過去編レン視点③

「レンさん。お疲れ様です、このパートについてですが、私なりにアレンジを考えてきたので聞いてもらえますか?」

「え?あ、いいよ!聞かせて!」

 あの日から私はルリに信頼されたのかよく話しかけられるようになった。意見を求められたり、ちょっとしたことの相談を受けたり、私のことを褒めてきたりする。正直嬉しいしすごい可愛い。プライベートでも人懐っこく話しかけてくれるし一緒に出かけることもあった。

 私が気になっていた映画を一緒に観たり、ルリの好きな絵本作家の個展に行ったり、二人でジムの自転車漕いだりした。ルリってこんな絵が好きなんだとか、ルリに似合って可愛いなとか、ルリについて沢山知れて私も嬉しい。本当のメンバーになれたんだった気持ちになれた。私もルリに影響されて目の大きな黒い猫の絵本を買った。絵本なんて子供の頃しか読んだことなかったけど、大人になってもちゃんと楽しめる。優しいけど考えさせられる物語、美しい一枚絵、読んでいると幸せな気持ちになる。

「ありがとう、ルリ。」

「え……?」

「私、あなたのおかげで好きなものが増えたの。」

「それはよかったです。私も……レンさんから学んだことは沢山あります。」

「ルリが教えてくれた作家さんの昔の作品の……なんだっけ、はぐるま街の黒うさぎってやつを見つけたんだけどね、それがさ……。」

「え、うん、あれね……。」

ルリは思ったことを言葉にするのが苦手なのか、ルリをきっかけに新しく好きになったものについて彼女と語ろうとすると、たまに話が合わないことがある。それは少し悲しいけど好きなものが一緒だからか、彼女と居ると楽しい。


「……レンさん。」

「なあに?」

ダンスレッスンが終わり、カナとメルが帰った後、私はレッスン室にルリと二人きりになった。彼女は壁に背中を預けて座っていたので私はその隣に腰を落とす。

「私、憧れているアイドルがいるんです。」

「へ〜、誰なの?私知ってるかな。」

「あの……イヲリちゃん……。」

「知ってる!超有名じゃん!懐かしい!」

イヲリは八年前に引退した、国民的アイドル。ソロで活動していて、歌もダンスもレベルが高くて顔も可愛い。少し垂れた目に口元のほくろがトレードマーク、背は百六十五センチで高くて腰まで伸びた黒い髪。スタイルも良く演技力もあり、アイドルだけでなくモデルや俳優業でもトップレベルだった。デビューから引退までスキャンダルが一つもなかった、理想のアイドル。伝説的な存在。

「はい……、私イヲリちゃんみたいなアイドルになりたくて、オーディションを色々受けていたんです。」

「そうだったんだ、ここを選んでくれてありがとね。ルリとおんなじグループになれて、嬉しいよ。」

「は、はい!私……イヲリちゃんが引退してから、私が好きだって思えるアイドルがいなくなっちゃって、だから、私がイヲリちゃんみたいなアイドルになろうと思ったんです。」

「……そっか。」

確かにイヲリが引退してから、尖った個性のアイドルが増えた気がする。王道のキラキラしたアイドルは伝説になったイヲリと必ず比べられてしまうし、絶対に彼女を超えることは出来ない。それに時代もあるのだろう、カメラの前で良い子ちゃんでいるアイドルよりもみんなが言えない本音をズバズバ言える子の方が共感が得られて人気者になった。少年院にいた事をステータスにしていた子や、男関係をオープンにした子、そう言う子たちが目立って人気アイドルになった。イヲリが好きだったアイドルファンはその現状が悲しいのかもしれない。

「……私、もうイヲリちゃんみたいなアイドルは居ないんだと思ってました。でも、レンさんに会えて私、久しぶりに私の好きなアイドルはまだ存在していたんだって思えたんです。」

「え!?そんな、私、イヲリちゃんなんて伝説と比べられるものじゃないよ!?全然そんなすごくないって!」

整形しまくっても貴女の顔にはなれなくて、貴女より人気もないのに。でもルリは、ルリの顔は嫌味を言っているようには見えなかった。

「レンさんのファン、みんな幸せそうなんです。レンさんがファンの皆さんを一番大事に思っていることが伝わっていて、この人は絶対に裏切らないってそう思わせてくれる。」

ルリは顔を伏せる。

「私も……そんなアイドルになりいです。」

「な、なれるって……!」

勢いよくルリの方を振り返ると手がカバンに当たり中身が雪崩れる。

「あ……。」

「大丈夫ですか?拾います。」

「え、まって……。」

私の静止が間に合わず、ルリが書類やらポーチやらをカバンに入れてくれる。

「え……。」

彼女が手にしたのは私が買って、少しずつ勉強していた医療事務の資格の本だった。

「レンさん……資格の勉強なさっているんですか?」

「あ……うん。いつか、その、辞める時が来るかもしれないって思って……。資格の一個でも取っておこうかなって……。」

「辞め……る……。」

「ほら、私結構歳だからさ……。いつまでもアイドルではいられないし……。」

「そんな……。」

その時のルリの顔は忘れられない。悲しんでいるのか、失望しているのか、ただ深い負の感情であることは分かる、そんな顔。

「ルリちゃん!」

ルリは荷物をまとめて去っていく。


『この人は絶対に裏切らないってそう思わせてくれる。』


私は彼女の期待を裏切ってしまったのだろうか。


 翌日、ルリと顔を合わせるのが気まずかった。でもリーダーだし、同じメンバーだし、私からちゃんと声をかけなくては。

「レンさん、おはようございます。」

「え、あ、おはようルリ。」

彼女は笑っていた。よかった。いつも通りの優しい笑顔だ。私は彼女に嫌われていなかった。そう思うと安心する。こんな綺麗で優しい子に嫌われたら、……あんな悲しい顔をさせたら、心が痛い。同じグループのメンバーとして、リーダーとして、もっと私が頑張らないと。

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