過去編メル視点③
ステージを見てもらったら私を評価する人は絶対にいる。負けない。私はデビューライブまでに全力でレッスンに挑んだ。カナとルリがかなり上達して差は縮まっているがそれでも私の方がダンスは上手い。若いだけじゃない、パフォーマンスも凄いんだってみんなが褒めて、掌を返してカナから私に推し変をするんだ。よし、未来が見えた。頑張らなきゃ。
「どうも、BLUE ECHOでした!」
デビューライブ、そのステージの上で私は全力でパフォーマンスをした。出せる全てを出し切った。なのに、なのに、客席のペンライトは、青一色。わからない、どれが私のファンかわからない。青、青、青、青、青。怖い、もしこの全ての光がカナに向けられたものだったらどうしよう。アーティスト写真がバズっていたのはカナだけだし。こんなに沢山の観客がいるのに、私の色がわからない。不安だ。一つでもあれば安心できるのに、そもそも私にメンバーカラーなんて無いんだ。
「ほら、メルちゃん。行こう。」
私はルリに手を引かれて舞台裏に行く。化粧を整えて、ライブの後の特典会の準備をする。分かってしまう、可視化されてしまう。格差を見せられてしまう。嫌だ、怖い。逃げたい。全部なかったことして部屋に引きこもりたい。
「ノゾミちゃんが、アイドル!最高じゃない!」
「いやぁ、ノゾミはパパの誇りだよ!」
「すご!?ノゾミがアイドル!?クラスで拡散しよ!」
「ライブあったら絶対行くから!うちらマジ最強フレンズだわ!」
「今のうちにサインちょーだい!あはは家宝にするね!」
……ダメだ。私は逃げちゃダメなんだ。私はアイドルになったんだから。ママとパパもユミもカンナもハルカも喜んでくれたんだから。こんなすぐに辞めたらみんながガッカリしちゃう。
私は特典会の会場に足を踏み入れる。すでに列が並べられていた。
「……。」
圧倒的にカナの列が長い。レンは固定ファンがいるのかそこそこ並んでいる。ルリはアーティスト写真の出来は悪かったが実物が良いからか想像よりも列が長くレンと並ぶかそれ以上だ。私の列は……両手で数えられる程度だった。
「あはは……。」
しんどい。現実を見せられるのは。列の先頭には不衛生な太った男。黒いTシャツにフケが落ちている。ちらりとカナの列を見る。うわぁ……背が高くて髪色明るくてめっちゃ目立ってるイケメンが並んでるじゃん。いいなぁ。
「これからBLUE ECHO特典会を始めます!よろしくお願いします!」
饅頭女が頭を下げる、チェキスタッフ達が列に並ぶオタク達から券を回収してソロで撮るかツーショットで撮るかを聞いてくる。
「メルさん、コメント付き二枚、ツーショットです。」
「はーい!」
フケジジイは私とのツーショットを望んだ。必要以上に身体をくっつけてくる。うわぁ……クッサ……。でも笑わなきゃ。
「来てくれてありがとう~!」
「あ、メルちゃん…!いや、すごい良かったよ。ライブ可愛かった!」
「本当ですかぁ?ありがとうございます!あ、なんて呼んだらいいですかぁ?」
「カズポンで!」
「カズポンさん!あー!この前リプくれた人じゃん!今日のメルどこが良かった~?」
「三曲目のサビの時に僕にファンサービスしてくれたでしょ?あれで運命感じちゃって!なんちゃって!いや~!十五歳でアイドルなんてすごいよ!今年受験でしょ?ちゃんと両立出来てるの?」
「心配してくれてありがとう!メルはね、子供の時からいっぱい習い事してるから賢いんだよ~!受験もへっちゃら!」
「すご~い!メルちゃん、天才っ子じゃん!」
「えへへ~!」
「良い子良い子~!エアなでなでしちゃう!」
「きゃ~。」
カズポンてあのクソキモいセクハラリプ送ったのお前かよ、実物も予想裏切らないキモさだな。何がエアなでなでだよ、馬鹿じゃないの?つーか臭いし、早く帰れよ、デブ。
「メルメル~!初めまして!ろくばやしだよ~!」
「初めまして~!ろっくんって呼んで良い?」
「う、うん!ろっくん!メルメルはあだ名つける天才だね!」
「えへへ~!ろっくん、もしかして遠くからきた?」
「あ、訛っちゃってた?ごめんね~、関西出ちゃってたか~。こっちは標準語使ってるつもりなんだけどなぁ~。」
「え~!すご~い!メルのデビューをはるばる祝ってくれてありがとう!」
「え、えへへ、メルメルの写真見てさ、絶対会いたい~って思ったんだよね~!うわ~!もしかしてすっぴん?」
