過去編メル視点④

 常に笑顔でいる、媚を売る、文句を言わない健気な女の子。それが私のアイドル人生になっている。カナのようにカリスマがなくて、ルリのように顔が良くなくて、レンのようにパフォーマンスが良くないから、私には媚びるしかない。

 そんな努力のお陰もあって、私はスタッフの、社長のお気に入りポジションになっていた。多少のわがままは許されるし、同事務所の他タレントと揉めてしまっても味方をしてもらえるし、歌割りを増やしてもらったり新衣装を作る時に意見を言えるようになったり、社長に高めのご飯を奢られたりした。まだ人気はないアイドルだけど、この状態は悪い気はしない。事務所に推して貰えれば私を見る人も増えてくれるかもしれないし。……事務所の他タレントからはあんまり好かれてないみたいだけどね。


 オフの日はアイドル同士でおでかけして、それをSNSに上げるとウケがいい。女の子同士でイチャイチャするだけで、「百合営業」っていってオタクは喜ぶし。でも私は他のタレントから誘われないし、誘ってみてもやんわり断られる。それは仕方ない事だと私も分かっている。同業者によく思われていない上に、SNSのフォロワーも少なくて人気がない、私と遊ぶメリットはない。だからオフの日はアニメ見ながらSNSで自分の名前を検索して評価を確認する。


「ブルエコ初参戦。お目当てはメルちゃん。フルカワ事務所最年少十五歳!ロリカワイイ見た目でクールな曲踊るのギャップでやばい!特典会では一緒にハート作りました!背が低くてかわいいね♡」


「最近自分の中で来てるのはブルエコのメル。十五歳にしてはパフォーマンスもしっかりしてるし、顔の系統的にえるまにあのマリが好きな人におすすめかも。」


「ブルエコ確かにパフォラン高いけどメルのキンキンボイス浮いてるなぁって思う。メルは歌は上手いけどユニットのコンセプトにあんまり合ってない。」


「メルは絶対他ユニに入れた方が良いでしょ。ブルエコではない。同じ事務所ならポップンドロップとかのが合ってると思う。」


「今一番推してるグループはBLUE ECHO(ブルエコ)です!カナちゃんのカリスマ性!ルリちゃんの美貌!レンちゃんの神パフォーマンス!メルちゃんのフレッシュさ!誰一人欠けても成り立たない最高のグループです!」


「メルちゃんおはよー。ブルエコのライブのない日は脳内メルちゃんに甘やかされて(時にはツンツンしてる!)一日を乗り越えてるよ♡早く会いたいなぁ♡」


……エゴサーチしてると見たくない物まで見えちゃうんだよね。見えないように設定も出来るけど、タレントとして、誰が見ても誹謗中傷って分かる投稿をしていないアカウントをブロックする事は出来ないんだよね。歌とダンスを褒める投稿は無くはないが、「十五歳にしては」とか「上手いけど、ここがだめ」みたいに余計な言葉がついてくる。同じグループのレンがプロのダンサー並みの実力者で歌も圧倒的に上手いから、レン以外のメンバーはパフォーマンスを褒めにくいところもあるんだろうけど、やっぱり悔しい。事務所から見た私のアピールポイントは若さだから、ファンもそこを重点に褒める。中学三年生……十五歳は確かに若いけれど三年したらもう成人だ。未成年というカードはたった三年で使えなくなる。その頃には事務所は新しい未成年のアイドルをオーディションで選んで、私の存在価値はなくなる。苦しい、怖い、私はアイドルでいたい。三十超えても可愛いって言われて、アイドルがキツくなる歳までに女優に転身して、イケメン芸能人と秘密の恋をして永遠に愛されたいだけなのに。


 私は安心したくて、他のメンバーの名前を検索して批判意見を探す。

 カナはそもそも知名度が高いだけあって批判意見の数も圧倒的に多い。性格が悪い、余計な一言が多い、目つきが怖い、すぐにクビになりそう、背が高すぎて威圧感がある、特典会であった時に塩対応された、人気があるからって天狗になりすぎ。

 ルリの批判意見は少ないが、少ない人間が粘着している感じだ。絶対に整形をしている、整形費用の為に身体を売ってそう、言われるほど顔が良いとは思わない、このレベルの顔は沢山いる、この前幼少期の写真あげたのって整形否定のつもり?効いてて草、幼少期が全盛期じゃん今は劣化おばさん。……アイドルファンからは特に言われてないけど整形アカウントとか夜職のアカウントの嫉妬が多い気がするな。

