、サトコさん!」
「クラスのみんなでカラオケ行こうって話になって、サトコさんも行かない?」
クラスの美少女が馴染めていない根暗に気を遣って声をかけた、ただそれだけのエピソードだった。私はそれをずっと美しい思い出として恋焦がれていた、痛い女だった。
「ようこそ!BLUE ECHO一周年ライブへ!今日はみんなで最高の日にしようね!」
ステージに立つと歌って踊ることに集中するから嫌な事は一旦忘れる事ができる。綺麗な青い光の海が眼下に広がる。
BLUE ECHO一周年記念ライブ。そこには嘘が溢れていた。不仲なのに私達は無理やり作った仲良しエピソードを語る。ルリが私と一緒にアイドルを目指しオーディションを受けたことを美しい思い出のように語る。メルが実はレンのことを誰よりも尊敬してると言う。資格の勉強を始めてメンバーに引退を匂わせてるレンはファンに向かってずっとBLUE ECHOのレンでいますと誓う。
嘘を青い光で隠した美しいステージで私は笑う。最悪な気分で全部壊したくて全てから逃げたくて、でも笑って歌う。彼女には否定されたけど思う。この一年で私も『アイドル』になってしまったんだ、と。
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