「目とかは描いてるけどファンデはしてないよ~。」
「肌綺麗~!若いって良いね~!メルメル、また来るね~!」
「ろっくん、待ってるよ~!」
……何人か相手をしたけど。誰も歌とダンス褒めてくれないな。あんなに頑張ったのにな。
「の……め、メルちゃーん。来たよ~。」
「え、あ……。」
ユミだ。
「ツーショットお願いしまーす。」
ユミとはよくプリクラを撮っていたし、プライベートで遊ぶ時も良く意味もなくキメ顔してツーショットを撮っていた。でも、仕事として彼女とツーショットを撮るのは何故か緊張した。
「いや~、地下アイドル?のルール分かんなくてさ、ライブ終わったらそのまま外出ちゃって、後からチェキとかあるって知って走って戻って来たんだよね。」
「あ、きてくれてありがとう。」
「メルちゃん!すごくカッコよかった!ダンス教室行ってた時より上手くなってない!?」
「うん!すごい上達したんだよ!」
「歌とかもさ、カラオケで八十五点とか反応に困る店数取ってた時とは別人ってくらい上手くなってたよ!見ないうちにすごいアイドルになったんだね!」
「そうなの、すごい頑張ったの。」
「メルちゃん。これから忙しくなっても、うちらと友達でいてね……?」
「うん、友達だよ。」
スタッフに離され、ユミが悲しそうに私を見た。ユミはチェキを受け取り、私に手を振ると去っていった。よかった。ちゃんと見てくれる人がいた。私の頑張りは無駄じゃなかった。頑張り続けよう。そしたらきっともっと私の頑張りを見てくれるひとが増えて、みんなに負けないくらい沢山のファンが私の列に並ぶんだ。
カズポンを中心とした、いわゆる気持ち悪いファンはありがたいことに何度もチェキ券を購入して何度も私の列に並んでくれる。少数精鋭って感じで、相変わらず列は短いが列が切れる事もあんまりない。
それに対バンをしていると他のグループのファンも私の列に並ぶ。誰でも大好きという意味のDDと呼ばれるファンがよく私の列に並ぶ。一途に私を好きなファンはかなり少ないが、人気のない私は贅沢を言えないし、誰でも大好きで私のことも大好きな広く浅いファンに媚を売ってファンを順調に増やしていった。デビューの頃よりは大分安定もしてきた。ただ、ファンの数が増えてくるとそれに比例して気持ち悪いファンも増えてきた。カズポンなんて私が優しくしてやったら調子に乗ってリプライやダイレクトメッセージで特典会でセクハラをし出したのだ。お父さんとは何歳まで一緒にお風呂に入っていたのかとか聞いてきたり、私服の自撮りにバナナと汗の絵文字でリプライ送ってきたり、身体が発展途上なところが好きだとか気持ち悪い告白してきたり、流石に許容範囲を超えたから饅頭女に私は相談することにしたのだ。
「マネージャー、このカズポンって人、出禁にしてください。ほら、このリプとかも、セクハラが酷いんです。」
饅頭女はうーんと唸り、頭を掻く。
「メルちゃんさ、カズポンって人はかなりチェキ券買ってくれるんだよ。この前だってさ、カズポンさんがサインなしのチェキ券三十枚かったんだよ?」
「……はい。」
「メルちゃん、気持ちはわからないでもないけど、ちょっと気に入らないだけで出禁なんてしてたら、メルちゃんの列に並んでくれる人いなくなっちゃうかもよ?」
「……。」
「メルちゃんにとって一人って重いんでしょ?踏ん張らなきゃ。社長だってきっと、メルちゃんに頑張って欲しいって思ってるよ。」
「……はい、頑張ります。」
対処なんてされない。私は酷く不快な目に遭ったのに。私が不人気だから?どうして?みんなキラキラしてるのに。私だけいつも薄暗い所に立っているの。
「メル!ズレてる!ちゃんと周りを見て!」
ダンストレーナーに怒鳴られる。
「はい!」
私は笑顔で返事をして改善する。でも、疑問に思うんだ。こんなに頑張ってレッスンして、完成度の高いパフォーマンスをライブでしたところでさ、誰もちゃんも見てないんじゃないかって。だって人気があるのはレンじゃなくてカナだし。ライブしてる時、後ろの方にいるオタクがずっと地面を見て叫んでるの見るし、そもそもえるまにあに比べたらBLUE ECHOって全然売れてないし。意味あるのかな、この努力って。だって結果が数字として出てきてさ、残酷な現実見せられてさ、コスパ悪いって感じちゃうんだもん。地下アイドルのオタクはすごいパフォーマンスなんて求めてないんだよ、きっと。