 レンはアイドル歴が長くてファンもベテランというか落ち着いた人が多くて、口悪い投稿がない。歳についてたまに言及があるくらいだ。レンに対する投稿はパフォーマンスを褒める好意的なものばかり。そもそもファンが少なくて批判意見を出す人もそれに比例して少ないだけかもしれないけど。

 他メンバーの批判意見を見ると心が落ち着く。人気あるあの子達も完璧ではない、全人類から愛されてるわけではない、私が特にアイドルとして劣等生ではないって言い聞かせられるから。カナは特に批判が多いから私はよくカナの名前で検索する。

「あ……。」

カナのファンはオシャレな人間が多い。女の子はみんな身体が細くて高そうなブランドを着て、男は背が高くて程よく筋肉がついてて髪色が明るくて、全体的に陽キャって感じの人。よく覚えてる、デビューライブにも来ていたこのカナファンの男、ツーショットのチェキの写真を投稿してるけど、本当に顔が整ってるなぁ。この人が特典会で並んできて、応援してます、好きです、とか言ってくるのはすごく羨ましい。

 カナは批判意見も多いけど、それを大きく覆す程の賞賛もある。その上、カナを推してるオシャレでかっこいい男を見ると、自分のセクハラしてくる不細工なオタクを思い出し惨めになる。私はSNSのアプリを閉じようとした。


「メルちゃん、来週の土曜日オフかぶってたよね。一緒に遊びに行かない?」


メッセージアプリの通知が来た。

「ルリ……?」

珍しい事もあるものだ。私は特に用事もない為「いこ!」とだけ返した。


「ありがとう。十三時に表参道口で待ち合わせしよう!」


オフの日は早起き出来ないんだよね。だから午後からの待ち合わせは大変ありがたい。私がMCで喋った事覚えてくれてたんだ。ちょっと嬉しいな。


「ノゾミちゃーん?コロッケできたわよ〜!」

ドアが開きママが顔を覗かせる。

「はーい。今行くー。」

「もう、ノゾミちゃん。おやすみの日くらいはかまってほしいなぁ〜。」

「もー、パパとママの事は大大大好きだよ!疲れちゃってたの。アイドルとー、学校とー、宿題で!」

「それはそうだけど……あ、宿題多かったらママ手伝うからね!」

「ありがと〜!でも今度の提出分はもう終わっちゃったから大丈夫!」

私はテレビを消して、部屋を出る。パパとママとユミとカンナとハルカ、大好きなみんな。アイドルは大変だし嫌な事ばっかだけど、今のところはまだ耐えられる。ルリ……私なんかを気にかけてくれてるのかな?遊びに誘ってくれる、アイドルの友達も出来そうだし、もうちょっと頑張ろうかな。


 オフの日。待ち合わせ十分前に目的地に到着すると既にルリが立っていた。水色のパーカーに白いスカートスラリと長い脚をストッキングで隠していた。綺麗だな、素でそう思った。周りにも待ち合わせをしている人間がちらほらいるが、完全に一人だけ次元が違う。本当に顔は良い女。

「わー!ルリちゃん早い!待たせてごめんね?」

「ううん、私も今来たところ。」

私に気がつくと彼女は軽く目を細めて笑う。恋愛対象が異性である私でもドキリとしてしまう程には綺麗だ。

「メルちゃん昨日はいきなりごめんなさい。今日は楽しもうね。」

「う、うん!」

ルリが私の手をそっと握る。

「え!?あ……。」

「……嫌だった?」

「嫌じゃない……よ。」

意外に距離感バグってるんだな、と動揺する。でもさらりとした白くて細い指に私の指が絡められて、手を引かれるのは悪い気はいない。顔が良いから?手汗をかいていないから?ほんのり甘いコロンの香りがするから?私は震えながら繋がれた手に軽く力を入れた。

 一緒に服を買ったり、おしゃれなカフェに行ったり、ゲームセンターに行ったり、こんな休日は久しぶりだった。ルリはその全てを写真に残していく。私も写真を撮っているルリを見て慌てて写真を撮る。「やば……もう一口食べちゃった。」って私が言うとルリは微笑んで、手をつけていない自分のケーキを撮らせてくれた。そうだ、私、アイドルなんだ。オシャレなキラキラした休日を過ごしたらそれを共有しなきゃいけないんだ。ルリは本当に細かいところも気を抜かないな。


「……でもさ、私で良かったの?」

「え?」

ゲームセンターでお互いにプレゼントし合ったでかいウサギのぬいぐるみを抱えながら私は言った。

「ほらさー、ルリちゃんってサト……カナちゃんと仲良いイメージあったから。」

「え?……そうかな。」

私はルリの素っ気ない態度に首を傾げる。合宿の時の二人を思い出す。遠くからでも二人は目立っていたから。ずっとくっついていてお互いに依存していて。そう言えばデビューしてから二人がプライベートで話しているのを見ていない……今は喧嘩でもしているのだろうか。

「うん。オーディション合宿の時もいつも一緒だったじゃん。」

私がそう言うとルリは立ち止まり目を丸くする。

「え?メルちゃんもえるまにあのオーディション受けてたの?」

「え……。」

時が止まった感じがした。ルリの声が顔が、その言葉を冗談では無いと説明していた。私とルリは確かに合宿中の会話は限りなく少なかったが、接点はあった。合宿中、自己紹介をした時に目があった時に笑いながら手を振ってくれた、鬼ごっこで彼女は足の遅い私に狙いを定めて追いかけて肩に触れた、課題曲の発表会でもお互いのパフォーマンスを見ていたはずだ。ルリは私を覚えていない……?

「うん!受けてた!あはは、あの時はまだ成長期で今よりも身長低かったし、髪色も脱色する前だったからね!」

「……あ、ごめんなさい。あの時はオーディションに受かる事に集中してて、周りが見えてなかったのかも。」

「あはは、仕方ないよー。私だってオーディション受けてた人の顔、全員覚えてないもん。」

でも、私は『覚えられる側』だと思っていた。そこら辺のモブとは違うって思っていた。

「ルリちゃんとカナちゃん、オーラがすごくて目立ってたよー!最近は話してないの?」

話題を変えたかった。辛いから。フォロワー数、特典会に並ぶファンの数、エゴサして並ぶ評価、それが全部私が想定している私より劣っていて、その上、同じオーディションを受けていたメンバーの記憶にさえ残れないなんて、そんな現実が、あまりにも惨めで。辛くて。

「……カナちゃんは最近忙しいみたいだし、私もあの子以外にも交友を持った方がいいかなって思ったの。」

「その第一号にメルを選んでくれて嬉しいなぁ。」

「うん……。メルちゃんは一生懸命活動していて、それに可愛いから、仲良くしたいなって。」

「嬉しい〜!」

もやもやが消えない。今私の笑顔、歪んで無いといいな。


「ルリ?」


解散場所である駅に向かっている夜道、背後から声がした。私とルリは同時に振り返った。

「カナちゃん……。」

「……。」

私たちはカナの方に小走りする。

「えー、カナちゃんが原宿にいるとか珍しい〜!今日オフだっけ?」

「あ、いや……撮影の仕事。さっき終わったから。」

本当は知ってる。人気者は良いよな。

「お疲れ様、カナちゃん。」

「……ごめん、デートの邪魔しちゃった?」

「ううん!これから三人で晩御飯とか……あ、いや……メルちゃんもうすぐ門限だったよね?駅まで送るところなの。」

「そう。方向同じだから私も着いて行っていい?」

「もちろんいいよ!保護者が増えてメルも安心して帰れるよ!」

私とカナとルリは三人で並んで原宿の街を歩いた。


 二人と別れて、電車に揺られながら思い出す。


『ルリ?』


『カナちゃん……。』


カナは私の名前を呼ばなかった。きっと気がつかなかった。ルリは……名前を呼ばれて振り返った時、一瞬私には見せたことのない笑顔をしていた。好きな人に会えた時のような無邪気な子供のような、そんな笑顔。あの時の横顔が鮮明に頭にリピートされる。

 思い出す。服を買っていた時、カフェでケーキを食べていた時、ゲームセンターで遊んでいる時、ルリの笑顔はステージの上と同じだった。客に見せる営業用の笑顔だった。

「……私、眼中に無いんだな。」

じゃあなんでルリは私をオフの日に誘った?……考えるまでも無い。アイドルの休日を演出したかったんだろう。同じ事務所と同じグループのメンバーとオフを過ごしてそれをSNSにあげてファンサービスをしたかったんだろう。私はそれに利用されたんだ。カナは多忙だし、暇だったとしても、よく炎上している彼女はSNS上でウケが悪いから、演出家としてはキャスティングしたく無いんだろうね。デビューしてから会話が減ったのも、態度が悪いカナと仲良くして風評被害を受けたく無いんだ。

「嫌な女……。」

私は最寄駅に着くと、駅のホームのゴミ箱に、あの女からもらったウサギのぬいぐるみを捨てた。

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