ある日、私達は新曲の収録のために事務所に来ていた。廊下を歩いていると奥から一人の少女が歩いてくる。
「あー……BLUE ECHOじゃん。」
えるまにあのセンター、リンリが馬鹿にしたように笑いながら近づいてくる。でも彼女は私を眼中にも入れてない、カナだけを見ている。
「お疲れ様です!リンリさん!」
「えー?君誰?でもおつかれー。」
私は頭を下げたまま固まる。でもその様子が無様だったからすぐに顔をあげ笑顔を作る。
「メルです!よろしくお願いします!」
「……ねえ、社長のお気に入りの里芋ちゃーん。ブルエコくっそ滑ってるみたいジャーン。」
無視かよ。
「……リンリさん。お疲れ様です。えるまにあの新メンバーのマリさんとアイさんも滑ってて大変そうですね。私よりもフォロワー少なくて反応も貰えなくて、特典会にはちゃんと列出来てるんですか?」
「は?マリちゃんとアイちゃんはお前と違って社長のゴリ押しがないんだよ。お前さ、お前がすごいから人気あるんじゃなくて事務所が猛プッシュしてるから人気があるように見えるんだよ。」
「リンリさんもえるまにあに入る前のグループでは人気ありませんでしたよね?リンリさんが人気者なんじゃなくて、えるまにあって名前が人気あるんじゃないんですか?」
リンリは舌打ちをして去って行く。感じ悪~……。つーか事務所の一番人気グループの一番人気メンバーと揉めないでよ~、生きづらくなるじゃん!ていうか、カナ、こんな喋るやつだっけ。デビュー前と変わったなぁ。
「カナちゃん、あんまり先輩に失礼な態度を取ったらダメだよ。」
「喧嘩売ってきたのあっちからだけどね。」
「買ってもダメ!」
レンが困ったように注意をする。ルリは何かを言おうとして言葉を飲み込んでいるように見えた。
「な、な、な、なんじゃこら……。」
収録から帰ってきて家でゴロゴロしながらエゴサをしていると、カナが炎上していた。
「えるまにあのリンリって女、後輩に差別的なあだ名付けるし、言動が偉そうで不快。」
いや、確かにリンリはサトコと芋臭いを合わせて、里芋ちゃんとかいうふざけたあだ名をつけていてそこは私も最低だと思ったけれども、なんでSNSで発信するかなぁ~。リンリはSNSでフォロワーが沢山いるし、ネットの世界ではリンリの味方が多い。それにファンの前ではかなり猫被ってるから、信憑性もない。カナは沢山の人から攻撃を受けていた。
「ていうか誰ですか?」
「不人気グループの嫉妬。」
「リンリはそんな事言わない。」
「不人気が、リンリに声をかけてもらえただけ幸福に思えよ。」
「リンリちゃんはファンに素敵なあだ名をつける事で有名です。そのノリでつけてもらったあだ名を貴女が気に入らなかっただけで、リンリちゃんは貴女を差別したつもりはないんです。」
「リンリ本人に言えなくてSNSで愚痴ってファンにヨシヨシしてもらおうとするの小物過ぎてダサいよ。」
うわー……、リンリが面白がって「仲良くしたかったのにかなしい。」って呟いてさらに燃えてる。最悪。こっちに飛び火しないと良いな。
「……ん?」
カナの呟きに永遠とコメントがつくが、否定的なコメントだけでは無くなってきた。
「リンリが腹黒なのはなんとなく察していた。後輩いじめしててもあんまり驚きはない。」
「リンリに噛み付けるの大物でしょ。」
「自撮りとかアー写とか見たけど、リンリよりビジュ良いじゃん。ブルエコ今度行こうかな。」
「事務所で一番人気の先輩にいじめられて可哀想。勇気ある告白でしょ。」
「初めて知ったけど、かなり好きかも。サンキューリンリ。推し増えたわ。」
「これがリンリオワコンの伏線か……?」
「リンリ嫌いだからこういうのいっぱい暴露して欲しい。」
カナを応援する声、擁護する声、リンリ叩きに利用する声、流れが変わる。カナのフォロワーもどんどん増える。一万人だったカナのフォロワーは三万人に増えていた。私まだ三千人なんだけど……羨ましい……。炎上しないように真面目にやってるのに、可愛い自撮りあげて、リプをくれる全員に媚を売った可愛い返信してるのに。何をしても、私はカナに全く敵わないんだ。
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